プロローグ
吹いている。冷たい秋風が吹いている。
舞台は商業旅団ファヴニルの都市部郊外、さびれた街の片隅である。
「別れよう」
やや季節先取りのコートの襟を風になびかせ、男は彼女に背を向けた。
「あなた言ったじゃない! 奥さんと別れて結婚してくれるって言ったじゃない!」
彼女は男のコートにすがりつく。彼女のアニマも同じポーズを取っている。
けれども男は非情、腕で彼女を振り払った。だって体だけが目当てだったんだもん――という本音はさすがに言わず、
「悪いとは思ってる。だが息子のことを考えると、妻と別れるわけにはいかないんだ」
とかなんとか、おおよそこの世に結婚制度が生まれてから何億回と繰り返されてきたであろう言い訳を、ぜんぜん誠意の感じられない口調と表情で言い放つと、そそくさとその場を離れようとした。
けれど彼女のほうも必死だ。またもすがりつきながら叫ぶのである。
「約束したじゃない! 指切りしたじゃない!」
男は無視して、彼女をずるずる、引きずるようにして歩いて四つ辻を曲がろうとした。
「指切りげんまん、嘘ついたら……」
涙声の女とそのアニマ、ひたすら無視する男、そんな、ザ・愁嘆場ご一行が角をひょいと曲がったところで、
ハリセンボンが待っていた。
「は?」
男もさすがに足を止めた。女のほうも然り。アニマも。
ここは海中ではなくもちろん地上(正確には飛空艇上)だ。なのにそのハリセンボンは、ぷわんと空中に浮かんでいて、ぷくぷくと膨れつつあって、お目々がつぶらでまあ可愛いと言いたいところだが、サイズがコンテナひとつ分くらいあるので全然可愛くない!
そもそも体色がほぼ真っ黒ではないか! つまり、ヴァイレス感染しているということだ!
ぱーん! ハリセンボンは体中から針を発射! コートの男はたちまち針山状態となって絶命した! ギャー!
「指切りの『嘘ついたら針千本飲ます』ってそういう意味じゃないのにー!」
ついでに女のほうも同様の体になって絶命した! ヒーッ!
そしてもっと恐ろしいのはこの空中巨大ハリセンボンが、ふよふよと他に数尾、あたりを遊泳しているということであろうか。
◆◆◆
袖に手首の隠れる白衣、仙人みたいな白髪とヒゲ、「あんたそれどこで買ったんだよ!」と突っ込みたくなること請け合いのサイケデリックなデザインのネクタイ……ひょっとしてまだハロウィンが続いているのではと疑いたくなる姿の、その老人は科学者だそうだ。
「……えー、あー」
浪曲でもひねる気かという前振りののち、ドクター・リーウァイという名の奇妙な老人は言ったのである。
「緊急事態ですじゃ」
ここは作戦室だ。正確に言うならば、空挺連合都市国家連合『メデナ』所属の国際アビス対策機構『デレルバレル』主催の特別任務が行われる際ミーティングに使われる部屋……と、書いてみたが長いな!
なので単純化する! ここはアビス絡みの事件解決を目的とした作戦司令室で、君たちの目の前にいる珍妙な老人は、その司令官とでも考えてほしい!(頼りなさげな司令官だがそこは目をつぶるとして)
緊急事態!? と色めきだつ君たちを見て、リーウァイはちょっと気圧されたのかなぜか座って茶を口にした。
「……どこまで話したかのう」
まだ何も話してませんが、と誰かのアニマが冷静に言った。
「ほうじゃった! それで緊急事態が……! ええとどこまで……」
いやもうそれいいから。
とりとめのない老科学者の発言を以下にまとめる。
ファヴニルのシティ部からやや離れた周辺地域、かつて栄えたころもあったが現在は斜陽産業の吹きだまりみたいな古い街に、アビスのもたらした害毒が突然変異させた生物の一群が現れたという。
それが空飛ぶハリセンボンだ。出現ポイントは、エスバイロを飛ばせば数分で横断できる範囲内である。
「スピードはそんな早くないけん、補足するは容易じゃが、じゃっどん体中の針を一気に飛ばすちゅう厄介な攻撃ば持っちょる」
リーウァイは話に熱が入ると地域特定不明な訛り口調になるようである。
普通のハリセンボンというと威嚇するときだけぷっと膨れるものらしいが、このヴァイレスハリセンボンは常に怒っており、人間を見るとたちまち膨れて針を飛ばす攻撃を仕掛けてくるらしい。
確認されているハリセンボンは四匹、うち二匹は、女性の腕ほどの太さがあって鋭利、かつ追尾能力があると思われる針をどんどん飛ばしてくる。飛距離は数メートルに達する。さらに針は放射するたびに補充されるようで次々生えるようだ。まさに呪われた力だ。
また、残り二匹は種類が違うのか、やたらと短く細かい針を大量に飛ばすという。細かい針は威力・飛距離ともに前者より劣るものの、痺れたり軽い幻覚を見せたりする毒を有しているらしい。甘く見れば即バッドトリップだ!
