プロローグ
軍事旅団レーヴァテイン内部。
普段であれば、活気が溢れていてもどこか穏やかな時間が流れるシティも、この緊急事態にあっては誰もが忙しなく動き回っていた。
「おっ、なんだこりゃ」
路地裏に人知れず存在する通風孔から顔を覗かせた男は、想像していたのとは全く違う雰囲気に思わず素っ頓狂な声を上げる。
表通りに出た男の目に飛び込んできたのは、壊れた家々、傷ついた人々、我が子の名を叫ぶ若い母親、血だらけの怪我人を抱えて走り回る男。
秩序に欠いたシティの光景。それはレーヴァテインで生まれ育ったこの男も初めて見る、だがこの男にとっては日常的な光景でもあった。
「何が起きてやがるんだ……? まぁいい、こりゃチャンスだぜ」
男は迷わず半壊して今にも崩れ落ちそうになっている家のドアに手をかける。予想通り鍵がかかっていないことを確かめると、枠が変形して開きにくくなっているそのドアを強引に蹴り開けた。
「おぉー……へへっ、こりゃいいぜ。取り放題じゃねぇか」
家人は恐らく、この緊急事態に着の身着のままで飛び出していったのだろう。家財道具はもちろん、食料や衣類は、貴金属まで置いたままにしてあった。
男は迷わず貴金属をポケットに入るだけ詰め込み、キッチンに置きっぱなしだったパンを手に取ると、その家を後にした。
「何が起こってんのかはしらねぇが、こんなチャンス滅多にねぇ。仲間にも知らせてやんねぇとな」
口元をいびつに歪めながら、男は路地裏へと姿を消した。
「貧民窟の男が?」
「はい! 見たんです! 壊れかけた家に入っていって、盗みを働いてるのを!」
避難所の入り口。警備に立っている警察官に、自分がさっき見た光景をヒステリックな表情で説明する若い女。
「こんな時に……!」
――シティの地下に広がる広大な空間。そこには市民権を持たない者達が住み着いていた。
そこは秩序の存在しない、暴力が支配する世界。自分の命を明日に繋ぐために他人の命を踏みにじる事を躊躇ってはいけない世界。
地上とをつながる場所は概ね閉鎖しているにも関わらず、時折どこからか住民が上がってきては悪さを働いていくのだ。
「もしこんな事になっていると知られたら……集団で押し寄せてくるかもしれない……!」
ただでさえ混沌とした状況になっているのに、下ブロックの連中まで闊歩しはじめたら、それこそ手に負えなくなってしまう。
「と、とにかく人手が……手が開いてる人を集めないと……!」
警官は青ざめた表情で、応援を呼ぶべく走り出した。
解説
このエピソードはグランドプロローグ「崩壊の始まり」の連動エピソードです。
イベントで起きた様々な大事件の陰で、隠された物語をエピソードにしています。
歴史の狭間、真実の隙間を埋める物語へ参加してみてください。
なお「崩壊の始まり」にて選んだ選択肢と関係ないお話でも参加可能です。
火事場泥棒を目論む貧民窟の住民が、仲間を引き連れて押し寄せようとしています。
彼らは戦闘力は大したことありませんが、狡猾で残忍です。
彼らはシティの住人のフリをして潜入しますが、薄汚れた衣服しか持っていないことが多く判別は容易です。
ゲームマスターより
「救護部隊」内のその他ネタです。
外で何が起こっているか理解していない貧民窟の住人が、救護に避難誘導でてんやわんやになっているシティに乗り込んできます。
基本的には撃退して侵入口を塞ぐ流れになりますが、多少略奪が行われるかもしれません。
最悪の場合でも貧民窟の住人は物を取るだけ取って戻っていきます。
【隠れた真実】内側に潜む敵 エピソード情報
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担当 |
鷹之爪 GM
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相談期間 |
6 日
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ジャンル |
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タイプ |
EX
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出発日 |
2017/7/2 0
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難易度 |
難しい
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報酬 |
ほんの少し
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公開日 |
2017/7/12 |
