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 空気のなかに目に見えぬ、氷の粒子が紛れている感覚があった。
 ダイアモンドのように堅く金平糖のように尖った粒が、風に乗って強く飛んできては、むきだしになった肌や黒い犬耳に遠慮なくぶつかってくる。しかも滞空時間が長引くにつれ、その表面はさらに鋭さを増していくような気がするのだ。
 ……などと表現をひねってみても話は同じだ。
 ストレートに言うなら、寒い。
 とてつもなく寒いのだった。
 凍てつく冬の夕暮れ、『ゆう』の心は穏やかではない。肌にも、心の内側にもとげとげしいものを感じ始めている。
「この厳しい労働状況下にある配達人を襲う強盗、か。余裕がないにもほどがある」
(それだけ世知辛い社会情勢になってきた、ということかもしれませんね)
 彼のアニマ『カイリ』は、沈みゆく太陽に背を向けてマシンに横乗りし、薄桃色の髪を風になびかせている。なかば以上透けている姿のため、風に泳ぐその髪は夕陽に溶け一体化しているように見えた。
「世知辛い? どうだかな」
 ゆうはバイク便に偽装していた。エスバイロには配達会社のロゴステッカーを貼り、やはり会社ロゴの入った野暮ったいフライトジャケットに袖を通して『クリスマスイブも絶賛お仕事中』という姿をアピールする。その姿で例の三択空賊が目撃されたというポイントを中心に、重そうな(といっても中身はカラだ)ジュラルミン製の箱を運んでいるのである。
 こうやって一定の空域を往復すること2時間、そろそろ河岸を変えようかと考え始めた頃、ゆうはいつの間にか我が身が、奇妙に統一されたコスチューム集団に包囲されていることを知った。
 赤い衣装、白いモコモコのついた衣装、そしてやはり赤と白モコの三角帽子、茶色のブーツに背負い袋、またがるはエスバイロだがソリ風の外観に改造されている。男たちはいずれも、妙にミスマッチな長い白ひげをたくわえていた。
 サンタクロースだ。目つきはいずれも大変に悪いが、少なくとも服装だけはサンタと見てまちがいない。
 何人いるだろう。軽く見積もって十人は下らないと見えた。
 金剛力士像が口をきいたら、たぶんこんな声だという声色で先頭のサンタが言った。
「我ら三択を極めし者ども! ぬしの運命を選べい!」
 告げるや木製の看板をぬうっと取り出し、そこに達筆の毛筆体で書かれた文字を音読する。
「ひとつ、略奪され屍(しかばね)をさらす! ひとつ、積み荷をおとなしく献上し……」
「待て」
 ぼそり、とつぶやくようにゆうは言った。しかしその静かだが力強い声にはサンタどもを、黙らせるに十分な気迫があった。
「オレからも質問させてもらおう」
 ただこの一言だけで、水を打ったように場が静まりかえる。
「優しさとはなんだ?」
 む、とサンタの一人がうなった。かまわずゆうは続けた。
「傷つけないことか、欲しいものを与えることか、それとも、ただ笑うことか」
「三択とな……我々にか?」
 サンタは戸惑いを見せた。
「これは難問」
「傷つけないことか?」
「いやそれがしは与えることと見たが……」
 さっそく小声でボソボソ相談を始める連中もある。
 この場でもっとも落ち着いているのは、やはり出題者のゆうだった。彼は言う。
「オレにはどれも、無い」
 その言葉を言い終えたとき、すでにゆうのマシンは奔馬よろしく竿立ちになっている。
「カイリ、運転補助頼む」
(ちょっと!)
 泡を食うカイリの反応を待たず、ジャケットを脱ぎ捨てシートを蹴って、ゆうはひらり空賊の機体に乗り移り、サンタ空賊ひとりをマシンから蹴り落としている。カイリがシンクロしたエスバイロは、そんな彼を拾うべく滑り込んだ。
 ゆうの鬼神のごとき戦いぶりは続いた。エスバイロごと突っ込む、体当たりする、というのは序の口、自由落下するマシンから身を躍らせサンタのソリを奪い、奪ったマシンを他のソリにぶつけるといった、綱渡りと呼ぶにしても危険すぎる行いに没入している。たちまち一機、また一機と空賊サンタはアビスに落下していった。
(メチャクチャよ! 自分や機体の安全度外もいいところ!)