なお、住民の退避は済んでいるので気にせず暴れてもらって構わない。古いビルや商店が並んでいるので建物の陰に隠れれば針は防げるのではないか。もちろんエスバイロの使用も自由だ。
もしかしたらどちらかハリセンボンがもう一、二尾いるかもしれない。
すべてを退治することが作戦の成功条件となる。
ハリセンボンに死角があれば有利になるかもしれない、と老科学者は言った。
「ちゅうても針は上方にも飛ぶけえ、エスバイロで上に逃げるのが得策とも言えんやろね。腹の下にも針は生えとるやろし」
針は常に立てているわけではなく、剣や銃弾の攻撃を察知すると、これをすべて寝かせて盾のようにする本能が敵にはあるようなのだ。とすれば狙うべきタイミングは、やつが針を放出しきった直後だろうか。それとも……?
まあいずれにせよ、ハリセンボンを飲まされるような目にだけは遭いたくないものだ! 健闘を祈る!
解説
浮遊ハリセンボンを退治しましょう!
舞台は寂れた街ですが、住民は退避しているので巻き添えになる心配はなさそうです。戦いに集中できることでしょう。
あまり高い建物はないものの、五階建て程度のビルなどは点在しております。
ハリセンボンを誘き出す方法があれば有利になるかもしれません。といっても大型の怪物なので、わざわざおびき寄せなくてもすぐ見つかりそうな気もしますが
連中の針は攻撃だけではなく、防御にも役立ちます。なかなかの硬度を持っているようなので、まともにガードされれば銃弾も跳ね返されてしまうかもしれませんね。
チームで協力してあたればきっと勝利を収められると思います!
さあ、どう闘いますか!?
ゲームマスターより
ここまで読んで下さりありがとうございました!
指切りげんまんの例の文句で、『針千本』の部分を『ハリセンボン』と真剣に信じていた桂木京介と申します。
ちょっと由来を調べてみたら、この指切りの言葉って、けっこう壮絶なお話が元になっていたり、地域によってバリエーションがあったりと、色々知ることができました。またひとつ賢くなったわい。(無駄知識が増えただけな気も)
絶対の攻略法を決めたりはしていませんので、参加メンバーらしい戦い方を推奨したいと思います。
余った文字数は格好いいセリフ、アニマとの掛け合いなんかで埋めてくれると嬉しいです。
それでは、次はリザルトノベルでお会いしましょう! 桂木京介でした!
