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●準備開始で『おつきゃるーん☆』
「広い会場っ!」
 開け放たれた慰労会会場の扉から入って、『ロベリア』が最初に口にした言葉がこれだった。
 その声がエコーするあたりからも規模がわかろうか。天井は高く、ライティング設備も立派だ。
 コンサートホールを一時的に改装した会場だという。奥行きがありステージがあるのはそのためだろう。まだ作戦は進行中なので、ここにいるのは設営や調理のスタッフだけだ。おおかたの整備は終わっているものの、肝心の飾りつけにはまだ不備があった。
 ロベリアが任されたのは立食用のテーブルごとの飾りつけだ。さっそくアニマの『アーモンド』と、相談しいしい手がけはじめる。
「飾りつけ……どういうのにすればいいかなぁ?」
「ロベリーの好みで大丈夫」
 アーモンドの笑みは、いつだってロベリアの心の支えだ。にっこり笑ってアーモンドは問い返した。
「皆のためにねぎらいの言葉をお願いします、って言われたらどうするの?」
「私が? えっ……ーん……皆さん、おつきゃるーん☆……これは違うかな……」
 てっきりダメ出しされるかと思いきや、
「じゃあそれで!」
 とアーモンドは大いに賛同したのである。
「うん、ロベリー! 『おつきゃるーん☆』って感じの飾りにしようよ!」

 端から端まで歩くだけでもかなり難渋する。
 それを走って往復するのである。何度も。
 だが弱音を吐いたりしない。『真奥』にはそれだけのガッツがあった。
「こいつは体力勝負だな」
 重い材料を入口からブースまで運ぶこと十数回、真奥はへこたれずやりとげた。だがここからが本番なのだ。
「バイトで鍛えた腕前を見せてやる!」
 手洗いを徹底的に、それも肘までしっかり洗って、いよいよ真奥は料理の腕を振るい始めたのである。作り始めた料理、それは、片手で食べられるハンディーさと、酒食にふさわしいボリューム、食べ飽きない新鮮味、それでいて定番の安定感……そのすべてを兼ね備えた究極の一品!
「バイトで鍛えた腕前を見せてやる! 組み立てはクルー内2位だからな!」
「要するに、ただのハンバーガーよね」
 とっても優しくない合いの手を入れてくれるのは、彼のアニマ『恵美』である。
「いや、ハンバーガーだけじゃない!」
「あと、フライドポテトとなんかシェイクみたいなの、でしょ?」
「ちなみにどちらの提供スピードもクルー内2位の実力だ!」
「探究者がきいて呆れるわ……」
「俺は仕事を究め探す者だ。見てろ俺が代表となる姿を!」
「寝言は寝て言いなさいフリーター」
 こうして並べてみると実に愛想のかけらもない返しばかりだが、そうは言いながらもポンポンと、恵美は真奥に仕事の指示を行っているのだ。
「ほら、パテを返す速度が落ちてるわ。そろそろポテトが揚がったんじゃない? ほらほら、『ファースト』フードなんでしょ? 遅い遅い」

