プロローグ
悲痛な叫び声を聞いて、貴方は咄嗟に動きを止めた。止まっている場合ではないのに。
貴方は今、ブロントヴァイレスとの戦いへ赴こうとしていた。若しくは、アビスメシア教団への対策をとろうとしていた。或いは、別の市民を助けようとしていた。
別の目的があったのだ。それでも、助けを求める声を聞いて止まってしまった。
判断は一瞬。貴方は声の主の下へと向かう。
エスバイロの駆動音が聞こえたのか、それとも貴方とアニマの話し声が聞こえたのか、声の主は貴方が来た事に気付いて、誰か呼ぶ叫び声から助けを懇願する声へと変える。
「助けて、お願い、助けて……ッ!」
空賊の爆撃により崩れかけたアパートの三階、その窓から子供が落ちそうになっている。今は両手で窓枠に捕まっているだけの状態だ。
けれど声は子供からではない。子供はただ恐怖にむせび泣いている。
声はその室内から。倒れたタンスに足を挟まれて動けない女性、恐らくその子供の母親によるものだ。泣きながら、助けを求めながら、それでも必死に子供へと手を伸ばしている。
「私はいいの! お願い、その子を助けて!」
子供はすぐに力尽き手を離してしまうだろう。
アパートだっていつ崩れるか解らない。
急がなければ、どちらも助からない。
急がなければ、自分が本来行く場所へも間に合わない。
貴方は決断し、動き出した。
解説
■子供を助けてください
<状況>
・エスバイロで駆けつけたのか、道路を走って駆けつけたのかは自由に決めてよい
<アパート>
・子供が捕まっている窓付近に足場になりそうなものはない
・玄関、ベランダは崩れかけていて、室内に入るなら子供が捕まっている窓からのみ可能
・何時崩れるか解らないし、強い衝撃を与えればすぐに崩れる
・プロローグに出てくる親子以外に残っている人はいない
<子供>
・7歳ほどの女の子
・必死に掴まっていて周りが見えていないし恐慌状態に陥っている
・母親が大好き
<母親>
・助けるか助けないかは自由に決めてよい
・ただし、助けない場合は必ず子供に説明する
・タンスをどかしても両足は大怪我を負っているので自力歩行は不可
ゲームマスターより
混乱した街中で、それでもどうか救いがありますよう。
【隠れた真実】落下する前に エピソード情報
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担当 |
青ネコ GM
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相談期間 |
6 日
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ジャンル |
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タイプ |
EX
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出発日 |
2017/7/2 0
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難易度 |
簡単
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報酬 |
少し
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公開日 |
2017/7/12 |
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日高 陽一
( ミアナ )
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ヒューマン | ガーディアン | 18 歳 | 男性
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【心情】 「子供はもちろんだけれど、母親の人も急いで助けないとね……っ」 【行動】 運搬をしてくれる人のエスパイロに同乗し、少女のつかまっていた窓から三階へと侵入。侵入する際に、少女にお母さんは助けること、また自分たちが駆け付けたので安心して欲しいことを伝える。その後、母親に子供を助ける趣旨と、母親自身も助ける趣旨を伝えて混乱などを起こさないよう必死に呼びかけながら、仲間と協力して急いでタンスをどかす。 「母親がいなくなって悲しまない子供はいないよ……っ、ましてや貴方みたいな子供を優先する良い人、見捨てられるわけないでしょ!」 落ちてくる瓦礫などからは身を挺して母親、仲間をかばう。どかした後は母親に肩を貸す、もしくはおぶる等で運び出し侵入したときと同じ要領で脱出。治療している最中も、子供と母親を落ち着かせるような、安心させるような呼びかけは止めない。
