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 窓の外にちらちらと、抜け落ちた天使の羽根のようなものが舞っている。
「雪……?」
 モニターから顔を上げ『エルヴィス』はからりと窓を開けた。
 冷たい外気が入ってくる。清涼な空気も。
 街の喧騒も。
「賑やかだな」
 見おろした通りには人がいっぱいだ。こんな時間にしては多すぎるくらいだ。帰宅を急ぐ勤め人たちには見えない。殺伐とした雰囲気も一切なかった。まるでお祭りだ。なにかのお祝いをしているように見える。
「何かあったのか」
 エルヴィスの声にこたえたのは、アニマの『ケーナ』だった。
 ケーナは両手を胸のあたりで重ね、気恥ずかしそうに下を向いている。
 言うべきか言わざるべきか――憧れの先輩に告白をためらう少女のように、もじもじとためらっているようにも見えた。けれど意を決したのか、口を開いた。
「その……エル、今日はクリスマスですね……」
「そうか、クリスマスか」
 エルヴィスにはとりたてて感慨はなかった。道理でこの寒い中でも外に人が多いはずだ、くらいに思う。
 しばし彼は黙って窓の外を見ていた。
 楽しげなものだ。単なる冬の一夜だというのに、しかも雪が降るくらい寒いというのに、誰も彼もが浮き足立っている。
「それで……その……」
 ケーナは次に言うべき言葉が見つからない様子で、ただ視線を泳がせている。
 なんとなく、彼女の言いたいことが理解できたような気がした。
 だからエルヴィスは、涼やかな目でケーナに告げたのだ。
「少し外に出てみるか。クリスマスの情報を得に」
 と。

 ◆ ◆ ◆

 冬空を横切り、エスバイロの編隊が戻ってくる。
 凱旋だ。
 探求者たちの凱旋だ。クリスマスツリー攻略戦に参加した勇者たちの。捕らえたサンタ空賊をメデナの警備隊に引き渡し、意気揚々と現れた。先頭にはリン・ワーズワースの少尉の姿がある。
 もうひとつ、別方面からも探求者たちの凱旋が見えた。旅団各所や孤児院にて、子どもたちに夢とプレゼントを配ったクリスマスの守護者たちだ。フラジャイルのマリアの姿も、エスバイロの背に揺られている。
 迎える側だって探求者だ。すでに用意は調っている。レーヴァティンにあるメデナ本部、そのセレモニーホールは今や、巨大なクリスマスパーティ会場へと姿を変えていた。その準備に奮闘した彼らの顔は、やり遂げたという充実に満ちていた。まるで1000ピースもあるジグソーパズルを、完成させたばかりとでも言うかのように。
「よし、これで会場設営は完了だ」
 脚立をたたんで壁収納におさめると、『ブレイ・ユウガ』はバルコニーから会場を一望した。
 普段は旅団間会議などに使われる厳粛たる会場が、ネクタイを締めたくなるような晴れの場へと一変していた。
 見上げればシャンデリア、テーブルクロスはつや消しのシルク、控えめの照明を補うべく、それぞれの卓にはキャンドルが飾られている。ビッフェメニューも派手すぎず、それでいて豊富な種類を用意した。無礼講の宴会というよりは、カクテルの似合う大人のクリスマスパーティをブレイは演出したつもりだ。
「へえ、やればできるもんじゃない。センスいいと思うよ、ブレイにしては」
 彼のアニマ『エクス・グラム』が言った。
「にしては、は余計だ」
 と断ってブレイは言う。
「みんなは空賊サンタやクリスマスツリー要塞なんかで、悪趣味なギラギラはさんざ目にしてきたはずだ。子どもたちの慰問だって、『明るく楽しいクリスマス』すぎて気疲れしたかもしれない。だから、ゆったりリラックスできる会場作りを目指してみたんだ」
「ふーん、そういうわけなのね。私はまた、ブレイが『あの人』にイイカッコしてみせようとしたからだと思った」
「あの人? それって……」
 と言いかけてブレイは口をつぐんだ。
「素敵ですね、この会場。とても」
 カクテルドレスに身を包んだ、フラジャイルのマリアがやってくる。
「内装はあなたが? そう本機は聞きました」
 さらに、
「別に、来たくて来たわけじゃないけど……他に行くところもないし」
 なぜか不機嫌そうに、けれども慣れぬ派手な場に戸惑いを隠せぬ様子で、『潮 綾(うしお・あや)』も入ってきた。桃色の晴れ着姿なのは、綾なりのお洒落だろう。頬が少し、紅い。