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警官の報告で貧民窟の住民がいると思われる場所に急行。貧民窟の住民を探索します。 現在の状態では他の旅団の難民もいると思うので誤認を避ける為、 汚れた服装、飢え、臭いなどシティの生活に馴染まない恰好をしていたら問い質す。 レーヴァテインの博愛塔塔頂部には何がある?とシティ住民ならまず知っている事を聞きます。 貧民窟の住民なら碌に教育を受けてない筈。答えは女帝の居城。 答えられないなら貧民窟の住民と見て降伏勧告、拒否するなら戦闘です。 目視されているのでスキルは使わず、前衛に仲間と連携し立ち持ってきた短剣で攻撃します。 非常時、しかもこちらの人数も少ないので余裕がありません。 殺す事は躊躇いませんが一人は必ず生かして捕える。 手荒に脅して侵入口である場所まで案内させます。 一つだけなら塞ぎますが複数あるなら警察に連絡し対処させます。 その後はまだ侵入しているかもしれない貧民窟の住民を探します。
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まゆき
( アリア )
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ケモモ | アイドル | 15 歳 | 女性
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参加者一覧
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まゆき
( アリア )
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ケモモ | アイドル | 15 歳 | 女性
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リザルト
レーヴァテインのシティ。
いつもは軍事旅団らしく質素ながらも不自由のない優雅な時間が流れているその一角も、その日はまるで天地をひっくり返したような騒ぎだった。
「おー、マジじゃねぇか。へっへ、何が起こってんだ?」
そんな光景を、路地裏から眺める集団がいた。皆一様にギラギラした目をしており、口元には歪な笑みをたたえている。
「さぁ、戦争でもおっぱじまったんじゃねぇのか?」
「ま、そうだとしても俺らにゃ関係ねぇ」
「よし、手分けしてパパっと取るもん取ったらズラかろうぜ」
十数人はいようというその集団はそのまま散り散りになって人混みに紛れる。
こうして騒ぎに乗じて盗みを働こうと下層から上ってきた集団は、いとも簡単にシティの混沌に溶け込んだのだった。
シティの大通り。道行く人々は皆、一様に暗い顔をして歩いていた。
足を引きずりながら歩く人、血の滲んだ包帯を頭に巻いた人、砂埃まみれになったボロボロの服を来た人。
つい先日まで人々が平穏な暮らしをしていたはずのその空間は、今はさながら紛争地域の最前線のようだった。
そんな人々を観察している二人組がいた。
色白でグラマーで高身長、大人の魅力を感じさせるヒューマンの『イーリス・ザクセン』と、小さい身長を補うかのように生えたウサギの耳が愛らしいケモモの少女、『まゆき』。
彼女たちは、貧民窟の住民がいると報告を受け、彼らに対処するために集まった探求者であった。
「酷いものね……」
イーリスは思わずつぶやく。
旅団によって特色はあるものの、シティの暮らしは不自由のない文明的なものだ。
レーヴァテイン出身ではない彼女にとっても、シティがこんな惨状になっているというのは目を覆いたくなる事だろう。
だが、いや、だからこそ彼女は目を凝らし、道行く人々一人ひとりを慎重に観察しているのだった。
平時ならばともかくこの非常事態、薄汚れた格好をしているというだけで判断するには、疑わしい人物などそこらじゅうに溢れていた。
汚い格好をしているからと言って貧民窟の住民と決めつける訳にはいかない。
ただでさえ住む家や家族など様々なものを失いながらも命からがら逃げ延びて来た人に、むやみやたらにお前は貧民窟の住民かなどと問えば更に深く傷つけてしまうことだろう。
「あっ、あの人」
イーリスとは違い、にっこりとスマイルを浮かべながらも、だが真剣に人々を観察していたまゆきが声を上げる。
汚れた格好をした人は何人も見てきたが、それでも一目でわかった。
まゆきが指差した二人組は明らかに、それまでの”疑わしい人物”とは一線を画していた。
この騒動で汚れたとは思えない、もう何年も汚れが染み付いて布の柄と一体化しているような服。何日も洗っていないであろう頭髪。そして何より周囲の人物と異なっている点は、目つきだった。