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「まったく、どこもかしこも不幸で溢れてやがるっす。……んじゃ、ま。やることやるっすかね」 ■運搬 エスバイロに騎乗して屋内に侵入する人員を窓まで運搬(一度で不可能ならば往復)。 窓へ寄せる際は救助対象、アパートにぶつからないよう注意。 ■待機 運搬後は窓際で母親救助後の脱出を円滑に進める為に待機。 その間は救助対象達へ声をかけ援護。 ・女の子(救助前)へは 「お母さんは必ず助けるっすよ。もちろん、君も。大丈夫っすよ」 と「母親を助ける」という子供にとって重要なワードで意識を引き、希望を与え恐慌の沈静化・救助への従順化を促す。 ・母親へは 「大丈夫っす、どちらも助けるっす。出来ると判断したからやってるんすよ!」 と言い切り、救助に支障を起こさないよう不安の緩和を図る。 ■脱出 母親の救助が完了したら速やかに母親、ならびに救助人員を安全と思われる場所まで運搬(一度で不可能ならば往復)。
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エスバイロで救助者を探す途中、声が聞こえて発見。 僕のお母さんはもういないけど、この2人は救える…どちらも絶対に助けてみせる! まずはお母さんの方を安心させるためにも、子どもを助けないと。 受け止められるようにエスバイロを子どもの下に位置させて声かけ。 その際徒歩の仲間を3階へ運搬。 お母さんは僕たちが絶対に助ける!信じて。 受け止めるから、手を離して。大丈夫。 受け止められたら頭を撫でてあげる。よくがんばったね。名前は? お母さんに、(名前)ちゃんは大丈夫です!と伝える。 ずっと窓枠を掴んでいた手など、怪我があればファストヒーリング。 きらきら光るの、綺麗でしょ? ミモザも優しく声を掛けてあげて。 子どもがアパートに駆け寄らないよう見守り、建物が危なくなったら大声で声掛け。 助けられたらお母さんも治療。 …僕のお母さんも、こうなったら僕のことを心配してくれたのかな、なんてね。
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目的:皆が救出するまでの安全確保 行動:必要に応じて皆をエスバイロで3階や地上へ運びます 壊れた壁の欠片などが落ちてくる危険があるから、子供の救助中は落下物を武器で破壊したり、宙に浮いたエスバイロがあればぶつからないように調整 建物の崩壊を目視や音で確認。危険状況を皆へ報告(ただし母子を不安にさせないように) 母親をエスバイロに乗せる際は手を貸して急いで乗せます。転落したら危ないですよね…上着や布などで座席から落ちないように手早く固定しますね 万が一建物崩壊時に脱出が間に合わない人がいた場合は、自分のエスバイロめがけて飛び降りてもらう 自分もろとも落下は免れなくても、浮力で相殺される分そのまま落ちるよりはましなはず 救出後は母子を安全な場所まで乗せていく。
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彩月
( 壱華 )
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デモニック | マッドドクター | 21 歳 | 男性
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さてはて親子を助ける依頼。 戦いは面倒だけど、こう言う依頼は見過ごせないんだよねぇ。 子供が優先っぽいけど、やっぱ子供には母親が居なきゃだし ぼちぼち助けていかないと。 俺は母親救出へ向かうよ。 怪我の度合いが危険な状態にまで悪化してたら とりあえずファストヒーリングで応急手当しておいた方が良さそうかな? 足の事もあるし誰もいなければ俺が母親をおぶるよ。励ましながら避難しよう。 …ダメだよ、お母さん。あなたもお子さんを守る為に助からなきゃ。 …一人ぼっちになっちゃうから、ね。 さぁ、辛気臭い顔はやめて助かる事を考えて! 俺達が無事にお子さんの元へ送り届けてあげるからね! 避難が無事済んで子供と合流出来たなら 母親の残りの回復も済ませて、子供の元へ行かせてあげよう。 初依頼はまぁ、これで完璧…かな? 一応周囲に何かないか、少し警戒しようか。 他、仲間から何かあれば従うよ! アドリブ歓迎