嘘ついてもこれ飲むのだけは勘弁な! エピソード情報
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担当 |
桂木京介 GM
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相談期間 |
4 日
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ジャンル |
冒険
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タイプ |
ショート
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出発日 |
2017/11/17
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難易度 |
普通
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報酬 |
なし
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公開日 |
2017/11/27 |
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ふむ、1体ならばさほど脅威もなかろうが…2体以上に狙われては逃げ場がない。 確実に一体ずつ数を減らすべきだろうな。 敵の攻撃で手薄になる場所があるならば…正面。 目や口が存在する以上そこには針は存在しない。もっとも、追尾能力がある方には気休め程度の差ではあろうがね。 僕のエスバイロは頑丈さが売りだ。底面を向け、盾にすれば被害は抑えられるはずだ。 追尾能力は何を感知しているのかは気になるな。 チャフとフラッシュバンは余裕があれば試したいところだ。 特に視覚を重視しているのならばそもそも針の放出を止められるかもしれん。 人間を見ると針を飛ばす、という性質が言葉通りならばな。 いずれにせよ、油断なく対応せねば。
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事前:救急箱用意 ハリセンボン(以下”魚”)か…姿は可愛いけど、針は危険だよね 連携して魚退治 背後など、魚の視界に入らないように位置どり(エスパイロ使用) 針放出直後の針を失ったタイミングで攻撃を一気にたたき込む 魚の攻撃が一カ所に集中しないよう他の魚の位置にも注意。 わざと遠距離攻撃で離れた場所で爆破音をあげ、そちらへ注意をそらす 回避時は建物のかげの他、商店のひさし・細い道も利用 回避不可と判断した時は(他の人も含む)、パージボムで針を爆弾へ書換え放出前に爆破 (書き換え不可の時は直接針に攻撃し起動を逸らす) 攻撃後も針の追尾に注意 戦闘後は怪我人や毒の治療
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・目的 ハリセンボンを全部退治する以外にあるのか? ・動機 ふざけた見た目をしてくれているが、既にアイツは死人を出している。 ジョークを飛ばす余裕もねえって事だよ。 羽奈瀬の言う通り各個撃破が正しいだろうな。 人を視認したら針を飛ばしてくるなら、開けた場所で複数匹に遭遇した場合一方的にハチの巣にされる恐れがある。 ・行動 パーティーで纏まって行動するんだろ。 グラストシェイドがハリセンボンの気を引いてくれるってんなら、そりゃあ遠慮なく頼む。 敵に攻撃するタイミングだが、選り好みしてる間にこちらが攻撃され続けるのは問題がある。 イケるタイミングで雑に魔法で焼く。 針を立てて攻撃に使うってんなら、避雷針になって貰おうか!
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参加者一覧
リザルト
●一
針というよりむしろ槍。
破裂音を立て一斉に放たれた棘は、自動車のボディに易々と突き立った。
数が多いゆえこれにとどまらない。ある針はタイヤを貫通し、ある針は側面ガラスを粉々にしている。車体は当然針の山、それなりの高級車だったであろうに、一瞬にして廃車同然だ。マシンガンの一斉掃射を受けたにしたって、もう少し品のある状態を保てたのではないか。
「聞きしに勝る、というやつか」
髪と肩に乗ったガラス片をばらばらと払い落とすと、『メルフリート・グラストシェイド』は座ったまま片膝を立てた。
「油断していい相手ではないな。まあ、最初からそのつもりもないが」
黒塗りの車の陰にいたのは、それまでメルフリートだけだった。だがこの瞬間、もうひとり出現している。
(針千本を飲まされるのは嘘吐きと相場が決まっているものね)
彼女は言った。
(だからメルは、囮をするならばそれはそれは適役でしょう)
半透明の姿だ。おおよそこういった場所には、似つかわしくない可憐なシルエット、長い薄緑の髪と切れ長の瞳、とりわけ特徴的なのは頭に巻いたターバンである。彼女はアニマ、メルフリートのパートナー『クー・コール・ロビン』だ。
クーは皮肉気味に笑った。けれどメルフリートはにこりともしない。
針を受け落ちかけたドアミラーをもぎ取ると、メルフリートはこれを用い自動車のむこう、すなわち巨大魚類の来し方を観察していた。
土煙がもうもうと立っており視界良好とはお世辞にも言えず、ミラーには蜘蛛の巣のような亀裂が走っている。それでも、敵のおおまかな姿は視認できた。
ハリセンボンである。そう呼ぶしかない。
広告アドバルーンに似たユーモラスな楕円形、つぶらな瞳も愛らしい。ぷかぷか空中2メートルあたりを泳ぐ姿は絵本的ですらある。けれど貨物コンテナほども大きさがあり、加えてあの凶暴な攻撃力だ。メルフリートのまなざしは、敵に相対するときのそれであった。
「針の再生する間隔は約十秒……か。遅くはないが早いとも言えないな」
すでにハリセンボンは、新たな針を装填したものらしい。ふたたびトゲトゲに復している。
(相手の実力がだいたいわかったところで、次はどんな手を打つか、だけど)
クーは人差し指をピンと立てた。
(正面からいく? 目や口が存在する以上そこには針は存在しない、ってことじゃない?)