すべてを失って逃げ延びてきた人にはない、力強い眼光。どこか俯きがちな人々とは違い、ギョロっと睨みつけるような双眸で周囲をキョロキョロ見渡している。
「少し泳がせましょう」
間違いなく下層の人間だという確信はあったが、往来の真ん中で騒ぎを起こすのを避けるため、イーリスとまゆきは怪しい男二人を尾行することにした。
二人組の男は途中何事か会話を交わしながらシティを歩き回り、ある家の前で歩みを止めた。
窓を覗き込んで一通り中の様子を確認すると半壊したドアのノブに手をかける。枠が歪んでいて開かないが鍵は開いているということを確認すると、今度は肩をぶつけたり、今度は一歩引いてヒビの入った部分を蹴ったり、強引に開けようと試みていた。
周囲を気にする様子もない白昼堂々の行動。だが彼らのそんな行動を気にかける人はいない。皆自分のことで精一杯であったし、なにより着の身着のままで逃げ出した住人が家の様子を見に戻ってくるという光景はしばしば見られたからだ。
「ちょっとそこの二人」
ドアが蹴破られてしまう前に、イーリスとまゆきは二人に声をかける。まさか声をかけられるとは思っていなかったのか、二人組はぎょっとした様子で振り返った。
「強引にドアをこじ開けようとしてるようだけど……何をしているの?」
凄みを利かせ睨みつけるヒューマンと、その後ろでにこにこしているケモモの少女。何とも不思議な組み合わせの二人組に、男達は戸惑いの色を隠せないようだ。
「お、おいおい……俺達はただ、家に忘れ物をしただけで、やましいことはなぁんにも……っていうかアンタら何なんだ?」
「……ということは、レーヴァテインの市民ね。では一つ聞かせて」
男達の質問は無視し、イーリスは逆に質問をかぶせる。
「レーヴァテインの象徴である二本のタワー。その片方、博愛塔の塔頂部には何がある?」
イーリスが投げかけたのは、レーヴァテインの市民ならば誰もが当たり前に答えられる質問。勉強嫌いで座学の時に毎回船を漕いでいた人ですら知っているだろう。
「塔の……てっぺんに何があるかって? んなもん行ったこともないのに知ってるわけが――」
男が肩をすくめてとぼけた瞬間、イーリスの腰に下げられていた一対の短剣が空を切り、ギラギラと輝く刃は男の首元に添えられていた。
男の返答についてある程度の予想がついていたイーリスは、不意打ちに近い形で、男が反応するスキを与えなかった。
「貧民窟の住民ね」
「チィっ!」
正体を暴くイーリスの言葉に真っ先に反応したのは、首元にナイフを突きつけられた男の相棒、自由に動ける方の男だった。
おおきく舌打ちをすると地面を蹴り、イーリスの後ろでにこにこしていたまゆきに向かって突っ込む。
いかにも気の強そうなイーリスとは違って、小柄なまゆきであれば簡単に倒せると踏んだのだろう。
「えいっ!」
「がっ!」
だがそんな男の思惑は外れることとなる。まゆきは手にした武器で襲い掛かってきた男を迎撃したのだった。
その可愛らしい見た目の少女からまさか反撃を受けるとは思っていなかった男はもろに攻撃をくらい、一瞬で気を失った。
「ぐっ……わ、わかったよ、降参だ……確かに俺たちゃ下層から来た」
未だ首に刃先があたっている男は両手を上げて降参のポーズを取ったが、イーリスはむしろ短剣を握る手に力を込めた。
「お、オイオイ……抵抗する気はねぇよ、本当だ。それにまだ何もやってねぇだろ? 見つかっちまったからには大人しく帰るからよ……」
「侵入口はどこ?」
「う……」
それは男にとって、想定はしていたが一番されたくない質問であった。
特に今日は、彼の他にも大勢の仲間がシティに潜伏している。侵入口の場所を明らかにしてしまえば、仲間が一網打尽にされかない。
楽な仕事があると聞いて集まっただけの彼らにおおよそ帰属意識と呼べるものは皆無であったが、利害を共にしている仲間をないがしろにすれば自分も損をする事になると彼らは知っていた。
「ま、まぁ待てよネェちゃん、それを言っちゃお終いだろ?」
「答えないなら……命の保証はしない。代わりは探せばいる」
そう言ってイーリスはわずかに刃を滑らせる。良く研がれた短剣は皮膚をわずかに裂き、男は首元に熱い感覚が走るのを感じた。
「ままま待ってくれ……! わ、わかったよ、へへ、そう怖い顔すんなって、可愛い顔が台無しだぜ」
「案内して」
茶化す男の言葉を短く一周するイーリス。冗談が通用する相手ではないと判断した男は観念したようにため息をつく。
「はぁ……わかったよ、案内する。抵抗しねぇから、暴力はナシにしようぜ?」
完全に抵抗を諦めたようで、男の体から力が抜ける。イーリスはそれを察知すると、ゆっくりと男の首から短剣を離す。
それでも警戒心を緩めたわけではない。一瞬でもおかしな素振りを見せたらすぐにでも切りつけるつもりでいた。