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仲間の大型エスパイロに同乗し運んでもらい部屋へ侵入 まずはぐるりと視線を走らせ部屋の状況を確認 梃の原理を用いて箪笥と女性の隙間に入れられそうな棒状のもの(モップなど?)を探して部屋をアニマの咲良娑と共に捜索 その際救出した母親を箪笥から窓まで運ぶ時にスムーズに事が進む様、散乱した荷物等をどけたうえ、可能なら窓際にソファーなど上に乗っても大丈夫そうな物を移動させ部屋から窓の外への足場を作り経路を確保する 不可に耐えられそうな道具を発見した場合 母親に傷を付けない様に差し込み箪笥を上げる手伝いを行う 母親救出に充分な隙間が出来たら皆に呼びかけ棒を押さえるのを手伝ってもらい箪笥を浮かせたまま待機 母親が箪笥の下から助け出されたら強い衝撃を出さない様ゆっくりと箪笥を降ろす 道具がなかった場合は素の状態のまま母親救出を手伝う 箪笥を降ろす際は衝撃をなるだけ少なくさせる様、皆と呼吸を合わせる
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参加者一覧
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日高 陽一
( ミアナ )
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ヒューマン | ガーディアン | 18 歳 | 男性
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彩月
( 壱華 )
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デモニック | マッドドクター | 21 歳 | 男性
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リザルト
●集まったのは
「誰か……誰か助けて!!」
その声を『ノーラ・サヴァイヴ』とアニマの『ミモザ・サヴァイヴ』が聞いたのは、エスバイロで救助者を探す途中の事。
声の元へと駆けつければ、他にも同じように駆けつけた者達が集まっていた。
「こういうのは見過ごせないんだよねぇ」
崩れそうなアパートを前に『彩月』が呟く。その彩月の意見に同意するように『日高 陽一』が言う。
「子供はもちろんだけれど、母親の人も急いで助けないとね……っ」
救助へと意識を向ける者達の中で一人、躊躇った者もいた。それは『羽奈瀬 リン』だ。
ブロントヴァイレスを倒す、その為に移動していたのだ。母子は助けたい。だが、ここで立ち止まってしまっていいか。一瞬迷っていたのだ。
だがその迷いも、アニマである『スピカ』の後押しで消える。
「ここで見捨てたらずっと後悔するわよ。ならさっさと助けてダッシュで次へ行けばいいじゃない。ほら、行くわよ!」
発破をかけられれば心は決まる。後はもう気持を切替え冷静になろうと努めた。
助ける。それが決まってしまえば話は早かった。
母親の「自分はいいから、子供を助けてほしい」という声は聞こえていた。だが、誰もその通りにしようとは言い出さなかった。当たり前のように、母親も助けると決めた。
「子供が優先っぽいけど、やっぱ子供には母親が居なきゃだし。ぼちぼち助けていかないと」
彩月のその呟きに『壱華』は一瞬思考が今と切り離される。
(彩月さんがこの親子を見捨てられなかったのは、私と出会う前にあったりするのかな? 出会う前、彩月さんは大きなお屋敷に一人だったから……)
壱華は彩月が六歳の頃から一緒にいるが、六歳より前の事は詳しくない。
(いつもは適当な感じで戦いも気が進まない雰囲気なのに、今は意外な一面が見えて、長く一緒に居ても新しい発見……長く一緒でも、彩月さんとは距離を感じているんだけれど……)
そこまで考えたところで、壱華は意識を今へと戻す。集まった者達の役割が決まり、動き出そうとしていたからだ。
(っいけない! 私も考えてばかりじゃダメ)
彩月に負けず全力で皆をサポートするのだ。壱華は「頑張ろうねっ!」と彩月に宣言するように声をかけた。
子供を助ける者、そして母親を助ける者、二人の元へと皆を運ぶ者。詳細は決めない。決めている時間はきっと無い。その場その場で対応していくしかないのだ。
(僕のお母さんはもういないけど、この二人は救える……どちらも絶対に助けてみせる!)