悪い考えじゃない、とメルフリートは言った。
「もっとも、追尾能力があるゆえ気休め程度の差ではあろうがね」
(じゃあどうするの?)
「気休めであろうと、ないよりはいいってことだ」
次の瞬間、メルフリートはエスバイロにまたがっていた。着地させていた機体はマクガイアM29、通称【バイコーン】、頑丈さで知られる名機である。ハンドルを一捻りするだけでたちまち、エンジンは骨に響くような唸りを上げた。
イルカのように飛び出す。メルフリートの髪が後方になびく。
ハリセンボンはメルフリートのマシンに気がついた。ぷしゅ、と空気が漏れるような音を吐くやいな、大量の針を空に飛ばす。四方八方に散った針だが、すぐに軌道修正して一斉に、エスバイロに切っ先を向けた。
しかし針は目的を果たせない。
バイクでいえばウィリーか、メルフリート機は仰け反った。まるで一枚の盾、底面をハリセンボンの顔面に向けたのである。風圧で勢いを削がれたためか、マクガイア社の誇る頑健さに偽りがなかたためか、針は目的を果たすことなく、その大半は底面にぶつかって弾かれ、残るものも目的を逸れた。
これを見て、
「フォア、センシブルはエンチャントだ」
すぐに『スターリー』が動いた。見上げる高さのビル屋根から急降下する。まるで影が動き出したかのよう。風に躍るは黒い髪、黒い眼帯に黒装束、物陰より飛び出す彼もまた、バイコーンタイプのエスバイロを駆る。
あいかわらずふざけた名前だ、と内心毒づくと、スターリーは【ぴかりん☆サンダー】を放射した。といっても『ぴかりん☆』の部分は口にしない。ついでに『サンダー』もだ。開いた手の五指ひとつひとつから、冷たく蒼い雷光がほとばしった。
(旋回します)
スターリーのアニマ『フォア』はごく短く告げ、機体を大きく斜めに傾けた。エスバイロは弧を描き、スターリーの外套がはためいた。メルフリートから外れた針は、スターリーをかすめることもなく虚空へ消えていく。
と同時に雷光がハリセンボンを包んだ。飛び散る火花。焦げたような匂い。なにより印象的なのは、青竹を叩きつけたような破裂音だった。
ぱたた、とハリセンボンはヒレで我が身を叩いた。攻撃をすべて避けられ怒っているようにも、戸惑っているようにも見えた。一時劇に針を失ったため、やけにつるりとした質感が目立った。
このとき魚類の背中を、真正面にとらえた者がいる。
愛機は【ブリスコラ】、バイコーン型よりさらに小さく簡素な機体だが、その分機動性に富みトリッキーな動きも可能である。
「ハリセンボンか……姿は可愛いけど、針は危険だよね」
胸のリボンが翻った。『羽奈瀬 リン』はこのとき、すでに端末【2000C】を構えていた。入力は完了、あとはリターンキーを押すだけの状態だ。
「けれどその針がないなら……攻略は可能!」
今よ、と声を上げたのはアニマの『スピカ』、もちろんリンは承知済みだ。一撃離脱の構え、くるっと回転しながら小型ミサイルを放った。
小さな破裂が続く。出し惜しみはしない。リンはリターンキーを叩く指を止めない。
後方から狙われるとは思ってもみなかったのだろう、ハリセンボンは泡のかわりに空気音を立てると、ぐるっと旋回しリンの姿を求めた。
しかしそれこそスターリーの望むところだ。
「提灯じみた姿で忙しいことだ。だがジョークとしても悪趣味だな」
スターリーは魔法のステッキ『ブルーアイズ』を振る。振るたびにコミカルな音が鳴るが、そこはあえて聞き流す。そうしてさらに放つのだ、蒼光りする雷光を。
ハリセンボンの目がX(エックス)に似た形になった。ヒレは蝶の翅のごとく、小刻みな震動を示す状態に陥る。どうやら麻痺したものらしい。ここにさらに、リンのミサイルが連続して着弾した。
「こうなっては、その巨体が命取りとなったな」
メルフリートはこの機を逃さない。バイコーンを一気に加速すると、ハリセンボンの体躯に短剣を突き立てたのである。
耳を聾すほどの破裂音が轟いた。
それまでびくともしなかったのが嘘のよう、ハリセンボンは文字通り四分五裂し消滅したのだった。