「先生、どうにかこうにか準備は間に合いましたね!」
 と微笑むのは『ソラ・リュミエール』だった。屋外で凱旋者たちを待つ彼女はエプロン姿、両腕の袖はまくったままだ。
「ソラ君、寒くない?」
 ソラの教師『星野平匡』が呼びかける。平匡も白いエプロンを身にまとっていた。
「ええ、一生懸命仕事したせいか、寒いくらいです」
 それは結構、と平匡はうなずいた。この日ずっと、平匡とソラはパーティー用のお菓子作りに励んでいたのだ。
 とりわけ平匡が力を入れたのは、彼の代名詞とも言えるレモンパイの作成だった。一口にレモンパイといっても、その味わいは単純ではない。外はさっくり中はしっとりの歯触り、甘酸っぱくてノスタルジーを刺激する香り、甘すぎず飽きもこないという、ギリギリのバランスで成立した甘み、そのすべてを最高レベルで達成するには、技術とコツ、なによりまごころが必要なのである。今日、平匡はその奥義を、ソラにとっぷりと見せたつもりだ。
 しかし菓子職人のみが平匡の使命ではない。
「パーティといえば余興、余興といえばライブ……それでは今日は、クリスマス仕様でいきます」
「えっ?」 
 謎めいた平匡の言葉に、思わずソラは訊き返すも、
「まあ、見ていてください」
 彼のアニマ『ハルキ』が姿を見せこう告げたので、口を閉ざしなりゆきを見守った。
「これぞ一子相伝の秘技……!」
 と物陰に隠れた平匡は、しばしの後驚くべき姿となって還ってきたのである。
「じゃーん☆ 魔法少女チェリー! 大☆登☆場!」
 どう見てもそれは、ミニスカートを履いたマジカルブリリアントなエルフの少女だ。けれどソラはその人の正体を知っている!
「星野先生……ですよね?」
 眼鏡を外していることもあって別人のようだが、たしかに平匡だ。でもチェリーは首を振る。
「いいえ、私は魔法少女チェリー☆」
 平匡の秘技、それは女装だったのだ!!

 会場が埋まった頃、パーティ準備を担当した探求者を代表し、『朔代胡の枝』がステージにて乾杯の音頭を取った。
 マイクスタンドの前で告げる。
「いやー今年は色々大変だったよねえ」
 しみじみしてしまう。ブロントヴァイレス戦争、トレジャー・アイランドの発見と探索、世界最後の【スレイブ】フラジャイルのマリアの目覚め、そして三択弄す団との戦い……めまぐるしい一年だったといえよう。
 胡の枝の装いは、シックな黒のイブニングドレスだ。胸元にさした一輪の薔薇がアクセントとなっていた。並び立つアニマ『カメリア』のドレスは白で、見事な対比となっている。
「本当、みなさんお疲れ様だよ。今日の作戦も、全部うまくいって本当に良かった!」
 胡の枝はシャンパングラスをかかげた。泡立つ金色のドリンクは実はただの炭酸飲料なのだが、雰囲気という意味ではこの場に、これ以上マッチしたものはないだろう。
「せっかくのパーティーだし、今日は思いっきり楽しんじゃおうね! 乾杯!」
 無数のグラスが掲げられる。無数のグラスが、軽くぶつかりあい鈴のような音を立てる。
 同時にステージに多数、白い風船が降ってきた。ゆっくりしたその降り方は、外の雪を連想させるものだ。
「メリークリスマス!」
 声を上げたのはブレイとエクスだ。二人ともサンタ姿、皆をねぎらいながらプレゼントを渡していく。
「サンタ退治の功労者たちにも、子どもの心を満たしたサンタ役のみんなにも、ささやかながらプレゼントだ」
「遠慮しないで。サンタだってたまにはもらう側になったっていいじゃない?」
 ビッフェには様々な料理がならび、探求者を待ち受けていた。ローストビーフなどの高級食にまじって、黄金色の山盛りフライドポテトが見えた。ハンバーガーやフライドチキンなんていう、ファーストフードの定番も顔を見せている。器と飾り付けが上品で、いずれも安っぽく見えることはなかった。
 ファーストフード陣営はすべて、『真奥』が用意したものだ。
「どれも頑張ったが、特にフライドポテトはお薦めだ。パーティ料理っぽいしな。追加もどんどん揚げるから食べてってくれ」
 蝶ネクタイの給仕に扮し、真奥はフレンドリーに呼びかける。
「ま、フリーター道ひとすじ、バイトリーダーここにありと呼ばれた真奥の揚げたものだからね。信用してもいいと思うよ」
 同じく給仕の姿で『恵美』も口上した。
「お、おう……」
 褒めてるんだろうけど、なーんかひっかかるんだよな、その言い方……と真奥は小首をかしげるも、マリアの姿を認めて声をかけた。
「マリアだっけ。過去から来たみたいだし現代のファーストフードってのを見せてやるぜ!」
 ほらこいつだ、と皿にポテトとハンバーガー、フライドチキンを盛って彼女に手渡す。
「見せてもらっても嬉しいかしら……それ?」
 恵美が皮肉な笑みを浮かべるも、素直にこれをマリアは受け取った。
「ファーストフードですね、これは。食べたことがあります、前に」
 マリアは大きなタレ目を細めるのである。
「それはいい! だがファーストフードでも抜群の出来だぞ、これは。ほっぺたが落ちること間違いなしだ!」
「塩分過多で顔がむくんで頬が落ちそうね」
「恵美! 貴様は応援しているのか茶々を入れているのかどっちだ!?」
「両方かも」
 そんな主従の目の前でマリアは一本、ポテトを取って口に運んでいるのである。