ノーラは心に強く決める。どちらも必ず、と。
「まったく、どこもかしこも不幸で溢れてやがるっす」
救出へと動き出す前、笑んだままボソリとひとりごちたのは『スライハンド』で、冷静な色を宿し絶望など欠片も無かった。
「……んじゃ、ま。やることやるっすかね」
動き出す合図かのように、スライハンドは『パーム』に語りかける。
「――さて。仕事の時間っすよ、相棒」
『了解です、我が主――』
●動き出すのは
三階へ。
何事もないアパートでの話なら、エスバイロで駆ければいいだけの話だ。
だが今は違う。向かう先には怪我人と子供、何時崩れるかわからない建物。となれば、三階へ駆けつけるにも工夫が必要だ。
「乗ってください!」
リンが言えば、スライハンドもそれに続く。エスバイロで全員向かうわけにはいかない。出入り口となる窓はそれほど大きいわけでもなく、そこにエスバイロを幾つも待機させると救出、脱出が難しくなる。
乗り合いでいくのが正解だろう。だが、一台に何人も乗れるわけではない。ならば複数台で、という選択が正しい。
エスバイロを出すのはリン、スライハンド、そしてノーラとなり、彩月と陽一と『ヴィクトル・ラング』は、それぞれエスバイロに乗せてもらう事になった。
そして、全員で三階へと向かう。
「まずはお母さんの方を安心させるためにも、子どもを助けないと」
ノーラは言いながら、万が一今この瞬間に子供が落ちても受け止められるように、エスバイロを子供の下に位置させて声をかける。
「聞こえる? 下を見て!」
ノーラの声に、子供は泣きじゃくりながら下を見る。そこには、助けよう、という強い意志を瞳に宿した二人。
「お母さんは僕たちが絶対に助ける! 信じて。受け止めるから、手を離して。大丈夫」
子供はもう限界だった。手も腕も痛くて痺れて感覚がなくなってきていた。そんな時に、受け止める、という言葉をくれた人を信じないわけが無い。
「おいで」
ノーラの声に、子供は何度も何度も首を小さく縦に振り、そして剥がれ落ちるようにその手を離した。
子供は無事エスバイロに着地した。いれかわるように、乗せていた『ヴィクトル・ラング』と『咲良娑』がさっきまで子供がぶら下がっていたところへ飛び移り、そのまま部屋の中へと入っていく。勿論、他の仲間達も入っていく。
「……ッ……ふ、ぅっぅ……うわああああああん!!」
エスバイロの上で子供は泣きじゃくる。ノーラにしがみ付いてボロボロと涙を流し続ける。
ノーラは頭を撫でながら慰める。
「よくがんばったね。名前は?」
「……ッ、は、ハル……ッ」
しゃくりあげながらでも答えた名前を、ノーラは優しく呼ぶ。
「ハルちゃん。よくがんばったね、偉いよ。じゃあお母さんにも大丈夫だって伝えてあげないとね」
そしてノーラは声を張ってハルの無事を告げる。
「お母さん! ハルちゃんは大丈夫です!」
窓よりも少し下のところにいるノーラとハルには、中の様子がわからない。だからこそ声を張る。すると、さっきまでの悲痛さではなく安堵したような泣き声が聞こえてきた。伝わったようだ。
「怪我はある? ずっと掴んでたでしょ? 手を出して」
ひっくひっくと泣きながら、ハルはそっと手を出す。そこには自身の体重を支え続けた結果の赤い線が走っていた。
「見てて」
ノーラはそう言ってからファストヒーリングを使う。
赤い線の走った掌がキラキラと虹色に輝く。それに目を奪われて、ハルはようやく泣き止んだ。
「きらきら光るの、綺麗でしょ?」
こくこくと首を縦に振るリラを見て、ノーラもホッとしたように微笑む。
「もう大丈夫ですからね」
ノーラに続き、ミモザも優しく告げる。ハルは微かに、本当に微かに微笑み、もう一度涙を零した。
虹色の光が消えると治療は終わり。ノーラは綺麗になったハルの手をそっと包み、ぽん、と優しく叩いた。
●助け出すのは
陽一と『ミアナ』を三階に届けたリンは、ハルが泣き止んだのを確認してそちらに近づいた。
気付いたノーラ達がリンの方を向けば、リンは安心させるように微笑みながらハルに告げる。
「大丈夫ですよ。お母さんはみんなで助けるから」
その為に、今、仲間達が窓から入っていったのだ。だから、大丈夫だと。
伝えれば、ハルは治ったばかりの手をギュッと握り、祈るように窓を見つめた。その奥にいる母親の無事を願いながら。
窓に、アパートにぶつからないように。衝撃を与えないようそっと最後に入り込んだのは、スライハンドが運んだ彩月と壱華で、陽一とミアナ、ヴィクトルと咲良娑は既に中に入っていた。
窓からも倒れているタンスが、その下敷きになっている人が見える。彼女は今、子供が助かった事に安堵し、助けに来た者達に、自分はいい、子供が無事ならいい、と諦めの言葉を吐いていた。
「私は、いいの……ハル、どうかハルをよろしくお願いしま……」
「大丈夫っす、どちらも助けるっす。出来ると判断したからやってるんすよ!」
窓からそう声をかけたのはスライハンドだ。
はっきりと言いきった言葉には力があり、叫び疲れていた母親は、思わず声がした窓の方を見る。さっきまで、子供がぶら下がっていた窓を。
「……ダメだよ、お母さん。あなたもお子さんを守る為に助からなきゃ」
その母親の隣まで来た彩月は、スライハンドの言葉に繋げるように語る。
「……一人ぼっちになっちゃうから、ね」
それは彩月の過去とも重なるのか。真に迫った声に母親がはっと気付く。子供は助かった。けれど、この先は?