「やはり各個撃破が正解のようだな」
スターリーは機の高度を下げ、さっきまでハリセンボンがいた場所を観察した。
あれだけ膨れていたのに中身は空虚だったというのか、皮のようなものは残されているものの、肝心の中身らしきものはなかった。落ちたヴァイレスらしき染みも、感染相手がないためかじわじわと縮小していく。
「合流早々の遭遇戦となったので、他の方向に気を配っている暇がありませんでしたね……ともあれ、無事倒せてなによりです」
リンは機首を巡らせてメルフリート、スターリーに向き直った。するとスピカが、リンの両肩に手を置くようにして姿を見せた。
「順番が逆になっちゃったけど、今日はよろしくね! 連携が必要になりそうな作戦だし」
するとクー、ほぼ同時にフォアもオープンモードでそれぞれの主の横に現れたのである。
「改めてよろしく。うちらは主に囮役を担当するわ」
と言うクーは、鮮やかな緑色のドレスを着用している。ターバンに飾った極彩色の羽根飾りがいいアクセントとなっていた。
フォアはうなずいて話し始めた。
「こちらこそよろしくお願いします。ドクター・リーウァイの話では、敵はあと三体ということでしたね。この地点は調査区域のちょうど南端、ここから北、東、西のいずれを探るべきか、という話になりそうですが……」
「途中で遮って悪いが」
スターリーは片手を挙げ、軽くエスバイロを前に出した。
「そういうことは考えなくてもよさそうだ」
「ですね」
リンは唇を結んだ。
「探す手間が省けた……と、喜ぶべき状況ではなさそうだな」
メルフリートは髪をかきあげ、ぐんと乗機の高度を上げる。
正面からハリセンボンが来る。先ほどのものによく似た姿が。
そして左右からも一体ずつ来る。これは少し小ぶりで、針も短く細いタイプのものが。
いずれもさほど高速ではない。といっても、すでにこちらの存在には気がついている様子だ。
「敵が一体ならばさほど脅威もなかろうが、二体以上に狙われては逃げ場に窮するな」
メルフリートは腕組みしていた。だがクーは確信している。彼は絶望などしていていない、と。こう言って語弊がなければ――この状況を楽しんでいるようですらある。
「だとすれば、考えられる手はふたつだ」
スターリーが言った。
「いったん逃げて体制を整えるか。迎え撃つか」
「逃げながら迎え撃つってのはどうです?」
折衷案ですけどね、とリンは唇を緩める。
偶然だな、とスターリーは言った。
「俺もそう考えていたところだ」
●二
「まずは東方面を!」
スピカが指示を出す。彼女は短い時間ながら、地形をしっかり確認してここに及んでいた。建物の陰、商店や建物のひさし、さらには魚が通れない細い道を矢継早にナビゲートしてくれる。
この通信を受けながら、メルフリート機は右手のハリセンボンに肉薄するのである。ときに壁を擦り、ときに地面すれすれを飛び、屋根を越え急上昇して、最短距離を突き進む。
クーはすでにエスバイロにシンクロしていた。ために機は普段に倍する機動性を得ているものの、その一方で操縦者たるメルフリートへの負担も階乗増しとなっている。強い風、さらに遠心力と慣性が、彼の五体に大きな圧迫となった。
(次はほぼ直角に曲がるわよ。ますます荒っぽい動きになりそう。自分で操作しておいて振り落とされたりしないでちょうだいね。さすがにそれは格好がつかないもの)
「クー、僕のことなら心配いらない。承知の上だ」
(それは頼もしい。頑丈なパイロットで助かるわ)
「茶化すな。次の窓は突き破る」
(どうして? 曲がり角を抜ければ毒ハリセンボンの背後を取れるのに)
「考えたんだ」
(何を)
「後で説明する」
この言葉を言い終えるより早く、エスバイロは住宅の窓ガラスを突き破り民家室内に飛び込んでいた。
大きな音が立つ。ガラスが細片となり降り注ぐ。夕刻の陽差しを反射したガラスは、そのひとつひとつが水晶のようだ。
だがメルフリートは反対側の窓は割らず、ここで直角に曲がって家の側面を破り外に飛び出したのである。
(!?)