 さてスイーツコーナーでは、
「美味しそうな料理にスイーツ! どれから食べよー?」
 胡の枝が目をらんらんと、純粋無垢な食い意地で光らせている。
 なんとたくさんのスイーツがあることか。プリンだけで4種類、アイスクリームに至ってはなんと16種、ケーキなんてもう最強、32種類用意したという。カスタードパイにフルーツゼリー、ジンジャークッキーやシュークリームもそろっているのだ。これで目移りするなというほうが無理というもの、胡の枝は感激のあまりめまいがしそうだ。
「あれもこれも食べたいなー! ケーキも美味しそうだし! 」
 ところがカメリアは冷静だ。そっと胡の枝に耳打ちする。
「摂取カロリーの計算は必要ですか? コノエ」
 ズガン! 胡の枝は黒い雷撃を脳天にくらったような気分になる。
「か、かろりー……げ、現実がつらいよカメリアちゃん……」
「ちなみに目の前の様々な種類のケーキ、前列向かって左から順に350キロカロリー、400キロカロリー、250……」
「うっ……も、もういいよ。じゃあケーキは2種類に減らす……」
 ああ、我が耳を塞ぎたい。胡の枝はふるふると首を振るのだった。
 やがてステージに、ホットでジャジーな音楽が流れ始めた。うなるベース音に痛快なドラムライン、思わず足踏みしたくなるようなリズムではないか。
「お手隙のみなさま、ひとつダンスなどいかがでしょう?」
 ハルキが呼びかける。そのとき赤いリボンが飛ぶごとく、ステージに魔法少女チェリー(平匡)が躍り出た。真っ赤なハイヒール、やはり赤い、燃えるようなスカートでターンを決める。
「いきますよ!」
 ソラの手を取って、軽やかに平匡は踊り出す。
 最初恥ずかしがっていたソラも、いつしかチェリーに釣られ、軽快なジルバに身をゆだねる。

 ◆ ◆ ◆

 数冊の文献を読み比べつつ、『Truthssoughter=Dawn (トゥルーソウター ダーン) 』は執筆中の論文に朱を入れている。
「……ここの解釈はやや浅かったかもしれませんね。もう少し書き加えて……と。そうすると次の段落は丸ごとカットしたほうがいいのか……」
 トゥルーソウターのデスクの横では、lumiere=douceur (リュミエール ドゥサール)が人形のようにつくねんと椅子に座って、窓の外の夜空を眺めていた。
 今日も今日とて日常(いつも)のように、トゥルーソウターは研究に邁進している様子だ。
 リュミエールは一抹の寂しさを覚えないでもなかったが、充実している様子の彼を邪魔することを避け、黙って雪の降るのを観察しているのだった。
「さて」
 唐突に彼が言った。論文の送稿を伏せてその上に書物を積む。
「今日はこのくらいにしましょう。せっかくのクリスマスです。 旅団群の、資源等の事情も判るので……派手なことはしないけれど、ちょっとしたご馳走でも食べるとしましょうか」
 デリバリーを頼んでいましてね、とトゥルーソウターは微笑した。
「えっ、覚えていたのでございますか……聖夜を?」
「いくらなんでも、これほどのイベントを忘れはしませんよ」
 照れくさげに彼は鼻の頭をかいて、
「まぁ……三択を迫るとかいう奇妙な空賊団の旅団襲撃もありましたしね。あいかわらず……情報戦のみで、直に戦ったわけではないですが」
 トゥルーソウターは立ち上がって棚に手を伸ばした。
 そこから出してきたのはアナログレコードだ。部屋の隅のレコードプレーヤーから埃よけの布を取りのけ、柔らかな黒い盤をターンテーブルに載せる。
「塩化ビニールなんですよね、これ。古いですが、驚異的な技術です」
 カリカリと針が盤をこする音に続けて、誰もが知る古典的な音楽が部屋の空気に流れ込んでいった。
 リュミエールはうっとりと聞き惚れている。
「クリスマスソング……でございますね?」
「ええ、好きなんですよ、この曲」
 トゥルーソウターは椅子の背を倒し、ゆるゆると背もたれに身を預けた。こうしていると安楽椅子のようだ。
「空賊団との戦闘に協力したこともあって……今日は少し疲れました。せっかくの夜です。ゆったりしましょう」
「ええ」
 リュミエールはにこりと笑って、クリスマスソングのコーラスに唱和する。
「あたしも好きですね……この曲」
 玄関先のチャイムが鳴った。デリバリーで頼んでおいたクリスマスディナーが届いたようだ。

執筆:桂木京介GM