偶然助けに来てくれた人達にすべてを託すのか。それでいいのか。子供は、ハルはそれでよしとするのか。
「母親がいなくなって悲しまない子供はいないよ……っ、ましてや貴方みたいな子供を優先する良い人、見捨てられるわけないでしょ!」
更に重ねられる陽一の言葉。それが決定打となった。
――駄目だ。
諦めかけていた母親にもう一度力がこもる。駄目だ、ここで諦めては駄目だ。そもそも、助けに来てくれた人達に失礼だ。
その目に光が戻ったのを気付いた彩月が、ダメ押しとばかりに告げる。
「さぁ、辛気臭い顔はやめて助かる事を考えて! 俺達が無事にお子さんの元へ送り届けてあげるからね!」
力強く励ませば、母親は一度ぐっと口元を引き締め、そして口を開く。
「お願い、します……! 私を、助けてください!」
「勿論だ」
答えたのはヴィクトルだった。
ヴィクトルと咲良娑は部屋に入ってすぐ、ぐるりと視線を走らせ部屋の状況を確認した。
そこはひどい有様だった。
どういう衝撃がこのアパートを襲ったのか、そもそも全体的に斜めになっているし、家具は倒れたり変な位置にあったり、荷物という荷物は散らばっていた。
「なーんでこんな事になっちまったのやら」
自らを冷静に保つ為にぼやきつつも、捜索の手は止めない。
だからこそ、探していたものもすぐに見つける事が出来た。
手に取ったのはモップ。
タンスの下敷きになっている母親を助ける為に、梃の原理を用いようとタンスと母親の隙間に入れられそうな棒状のものを探していたのだ。
「せーの!」
モップが軋む。母親を庇いながら、タンス自体も持ち上げながら、母親が抜け出せるほどの空間をなんとか作る。一人や二人では無理だっただろう。これは人数がいなければ難しい作業だった。
「もう少し……!」
全員が力を込める。母親もなんとか這いずり出ようと腕に力を込める。そして。
「で、出られました!」
タンスの下から完全に脱出できた母親が喜びの声をあげる。
ホッとした空気が流れるものの、まだ安心するのは早い。
母親の怪我の具合と、アパート自体の崩壊。これらをクリアしなければ助かったとはいえない。
持ち上げていたタンスをそっと、衝撃を与えないよう静かに置く。静かに置いたにもかかわらず、建物が揺れたような気がした。崩壊が近いのかもしれない。
――急がなければ。
全員が同じ事を考える。ここから少しでも早く脱出しなければならない。けれど、焦ってはならない。焦ればきっと何かをミスして事態は悪くなる。
ヴィクトルと咲良娑は手早く窓までの動線上の荷物をどけていく。出来れば窓際にしっかりとした足場が欲しかったが、流石にそれは無理そうだった。それでも、怪我人を支えながら動くには充分な道が出来た。
「とりあえずファストヒーリングで応急手当しておいた方が良さそうかな?」
ヴィクトル達が道を作っている間、動くだけで苦痛に顔を歪める母親を見ていられなかった彩月は治療を開始する。スムーズに歩けなくとも、立ち上がれるように。痛みが少しでも引くように。
彩月と陽一が母親に肩を貸す。ほとんど二人で運んでいるような状態だ。申し訳無さそうな母親に、彩月と陽一が大丈夫だと励ましながら進む。焦らず、確実に、少しでも早く、窓へ。外へ。
●脱出
「お母さんはこっちへ!」
窓から手を差し伸べたのはリンとスピカだ。
リンのエスバイロに乗せている間、リンは仲間達にそっと現状を伝える。
――アパートが大分傾いてきている。嫌な音も聞こえ始めている。