 ついてくこっちの身にもなって! とカイリは悲鳴混じりの声を上げるのだが、聞く耳を持たないのか、ゆうは牙を剥く野獣のごとき暴れぶりをやめない。
(もっと自分を大切にして!)
 その言葉に刹那、ゆうは身をこわばらせた。
「……『自分すら大切にできないなら、他人を大切になんてできない』」
 彼の唇をついた言葉は、過去のある記憶に直結するものである。
 だが、ゆうの戦ぶりが衰えることはなかった。

 ああいう馬鹿なものが、とリン・ワーズワース少尉は苦々しく言うのである。
「あの場所にあって、空賊の砦になっているというこの事実! いざ目にしてもまだ信じがたいものがあるわ」
 リンの知っている世界、少なくとも【改変】を経る前にはこんなものはなかった。
 なかったはずだ。
 クレイジーすぎる。
 クリスマスツリー型の浮遊島だなんて!
 しかも、そこを拠点にしているのがサンタクロースコスプレ空賊軍団だなんて!!
 小規模な浮遊島を隠れ蓑のようにして、リン少尉は集まったメンバーに告げる。
「敵はあの通り大軍、一方でこちらは寡兵だけど……奇襲をかけるには十分な猛者が集まったと思ってる。短時間で一気に叩く電撃作戦でいくから」
 覚悟はいい? というリン少尉の問いかけに、力強い応答があった。
 見ると聞くでは大違い、『鉄海 石』はいささか圧倒されたことを認めないわけにはいかない。
「クリスマスは神を祝う神聖な行事だというのに……」
 商業主義に毒されたクリスマスを批判する向きもあるかもしれない。それはそれでわかる。しかし、【あれ】はそういうレベルを遙かに超えていると思った。
 空母くらいはあろうかというモミの木型要塞が、鐘楼からちぎってきたようなサイズのオーナメントをつり下げ、ひっきりなしにサンタクロースを出入りさせているのだから。
「私は神聖とかそういうの、あまり考えたことありませんけど」
 と言う『フィアル』はアニマゆえ、寒さなどどこ吹く風というワンピース水着に身を包んでいる。水着のカラリングは、クリスマスムードの赤と緑だ。
「冒涜というのなら、まさにそうなんでしょうね」
 フィアルはこのとき、無意識的に胸の前で腕組みしていた。鉄海石の視線を感じたのかもしれない。
 一方『スターリー』は、要塞を見てもさして動じるそぶりがなかった。
「連中がどんな格好で、どんな穴蔵にこもっていようが関係ない」
 黒い前髪をかきあげ、右の眼で冷ややかに標的をとらえる。アニマの『フォア』もすぐ隣に姿を見せtいるが、言うべき言葉が見当たらないらしく黙って控えていた。
「悪党がいて、あれが悪党の本拠地だというのなら、一気に攻め落とすまでだ」
「悪党? 確かにそうかも」
 そうスターリーに応じたのは『アリシア・ストウフォース』だ。
「三択弄すってどんな親父ギャグ集団かと思ったら……割と迷惑な感じ?」
「少なくとも、与えている実害は笑えないレベルだな。芸人としても三流だ」
 スターリーはにこりともせずに応じた。
「ワオ、手厳しいなあ」
 とは言いながらアリシアはニヤリとしている。三流芸人とは言い得て妙ではないか。
(アリシア……また暴走しないでね)
 つきあわされる身にもなって、とアリシアのアニマ『ラビッツ』が言う。
「暴走? もちろん気をつけるよ。まあ、無茶も無鉄砲も何でもござれ、とは思ってるけど!」
(そういうのを『暴走』って言うんでしょ!)