「あの~、この人はどうします?」
まゆきは伸びている男をツンツン突きながら言う。気絶している男は簡単には目覚めそうにない。
「そうね、君、ついでにその男を運んで」
イーリスは短剣で男を指して命令する。
「はぁ? 何で俺が……」
「重い『荷物』を担いでいたら、簡単には逃げ出せないでしょう?」
「……信用ねぇなぁ」
「当然でしょう」
ナイフの切っ先を向けられても動じた様子を見せない男は、頭をボリボリと掻きむしりながら伸びている男に歩み寄る。
「ったく、何でコイツの尻拭いみたいなマネ……よっ……と」
男は手慣れた様子で伸びた男を抱え上げた。アニマを持たない彼らにとって、この程度の肉体労働は朝飯前である。
「わぁ、力持ちですね」
人懐っこく、常に笑顔を絶やさない愛くるしい少女の純粋な言葉に、男は思わず苦笑する。
「……大の男を一発KOさせた嬢ちゃんのほうがよっぽどだぜ……」
男はため息混じりにつぶやくと、未だ短剣を構えているイーリスに促される形でシティの通りを歩き始めた。
男に道案内をさせてシティを歩き回ること数分。
誰も何も喋らず無言で歩いていたが、沈黙を最初に破ったのはまゆきであった。
「ここ、さっきも通りましたよね?」
無邪気に言うまゆきの言葉を聞いてハッとしたイーリスは、腰の短剣を抜いて男の首にあてがう。
「……時間稼ぎのつもり?」
「ちょ、待った待った、すぐそれ出すのやめてくれよ。俺だって初めて通った道なんだから、来た道を戻らないと迷っちまうだろ?」
確かに、男の通ったルートはまるでアテもなく歩きまわっているような道のりであった。
貧民窟の住民がシティの地理に詳しいはずもない。何とも胡散臭い言い分ではあったが筋は通っていた。
「嘘を言っているなら容赦しない」
「嘘じゃねぇって! これでもなるべく近道してるんだぜ? ホントはもっと色々物色してたんだ。俺だって大荷物抱えて無駄に歩きたくねぇよ」
どれほど疑わしくても、イーリスには脅すことしかできない。イーリスは諦めたように刃を収める。
「なるべく急いで」
なんとも歯がゆい時間であったが、他に貧民窟の住民がいないか周囲を警戒しながら男についていくことしかできなかった。
「……んん? アイツらあんな目立って何やって……げっ」
道の隅をこそこそと歩いていた男の目に、往来の真ん中を男を抱えて堂々と歩く男の姿が飛び込んできた。
そしてその男を挟むように左右を歩いている、武装した女二人の姿も。
「アイツら、ヘマしやがったな……クソッ」
男はそうつぶやくと、唇を噛みながら、鋭い目つきで辺りを見渡しながら歩く女の視線から逃れるように建物の影に隠れた。
「……うん?」
やり過ごそうと物陰から見ていたその男は、あることに気づく。
「……そうか、アイツらやってくれるぜ」
男達が歩いている方向は、彼らが使用していた、この辺りに唯一ある侵入口とは真逆の方角だった。
時間稼ぎをしているのだと、男は察する。
「早いとこズラからねぇとな」
男は左右のポケットの中にあった戦利品をカバンの中にひとまとめにすると、路地裏へと消えた。
あっちに行ったりこっちに行ったり、たっぷり遠回りをしてようやく、男二人を連れたイーリスとまゆきは侵入口がある路地裏へと到着した。
「こんな所にあったんですねぇ」
路地裏の最深部、行き止まりになっている所に、大人が一人通れるぐらいの穴が空いていた。
普段は傍に置いてある木箱を上に置いて隠してあるのだろう、引き摺った後が地面に付いている。
「『エルザ』、警察に連絡。侵入口を見つけた」
「はい」
イーリスが呼びかけるとメイド服を身に纏ったアニマが姿を現し、恭しく頭を垂れる。
通報を受け、間もなくやってきた警官に男を引き渡し侵入口の場所を教えると、イーリスとまゆきは再びシティに潜伏している貧民窟の住民を探すことにした。
――それから日暮れまで、イーリスとまゆきはずっと目を光らせていたが、結局最初の二人組以外は見つけ出すことができなかった。
警察が侵入口を見張っていたが、結局彼ら以外のメンバーを捕らえることはできなかったという。
もう犯行を終えて下層に戻ってしまったか、あるいは侵入口を封鎖されまだシティに潜伏しているのか、それは誰にもわからない。
ただ確かな事は、捕まった二人以外の十数名は無事逃げおおせたということだけだ。
窃盗団の犯行こそ止めることは出来なかったが、未だ把握されていなかった侵入口を一つ塞ぐ事には成功した。
この混沌とした状況下でこれ以上の被害を増やさないための最低限の事はできたのだ。
それは今レーヴァテインに降り掛かっている災いに比べれば些末なことかもしれないが、復興に向けた小さな一歩でもあった。
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