思わずクーは両目を覆った。
約一秒前にいた地点に、大量の針が飛び込んで室内を荒らした。
残った窓を粉微塵にして飛び込んできたのだ。すでに無人になっている室内に、である。
「彼の見立て通りだったな」
メルフリートは息をつく。
その頭上を飛び越え、リン機がハリセンボンの背を取った。針を放出して間もないから、当然その姿は裸に近い。
(どういうこと!?)
スピカは目を丸くしている。針が飛んだのはメルフリート機が視界から消えてからだ。明らかに見えていないにもかかわらず、なぜ敵は無人の室内を攻撃したのか。
「動き出す前にメルフリートさんが言ったんだ。『針の追尾能力が何を感知しているのか気になる』って。視力ってのは疑わしいよね。だってあんな飾り物みたいな目だし、あきらかに後方には届かないし。だから僕は『音』だって予想した。最初の一体があんな大きな音を立てて爆発したとき、残り三体がすぐに集まっただろう?」
このときリンが放った弾幕は、的確にハリセンボンの体に当たっていた。
「着実に麻痺を与えられるほどに、電圧を操作するのは楽ではないな」
ハリセンボンを挟撃する姿勢で、真正面にスターリー機が飛び出す。同時に放たれるまばゆい光は、雷光の副次的効果にほかならない。
「毒持ちハリセンボンであろうと、針がなければただの河豚(フグ)か」
雷撃がハリセンボンを包んだ。
「他の二体が到着する前に倒さねば」
メルフリートも攻撃に転じ、至近距離から一刀した。だがそれと同時に、ハリセンボンの体表には、新たな針がびっしりと浮き出していた。
毒持ちのほうが装填速度に優れているというわけか、メルフリートが察するもすでに遅い。
(メル!)
クーが声を上げた。
メルフリートの全身めがけ、細かな針が一斉に放たれた。
●三
肘が熱い。
針が突き立っている。最初のハリセンボンのものよりはずっと細いし短いが、それでも焼き串ほどはあった。咄嗟に防ごうとしたがこの一本だけはまともに浴びてしまったのである。
抜こうとこれを握ったとき、メルフリートは痛みとは違う、疼(うず)きのようなもの覚えていた。
(……捨てるのか)
そんな声が聞こえた。
(俺たちを捨てるのか。そうしてまた、下層ブロックを嘲笑う人間へと戻るのか――?)
誰だ。
誰の声だ。
メルフリートは思い出せない。
だがはっきりと言えるのは、彼はその声を知っているということだった。
「そんなつもりはない……だけど僕は……!」
「良かった。気がつきましたね」
メルフリートは目を開き、自分がリンに支えられるようにして、エスバイロ上で姿勢を保っていることに気がついた。クーも心配そうに、両手を胸の前で合わせてこちらを見ている。
リンは頷いて言った。
「毒が回っていたようです。応急手当ですが、なんとか取り除けたと思います」
「すまない……」
意識をはっきりさせるべくメルフリートは首を振り、思い出したようにこう続けた。
「そうだ、あの敵は」
「スターリーさんが引き離してくれました。もうかなり弱っているから、じき倒せると……」
リンが言い終えるより早く、空気が振動するほどの爆発音が彼らの場所に届いた。
「片付けた」
スターリーが戻ってくる。飛ぶ矢のように滑空し、空中で急ブレーキをかけた。
「グラストシェイド、一時的にだが囮役をやらせてもらった。あれだけの音だ。残る二尾はあっちに行くだろうよ」
(肝が冷えましたよ)
フォアはスターリーに首をすくめてみせる。
(危険な囮役をとっさに買って出てそれでも無傷だったのは、【み~らくるくる☆マジカル】の効果があったのかもしれませんね)
「……なるべく使いたくなかったけどな」
鼻白んだようにスターリーはフォアに返すのだ。
「なぜかって? ……受動的な奇跡を待っている間に、味方が穴あきチーズになっちまったらどうすんだ」
ところで、と発言したのはメルフリートだ。
「さっきの爆発音で二体を集めた。とすればこれからは、連中が一緒に行動する可能性がある。一体ずつ仕留めるという方針は難しくなるな」
紅の炎が躍った。実際の炎ではない。いうなれば情熱の火、スピカのもつ真っ赤な髪の色だ。
「そうとも限らないんじゃない?」
姿を見せたスピカは言った。
「そうだな」
すぐ悟ったものらしくスターリーが応じた。
「上手く行けばの話だが」
「だったら上手くやればいいってことね」
クーは落ち着いた口調で言ったのである。
「大丈夫、できると思うから」
●四
二尾目のハリセンボンが雷撃を浴び爆発した地点、正しくはその付近。