 ところがラビッツのこの正論が届くより早く、
「準備はいい? 攻勢開始よ!」
 リン・ワーズワース少尉の号令が下ったのだった。

 弾丸のごとく飛び出すエスバイロは、『ヴァニラビット・レプス』の愛機である。
(囮役の探求者たちが足並みを乱しているおかげもあって、敵は浮き足立っているようですね)
 ヴァニラビットのアニマ『EST-EX (イースター)』が言う。
「落ち着いてるよねイースター!?」
 ヴァニラビットは目を丸くする。
(落ち着きを失う理由がありますか)
 だって、とヴァニラビットは行く手を示して、
「サンタ空賊にクリスマスツリー要塞だよ!? なんでこう空賊って色物ばかり……って思わない!?」
(色物だとわかっているのであれば、とくに動じる必要もないでしょう)
「まあ、そういえばそうなんだけどさ」
 イースターのこの沈着ぶり、頼もしいようでもありなんだか物足りないでもあり――と思いを巡らすもヴァニラビットには、これ以上考えている時間はなさそうだ。
 急迫に気づいた空賊たちが、つぎつぎと発砲してきたからである。ライフル銃を抱えたサンタ、マシンからミサイルを放つサンタ、慌てて担いだバズーカが前後逆のサンタ……こんなの、サンタクロースじゃない!!
「バックアップは任せて!」
 ちゃき、と『エルマータ・フルテ』は略式の敬礼を送った。馬上の弓術兵よろしく両膝を締めてエスバイロ上に腰を据え、【射殺す覚悟】にて愛銃モノ70を構える。照準を合わせながら呼吸と鼓動の律動を一体化させていく。集中、全身が銃になった気持ち。心技体、すべてがそろわなければ正確な射撃はできない。
 サンタ集団のエスバイロの動きはばらばらだ。しかしそこに一定のパターンがあることをすでにエルマータは見抜いている。だから次の動きも予想ができる。
「子供たち……それに、マリアちゃんも……」
 引き金にかけた人差し指をそろそろと下ろしていく。
 力強く引くのではない。優しく絞るのだ。それが彼女の考える銃の扱い方である。
 ぱっ、と閃光が走った。冷たい音を上げて熱い薬莢が後方に飛び出す。反動は最小。命中を確認するや否、もうエルマータは次のターゲットへ銃口を向けている。
「みんなが楽しいクリスマスを過ごせるようにする為に。一肌脱ぐとしますか、アル!」
(……うん。きついお灸を据えてやろう、エルさん)
 アニマの『アル』はすでにエスバイロとシンクロしており、エルマータの安全と射線を支えていた。
 ツリーに仕掛けられたLEDの光、それを超えるまばゆさと激しさが、『フィール・ジュノ』の体から一気に放出された。まるで光の洪水だ。しかしその下からあらわになったものは、光以上にまぶしいのだった。
 きわどいカットで胸元の開く、水着とみまがうコスチューム、スカート丈も極めて短くて、エスバイロにまたがる腰のあたりがトゥー・デンジャラス、ぴたっとしたブーツのうえにさらされるのも、この寒空だというのになんと生足! マントなびかせ叫ぶフィールの声を、魂の叫びをさあ聞いてくれ!
「まてぇぃ! 私のクリスマスご飯になれぇぇ! 」
 飢え、である。愛に飢えているとか心のハングリーさとか、そんな象徴的な話ではなく文字通りひもじい! 例によって例のごとく、このとき魔法少女フィールの懐事情は、明日の食料にも事欠くありさまなのだった。
「三択弄す狩ったら、きっとクリスマスケーキにありつける!」
 降り注ぐ怒りの雷光【ぴかりん☆サンダー】! サンタクロースの頭上から、アラベスク模様の稲妻が落ちる。
「水と塩だけのクリスマスはイヤァァ!」
 吹けよ風! 呼べよ嵐! 荒れ狂う嵐(tempest)の使者、その名は【きゃるーん☆テンペスト】! かわいい、と表現されることの多いこのスキルだが、心の荒れ模様を反映しているのか、フィールのそれは鋭く尖った『きゃるーん』である。
「ええい! 無双をするでない! 無双を!」
 見かねたかフィールのアニマ『アルフォリス』が姿を現し声を上げた。
「もっと窮地に追い込まれよ! もっとピンチにならんか! せっかく薄着のコスチュームなのじゃ、もっと派手に破けたりはじけ飛ぶなりして、動画を心待ちしているファンにクリスマスプレゼント眼福を届けるべきであろう!」
「なにが『クリスマスプレゼントガンガン』よ!」
「ガンガン? いや、『眼福』じゃ。『眼福』」
 魔法のステッキを振り回すと同時に、フィールのよく育ったバストが踊る。食料がとぼしく強制ダイエット中の彼女だが、ここのボリュームばかりは不思議と減らない。
「だいたい、アルが衣食住のうち『衣』にばかり無駄遣いするからなのよ! いまの私の食糧事情は!」
「そうじゃったかのう?」
「都合が悪いこと忘れすぎ!」
 フィールは戦う。サンタクロース軍団と戦う。
 正義のために、そして、自分の胃を満たすために!