外で待機し観察していたリンだからわかった事実。
崩壊は近い。けれどそれを母親には悟らせないように、ただ協力してひたすらに急ぐ。
ようやく乗り込めた母親に、転落防止のために上着で座席と簡単に固定する。
「よし、脱出します!」
まずは母親を乗せたリンのエスバイロが出発した。目的地は少し離れた地面。そこに子供が待っている。
その後、パームを降ろしたスライハンドのエスバイロと、子供とミモザを降ろしたノーラのエスバイロとで仲間達を運び出そうとしていく。
「急いで急いで!」
飛び乗りながら、皆が嫌な音を背後に聞く。ビキビキと、何か固いものに亀裂が入るような、そんな音が。
なんとか全員がエスバイロに乗り込んだ。そしてアパートから距離を離した、次の瞬間。
轟音と共に、アパートが崩れた。
埃を巻き上げながらすべてが瓦礫へと化していく。
「間一髪……!」
誰ともなしにそう呟き、全員無事に脱出できた事に安堵の息を吐いた。
●再会と再出発
「お母さん!」
「ハル!」
ミモザと共に地面で待っていた子供、ハルが駆け寄ってくる。
死や永遠の別れもあったかもしれない親子が、怪我をしているとはいえ、無事に会えた。助かった。
二人は泣きながらも笑顔で感謝する。何度も何度も感謝する。
「ああ、ほら……これぐらいしか持ってこれなくてごめんな」
そんな二人にヴィクトルが何かを差し出した。それは散らかった室内でモップを探したり、道を作るために片付けたりしていたヴィクトルだから見つけ出せたもの。
楽しそうに笑いあう、家族の写真。
なくなってしまったアパートは戻らない。色々な大切な物も思い出も、数えきれないほど壊れてなくなってしまった。
それでも、生きている。
二人は生きていて、そしてここまで生きてきた思い出の欠片を、
親子はそれを大切そうに胸に抱き、もう一度深く深く頭を下げた。
「ありがとう、ございました……!」
改めて母親の治療を行う。その後は少しでも安全だと思われる場所へと送ろうと決めた。今、この時に、絶対に安全な場所などないけれど、責めて少しでも安全な所へ。
「……僕のお母さんも、こうなったら僕のことを心配してくれたのかな、なんてね」
互いに強く抱きしめあっている親子を見つめながら、ノーラは淋しげに呟く。
小さな頃、自分は母親に泣きつけなかった、こうなれたらよかった、と思う。そうしたら、母とももっと違う関係があったのかもしれない、と。少女のような衣装を脱げない自分とは違う自分になっていたかもしれない、と。
ミモザはノーラをじっと見つめてから一度目を伏せ、そして肩を軽く叩いた。
「あら、泣き虫の男の子はもてないですよ」
敢えて明るくからかうように言えば、ノーラも一度目を丸くしてから苦笑する。
泣いても泣かなくても、ノーラ自身を思っている存在がここにいる。それが、伝わればいい。そう思っていた。
「こんな状況でも命が救われるのは、僕たちにとっても救いだよな」
ヴィクトルが呟いた言葉に咲良娑が真面目な顔で頷く。
今この瞬間にもブロントヴァイレスが、アビスメシア教団が誰かの命を屠っている。
助けきれない現実を前にして、それでも助けられた事実は支えになる。希望になる。
その輝きを胸に、皆、元々の目的地へと向かう。
次の戦いの地へ、救いの地へ、意識を切り替える為に、スライハンドは一つ息を吐く。
「さて……もう一働きといくっすかね」
その声は、力強かった。
依頼結果
依頼相談掲示板