ふよふよと漂っていたハリセンボンは、何かに気がついて動きを止めた。このハリセンボンには細かな毒針が生えている。ほどなくもう一尾、大振りの針が生えた個体もこれに続いた。
エスバイロのエンジン音が聞こえてきたのだ。
それも、ローギアでアクセルを全開にしながら。
当然の帰結として、そのエンジン音は凄まじい。獰猛な肉食獣が、間近で吼えているような音色である。
エスバイロを運転しているのはメルフリートだ。肘には包帯を巻いていた。
「運が良かったな。毒持ちのほうが先行している」
そうね、と返してクーは言った。
(それにしても……音で相手を認識だなんて、ハリセンボンらしくないことね。私の場合はどうなのかしら)
メルフリートは何も返さない。それでもいいのだ。回答を求めての言葉ではないのだから。
(あなたの存在を感じていても、触れあっているわけでもない……不思議なものね)
「ああ」
ようやく彼は答えた。
「不思議だ」
言葉尻は濁す。だからこそ面白い、という意味なのか、それとも、だからこそ哀しい、なのか。
ふふ、とクーは笑った。
(よしておきましょうか。膨れた河豚を前にしてするような話でもない気がするから)
その言葉がやまぬうちに、無数の毒針がメルフリートを襲った。
メルフリートが機体底面で毒針を弾いたタイミングで、リンが側方から、スターリーが上方から、それぞれ毒ハリセンボンに急接近した。
「スピカ、針に気をつけて。姿を消してくれるほうがいい」
リンは操縦桿をしっかりと握る。
(どうして? 私には針は当たらないでしょう?)
体重をかけて体ごと機体を倒し、リンは毒ハリセンボンの真下をくぐり抜けた。いくら針を撃ち尽くした直後だといってもこれには緊張した。小さく息を吐き出す。
だが本当に厳しいのはここからだ、その気持ちを押し殺してリンはパートナーに告げるのである。
「どうして、って? ダメージがなくても、スピカに針が当たる姿を見るのは嫌だから」
(それ本気?)
「僕がスピカに嘘ついたことがある?」
もうっ、と顔を赤らめながらも、スピカはエスバイロにシンクロして姿を隠すのである。
「よし、変身は解けていない」
スターリーは自身がまとう黒衣の下をうかがい、確認してから毒ハリセンボンの真上にエスバイロを止める。まだ攻撃は放たない。そのタイミングではない。
しかしあと数呼吸するうちにその機は訪れるだろう。
チャンスは一回、それを失うわけにはいかない。責任は重大だ。
だが、だからこそ……やりがいがあるではないか。
毒ハリセンボンはやはり、みずからの鼻先で音を上げているメルフリートが気になるらしい。そちらを凝視したまま、例の毒針をまた生やし始めている。
一方でもう一匹の通常ハリセンボンも、そろそろ攻撃の射程距離に入ろうとしていた。
ふと、思いついたようにスターリーは言った。
「……フォアはこういうとき、祈ったりするか?」
「まさか。スターリー、あなたが一番嫌いなのはそういう神頼みでしょう?」
「違いない」
その瞬間が、到来した。
位置関係としては、すべての登場人物が一直線に並んでいると思ってもらいたい。
西の端がメルフリート、彼は毒ハリセンボンに機首を向けていた。
次が毒ハリセンボン、その真上にはスターリーが位置する。
その次はリンだ。リンはもう一尾、通常ハリセンボンと向かい合う姿勢だった。
そうして東の端が、リンを狙う通常ハリセンボンである。
毒ハリセンボンの針が装填された。それとほぼ同時に、通常ハリセンボンがリンに針を一斉放射した。
「今だ!」
リンはためらわず振り返り【パージボム】を発動したのである。
ターゲットは毒ハリセンボン、正確には、その身につけている毒針だ。
敵の身につけている物を爆弾に書き換え、爆発させる。これがパージボムの効果である。連鎖的に爆発させることで、手痛い攻撃を加えることができるとされる。
毒ハリセンボンの毒針はまるで弾帯だ。またたくまに連鎖爆発を起こした。
「よし!」
反射的にスターリーも動いていた。放つのは雷撃、【ぴかりん☆サンダー】という軟弱な表現は目をつぶってしまいたい。エンチャントで威力を増す、神の怒りの如き雷光だ。
雷撃と爆弾爆発が重なり、相乗効果のように巨大な音を生み出した。
音を目指し飛んできた通常ハリセンボンの針がすべて、毒ハリセンボンに向かったのは当然のなりゆきであったといえよう。
まさか味方の針で貫かれるとは思ってもみなかったのだろう。毒ハリセンボンは口を半開きにしたまま木っ端微塵となった。