 狩り、という言葉と、サンタ、という言葉が、こんな風に混ざるとは思ってもみなかった。
 しかし鉄海石の行動に迷いはない。
 戦う。斧をふるいその軌道から、冷ややかで切れ味抜群の真空刃を生み出して投射する。
 技の名は【ソニックエッジ】、そのエッジで打ち倒すのだ。次から次へと現れるサンタクロース空賊を。
 これぞ『サンタ狩り』! まさに『サンタ狩り』!
 真冬の夜の『サンタ狩り』!
 これが石の使命であり運命(destiny)であった。
「……この聖なる夜に、悪行を成す奴は許せぬ」
 対峙したサンタ賊を見据え、狼のような眼で石は告げる。
「三択だ。重症か改心して鎮圧を手伝うか逃げるか選びな……」
 目の前のサンタはなんともパンキッシュだった。モヒカンヘッドをサンタ帽から飛び出させており、サンタ服に鋲打ちレザーのジャケットを重ね着している。白い付けヒゲがやけにアンバランスだった。
 パンクサンタは長い舌を出し、ヒャッヒャッヒャと甲高い声でせせら笑った。
「どれもお断りだゼェ! テメーこそ、刺されるかぶった切られるか、その両方かを選びなァ!」
「選択拒否か。いいだろう」
 ならば、と石は言う。
「……選ばざるを得ないようにしてやる」
 これを聞いて猛ったモヒカンサンタ、反った刃の蛮刀を振り上げ、どことなく鶴のような雄叫びをあげた。
 疾風怒濤、石のエスバイロと賊のエスバイロ、二機が『X』の文字に交差した。
「切ったァ!」
 手応えを感じたか賊は叫ぶも、それは幻想にすぎない。彼の蛮刀は砕け、綿のような白ヒゲはすっぱりと両断されている。
「イヒー!」
 この世でもっとも情けない声を上げた賊は、まもなく両手を挙げたのである。
「降参しますゥ……要塞の案内もさせていただきますゥ……!」
「賢明な選択だ」
 すらりと音が立った。石が刃を納めたのだった。
 石のエスバイロにシンクロし周辺を警戒しつつ、フィアルは内心忸怩たる想いであった。
 水を得た魚のように、石が活き活きと仕事をしていること自体は喜ばしい。
 だが、
(聖夜の石さんは普段より優しく私に甘々になるのに……空賊のせいで台無しです!)
 許せない! と、暖炉の炎のようにかっかとフィアルは立腹しているのだった。
 石が目を向けた先では、巨大クリスマスツリーにとりついた味方勢が、的を猛襲する雀蜂のごとく激しい戦闘を繰り広げていた。サンタは数こそ多いものの、探求者たちに比べればせいぜい蜜蜂だ。簡単に蹴散らされ、あるいは逃げあるいは撃墜され、あっさりとお縄頂戴となっている。味方の優勢は言うまでもなかった。
 キャッホー! と熱いシャウトが天翔る。
 叫ぶその姿はアリシア、ラビッツの不安的中といったところで、彼女はすでにアンストッパブル、ブレーキの壊れた特急状態にある。
「楽しい行事を邪魔して許さない! 子供はこれを楽しみにしているんだよ! ついでに私も!」
(『ついでに』!?)
 思わずラビッツは聞き返してしまうが、今はそれどころではなかった。
 なにせアリシアの運転がむちゃくちゃなのである。目隠ししての酔っ払い運転であってももう少しソフトだったのではないか。宙返りに錐揉みに突進、蛇行に急上昇急滑降なんでもござれ、注射器から食らわせる【オーバードーズ】で、行く手さえぎる敵をどんどん撃破する。アリシアの通ったあとは、残骸となったソリ型エスバイロ、その上で昏倒しているサンタで埋まっていった。
「これぞ正義のメリークリスマース!」
(全然メリーじゃないようー……って、頭上頭上、上から来るよ気をつけて!)