 主食といえば『マイス』も、用意されたキッチンで包丁をふるっていた。
 そもそも「僕はあまり戦闘は好きじゃないから」というやや消極的な理由でこの場所に立ったものの、考えてみればここでの仕事もひとつの戦闘かもしれない、とマイスは思い始めていた。
 得物(包丁)をふるって、強大すぎる相手(たくさんのお客)を相手にするのである。たやすいミッションではない。
 といっても大切なのは平常心だ。焦って仕損じるわけにはいかない――そう考えると、なんだかプレッシャーは消え、落ち着いてきた。
「僕は……?」
「どうしたの、マイス?」
 彼のアニマ『トゥーナ』が優しく問いかける。
「僕は以前、こういった場面に遭遇したことがあったんだろうか……なんだか、初めてじゃない気がする」
「どう……だったかな。でも、誰かのために何かする、っていうのは好きだったはずよ」
「誰かのため?」
「うん」
「その『誰か』っていうのには、トゥーナのことも入ってた?」
「あ、うん……入ってたと、思う」
「そうか」
 なにか得心がいったように、マイスは木製のまな板に向かった。
「トゥーナも手伝ってね」
「いいよ。でも、アニマだからできることって、限られてるけどね」
 寂しげにトゥーナは微笑んだ。そうして、マイスに助言を与えるのだった。
「……マイスそこは小口切りのほうが良い」
「あ、そうなんだトゥーナは料理上手なんだね」
「…………別に」
 そんなことないよ、と言ったまま、彼女の言葉は途切れる。
 マイスとトゥーナの背後では、『星野平匡』とそのアニマ『ハルキ』が、『ソラ・リュミエール』に料理を指導中だ。もともとソラはアカディミアにおける平匡の教え子であり、和気あいあいと作業が進んでいる。
「ではソラ君、つぎは一緒にレモンパイを作ろう」
「先生の得意料理ですね!」
 ソラは山盛りのレモンを籠に取り目を輝かせた。
「おや、どうしてそれを?」
「前に『ハルキ』さんに教えてもらいました。どうしてもレモンがほしくて、そのためだけに外出したことがあるって」
「その話か……」
 まさかその後のことも言ってないだろうね、という目で平匡はハルキを見た。ハルキは黙って肩をすくめる。
「それで先生、レモンを買いに行った場でひったくり犯を捕まえたとか……そのてんまつが聞きたいです~」
 ソラは目をキラキラさせている。説明せざるを得ないようだ。平匡にとっては気恥ずかしい話なのだが……。
 疲労回復のためのスウィートティを用意しているのは『ゆう』だった。
 簡単に言えばアイスティなのだが、ただの紅茶ではない。大量の糖分にレモン果汁を加え、けれど紅茶葉の風味もしっかり出している。疲れが吹き飛ぶ味なのだ。
 ティが整うと次は冷凍庫を開き、抹茶アイスクリームの具合を見る。ほぼ完成していた。
「すごく美味しそう」
 アニマの『カイリ』が顔を出した。彼女もエプロン姿で、気持ちの上ではお料理モードらしい。
 かるくうなずいてゆうは、続けてババロアの準備に入っていた。これもただのババロアではなかった。香ばしい紅茶を用いた特製である。
「覚えてるんだ」
 言いながら彼は、見事な手際で材料を目分量で揃え、てきぱきと混ぜ合わせている。機械のように正確に。悲しいくらいにブレることなく。
「作り方だけじゃない。火の加減、薫り、タイミング……かたわらで誰かが教えてくれた、でも」
「……それ以上は」
 カイリがゆうの言葉を制する。
 それ以上を口にするのであれば、ゆうは自分の現状を確認せざるを得なくなる。
 ゆうは便宜上の名乗りに過ぎない。単なる『You』、あるいは『幽(ゆう)』の言葉遊びだ。自身の本当の名を、彼は知らない。
「そうだね。今はよそうか」
 ゆうは静かに笑むと、ボウルに材料を混ぜ始めた。気泡はほとんど入らない。色も美しい。
 いずれもゆうの記憶ではなく、手と五感が導いてくれたものだった。

●それぞれの舞台、それぞれの未来へ
 舞台の袖では『有馬 芽依』が、自分の役割を決めかねてうろうろしていた。
「もぅ、お姉ちゃん! こんなところ来てどうするの? お料理手伝うなら下だよっ」
 アニマの『星玲奈』が姿を現した。彼女の目には、芽依が所在なくうろうろしているように見えるらしい……あながち間違いでもないのだが。
「戦闘って面倒だし、怪我するのもイヤだから慰労会の準備でもしようかな……ってここに来たんだけど、よく考えたらわたし、料理も面倒なのよね」
 だから、と芽依は言う。
「歌おうと思って」
「えっ? 歌うの? このステージで?」
「別にいいじゃない。料理の準備も面倒だし」
「お姉ちゃん! そういうのを世間ではサボりって言うんだよ」
 失礼ねえ、と芽依は口をへの字にして言った。
「適材適所よ。他にも暇そうな人がいれば誘ってユニット組めばさらにいいよね、って思ってる」
「そんなに簡単に人なんて見つからな……」
 と星玲奈が言いかけたその視線の方向から、ぎくしゃくとカタい動きで青年が近づいて来た。
「あ、の。ユニット、っていう、その話……」
 緊張で身をコチコチにしながら、それでも懸命に話しかけようとしているようだ。
「良かったら、参、加、したいんだ、けど」
 冷凍庫から出したばかりのバナナみたいな青年は『ヨエル』と名乗った。
 このとき彼の邪魔にならない位置に、すっと彼のアニマ『サナ』が姿を現す。
「ヨエル様、ここからは私が説明させていただきます」
 サナは古典的なイメージのメイド姿だ。メイド喫茶などにいる今風ではなく、数百年続く名家の邸宅で、かいがいしく働く侍女のような。
「失礼致します。実は私たち、教会で歌うことには慣れております。そのお話、一口乗らせていただけませんか?」