「意地悪な言い方をさせてもらおうか。……共食いした機分はどうだ?」
再度スターリーはブルーアイズを振り上げた。
「作戦成功! こんなに上手く行くとは思わなかった!」
リンが戦列に加わる。
「たとえ残り一匹でも油断はしない!」
もちろんメルフリートもだ。
士気が最高潮に達した三人が、残る一尾を屠るのにさほどの時間は要しなかった。
●五
「どうやら残敵はないらしい。ドクターの情報は正しかったというわけか」
戦闘区域を一回りしつつ、スターリーはため息交じりに言った。
(どうしたんです? 不服そうですね)
エスバイロに同情しつつフォアが問うた。
「不服はない。だが実物と情報で生息数に差があったら追加の報酬をゴネようかと思っていたんでな……」
と言う彼を見て、やっぱり不服そうですね、とフォアはひそかに苦笑した。
メルフリートは回想する。あの声は一体、と。
夢で呼びかけてきた声、これをふたたび聞く日は来るだろうか。
来るに違いない、そうメルフリートは思っている。
クーには話しておくべきだろうか。
(ところで……さっきのリン様の発言だけど)
エスバイロを流すリンの真横に立ち、スピカは言いにくそうに言うのである。
「何? スピカに針が当たる姿を見るのは嫌だ、って言ったこと?」
(ええ……)
「嘘はつかないよ。だから僕は、針千本ももらう必要はない」
やはりリンにはまったく動じる様子がなかった。
(違うのっ! 嘘かどうかじゃなくて、あの状況ならリン様は、自分のことを気にかけるべきだった、って言いたいだけ!)
「なら、信用してもらえるまでスピカへの想いをとことん語ろうか?」
(どっ……)
かああっと顔に血が上った様子で、両手の拳をグーに結びスピカは声を上げたのだった。
(どさくさに紛れて変なこと言わない!)
依頼結果
作戦掲示板
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[1] ソラ・ソソラ 2017/11/10-00:00
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おはよう、こんにちは、こんばんはだよ! 挨拶や相談はここで、やってねー!
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[4] スターリー 2017/11/16-23:20
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今参加した。プレイングは…残り40分でどうにかするから安心しろ。 グラストシェイドが囮を受けてくれるならフグを俺が魔法で焼こう。
針が防御にも使えるからって雷まで防ぐ事はできない筈だ。
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[3] メルフリート・グラストシェイド 2017/11/15-19:07
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僕の名はメルフリート・グラストシェイド。よろしく頼む。
さて、そうだな… 分散してやられては仕方がないし、連携して事に当たるには賛同する。
隙があるとすれば針の放出後の他には 気づかれないうちに、といった手もあるだろうが確実性には欠けるだろう。
囮が必要ならば僕がやろう。 針千本を飲まされるのは嘘吐きと相場が決まっている。 無論、飲み込んでやるつもりもないが。
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[2] 羽奈瀬 リン 2017/11/14-20:45
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ハッカーの羽奈瀬リンとパートナーのスピカです。よろしくお願いします ……かわいい外見の割に面倒そうですね
最低でもハリセンボンは4匹いるんですよね 針は防御にも使われるのなら、言われている通り放出させた直後の攻撃が一番ダメージ与えられそうな気がします。 今のところ人数も少ないので連携して1体づつ退治した方がいいと思うのですがどうでしょうか?
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