 タンクみたいな重量級エスバイロに、これまた超ファットな肉塊サンタがまたがっている。そいつが1トンの分銅よろしく、アリシア機の真上からプレスをかけてきたのだ。
(危ないっ)
 ラビッツは全力でエスバイロに回避行動を取らせた。ぎりぎり間に合わないかもしれない、と危惧するも心配は無用だ。
 ぐぎゃ、とみっともない叫びをもらし、ヘビー・ウエイトサンタはバランスを崩しクリスマスツリーに激突したのである。ツリーといっても浮遊島を改造したものだから、緑の部分はふさふさの葉ではなく無情の岩壁、ぶつかったとたんエスバイロは、プラモデルのごとく木っ端微塵となった。
「間一髪」
 とエルマータは銃をあげて結果を目視し、また構え直した。
 窮地を救ったのは彼女であった。
「聖夜を乱す空族には、ためらわずお仕置きしちゃうよ」
「サンキュー謝謝グラシアスありがとー!」
 アニマを介した通信で、アリシアの声が飛び込んでくる。アリシアは巨漢を捕虜にしており、賊を縛った上でクリスマスツリーのオーナメント代わりに吊り下げていた。
「どういたしまして。さあ、もうほとんどの味方がツリーにとりついて、電飾やオーナメントを落としていってるよ。あと一息!」
 エルマータはアリシアに告げ、目線をずっと上空へと向けるのである。
「じゃ、狙うとしましょうか」
(狙う、って何を?)
 アルが問う。そりゃあもちろん、とエルマータはウインクして言うのである。
「目指すは輝く一番星、ってね!」
(あ、わかった)
 まさしく以心伝心だ。あれだね、とアルは姿を見せて手を叩いた。
「いただいちゃうよ。アタシの……そしてみんなの一番星!」

 一番星、それがツリーの上に輝く大きな星飾りを指す言葉であることは言うまでもない。
 燦然としたその輝きは、夜空を飾る宝石のようでもあり、かつまた、下界を監視する魔の瞳のようでもあった。
「まだるっこしい手立ては取らん」
 その星目がけ飛翔する、それはスターリーのエスバイロ。
「一気に『星』を落とす。巻き込まれないよう注意してくれ」
 手短に味方へ連絡を入れると、もうスターリーは一番星しか見ていない。
 無論追いすがろうとする空賊は少なくなかった。弾丸も。
 しかしその数は圧倒的に少ない。ほとんどの空賊はまさか、頂点の星を狙う探求者があるとは予想していないのだろう。
「……バーストをかけておく」
 スターリーは呟いた。正式名称【らぶり~☆バースト】を口にする気は彼にはない。
 着いた。
 その頂に。
 あまりに大きなクリスマスツリーゆえ時間はかかったものの、ここまで大過なくスターリーはたどりついたのである。
 まさしく圧倒的な星だった。近くで見ればぎらぎらとしていて、銀紙を巻いたテトラポットのようでもある。これを破壊するというのだ。
「巨大すぎますね。魔法攻撃を続けても、どれだけ効果があることか」
 危惧するようにフォアが告げたが、さあな、とスターリーは言うだけだった。
「サンダーを……」
「【ぴかりん☆サンダー】、ですね」
「余計な修飾語はいらん。ただのサンダーでいい」
 スターリーは素っ気ない。それは、彼がスターリーだからだ。
「これを力の限り連発して、この星飾りと電飾を砕く。こいつが手っ取り早いぜ」
 そして彼は、言葉を実行に移した。エルマータの射撃が彼を援護したのはまもなくのことであった。

 ツリー要塞はその外部のみならず、内部もオーナメントで飾られていた。
 ありとあらゆるオーナメントが見られた。雪の結晶型のものがある。靴下やブーツを模したもの、ステッキや雪だるま人形もある。そのいずれもが、人間のサイズを軽く上回っているのだからほとんど狂気だ。
「色物中の色物よね!」
 緑のツリーを飾る悪夢的サイズのオーナメント、これを縫うようにして飛ぶヴァニラビットは、まるで不思議の国で先を急ぐ白ウサギといえようか。
 このとき、
「待てえい! そこな探求者!」