 そうこうしている間に開場となった。客が入ると同時に、真奥のブースには行列ができはじめる。
「くっ、どんどん行列が伸びていく……」
「あら? バテてきた?」
「なんのこれしき!」
 だが真奥が歯を食いしばったとき、恵美から飛んできたのは、
「スマイル忘れてるわよ」
 という容赦のなさすぎるコメントだった。笑え真奥! 焼け真奥! 君こそがハンバーガーの星だ!
 主食といえばロベリアが、大きな鍋で作っているのはシチューである。
「ロベリー、もうお客さんが入り始めてるよっ!」
「うんっ! もうすぐ仕上げだからっ!」
 ロベリア言うところの『おつきゃるーん☆』な飾りつけに時間がかかったためこちらは時間が足りなくなったのだ。だがもう大丈夫だろう。たっぷり濃厚なシチューは、ビーフと野菜のいい香りをあげはじめていた。

 ふたたび舞台袖、短いリハーサルを終えて後、ヨエルは出番を控えて待機していた。出番まであとわずかである。
 ヨエルの顔色は紙のように白い。しかも小さく震えている。緊張しているのだ。
 サナがその顔をのぞき込む。
「お可哀そうに……こんなに震えて。 おやめになってもいいんですよ。気を病んでまでする仕事とは私にはとても……」
 しかしヨエルは首を振った。
「へ、いき。僕。歌う。歌いに行く」
 探究者のくせして、とヨエルは自分のことを考えている。
(僕は弱くて不器用で……何も役に立てなかった だからせめて歌を)
 その覚悟に揺らぎはない。
 ヨエルの目の色から、その意思を読み取ったサナは、ゆっくりと大きく頷いた。
「そう。どうしても、ですか。ならば私もお供しましょう。どこまでもご一緒いたします」
「じゃあ、そろそろだから」
 芽依がヨエルを呼びに来た。
 返事をして立ち上がったとき、ヨエルの震えは消えていた。

 芽依が歌い出しヨエルがハーモニーを加える。星玲奈とサナはコーラスだ。
 清らかにして優しい、まさしく癒しの斉唱だった。
 音楽にヒーリング効果があることは誰もが認めるところだろう。トレジャー・アイランドがもたらした疲労や辛い経験は溶け、楽しかった記憶、得た宝物による高揚だけが残るのだ。名高い冒険譚の多くが歌で語られるのも、こうした理由からかもしれない。
 これを耳にして、星野平匡も胸のうずきを感じていた。
「料理もほぼ作り終わったし、あとはソラ君に任せるよ」
 と、ソラ・リュミエールに告げステージへと歩き出した。
「どちらへ?」
「実は出場の許可を取っていてね。ちょっとしたダンス曲を披露しようと思ってる」
 話しながら平匡は眼鏡を外し、胸ポケットにしまっていた。
 眼鏡を取ると、ある有名俳優に酷似した平匡の素顔が現れる。
 その俳優は死んだと言われている。だが謎に包まれた死であったため、いまなお生存説は根強いという。このままステージに上がれば場は湧くに違いない。これは慰労会、皆が喜んでくれればそれでいいのだ。
 最初にステージで呼びかける言葉を、平匡はあらかじめ決めていた。
 それはこの一言だ。
「未来を踊ろう!」



執筆:桂木京介GM