 通路の向こうから、鋼のような筋肉を誇る上半身裸のサンタクロースが現れた。
 サンタ、とかろうじてわかるのは、彼が白い髭を生やし赤いサンタ帽を被っているからだ。しかしそれ以外は、単なる露出狂ないしボディビルダーにしか見えない。乗っているエスバイロが小さいのか、なんとなく窮屈そうに見える。
「よくぞ我が四天王を破りここまでたどり着いた!」
「四天王?」
 えっ、とヴァニラビットはイースターを見た。イースターは冷静に告げる。
「途上、『四天王』を名乗ったのはお一人しかいなかったと思います」
「だよねえ」
「他のお三方は別の場所にいるのか、実は蹴散らした雑魚サンタのなかに混じっていたのか」
「そもそも最初から一人だったのかも」
「ええい黙れ!」
 ふんぬ! と筋肉ダルマサンタクロースは声を荒げた。鼻息で白髭がふぁさっと吹き上がっている。
「いずれにせよこの『三択弄す団』首領、ドン・マッチョーネに遭遇したがぬしの運の尽きよ! さあ、運命を選ぶがいい、三択ぞ!」
「待って」
 ヴァニラビットがさっと片手を挙げて告げた。
「お株を奪うようで悪いけど、こちらからも提示させてもらうわ。選択肢よ、一騎打ちに勝つか、負けるか、尻尾をまいて逃げるか、選びなさい!」
「うぬう! こしゃくなやつ! わしが勝つに決まっておる!」
 ふんが、とパンプアップして、ダンベルを握るとムキムキサンタは襲いかかってきた。しかし即座にイースターが言う。
「その前にご承知下さい。現在、この戦いの様子は撮影させていただいております。しかも、生放送でネット配信中です」
「なぬっ!」
 マッチョサンタは気色ばんだ。イースターは彼の様子と反比例するように言う。
「配信で大衆に無様を晒すリスクは理解してますね? ではどうぞ」
「み、見られている……わしの肉体美が……!」
 撮影している、は殺し文句だったようだ。首領は筋肉美を固辞するようなポージングをはじめた。
「うわ! やめてよ! 暑苦しい!」
 真冬だってのに! とヴァニラビットは槍を振り回す。
 最初の一打は、サンタの胴を激しく打擲した。
 二打目は腰を、三打目は側頭部を。
 なのにマッチョサンタは、どうしてもカメラ目線でアルカイックなスマイルを浮かべようとする!
 これでほぼ勝負あったといっていい。数合せぬうちに、サンタ首領はエスバイロから転がり落ちた。

 ツリー頂点の星型飾りが砕けた。
 文字通り金色の星屑となったわけだ。同時にツリーの電飾も一気に消えてしまう。
 残るサンタ空賊は、これを見てたちまち戦意を喪失してしまった。ヘナヘナとその場に座り込む者あり、エスバイロ上でがっくりうなだれる者あり、泡を食って逃げ出す者も少なくない。
「こ、こらー! なんじゃその体たらくは! しっかりせんか! 戦えサンタども! やる気を見せい!」
 これを見て激怒したのは誰か?
 ……こともあろうに、フィールのアニマであるアルフォリスであった!
「おぬしらはサービスシーン製造のためのモブじゃろうが! それくらいの存在価値しかないのじゃから役目を果たせい! ほれ、悔しければフィールをクリスマスらしく裸ラッピングくらいせんか!」
 などと口走り、どこからか日の丸のセンスを取り出して、両手でパタパタ蝶のごとく舞わすのである。
 けれど笛吹けど踊らず、サンタたちは静まりかえるだけなのだった。
「立てサンタども! そして剥げ! フィールを剥ぐのじゃー!」
「ちょっとさっきから黙って聞いてたら……」
 フィールは両手を振り上げて叫んだのである。
「アルフォリスってばどっちの味方なのよーっ!!」
「え? 我か?」
 なにを今さら、というような顔をしてアルフォリスは言ったのだった。
「視聴者の味方じゃ」
「視聴者て!」
 まもなく三択弄す団全軍は降伏し、マッチョサンタ首領以下、数珠つなぎになって連行されたという。

執筆:桂木京介GM