羽奈瀬 カイの俺の嫁と! 最後の日常を!桂木京介 GM) 




リザルトノベル


 まだ信じられない。
 不安もある。
 本当に人は大地を捨てて、飛空挺という人工の土地の上で生きていくことができるのだろうか。
 しかし頭ばかり悩ませていても始まらない。すでに人類は、大空の世界に居を構える秒読み段階に入っているのだから。
 本格的に空の時代が開始となれば、飛空艇の動力炉停止は死を意味する。だから【羽奈瀬 カイ】のような技術者が負う責任は重大だ。立ち止まる暇などないのだ。
 ――と、いうことは重々、わかってはいるんだけどね。
 現在、カイはまさしく立ち止まっているのだった。巨大飛空艇、技術旅団ログロムの端に。本日も飛空艇は試験飛行の途上だ。
 彼の立つ位置は、やや先細りの長方形をしたこの旅団の先端部分にあたる。といっても巨大な船の話だ。幅14キロ程度はあるから、見渡したところであまり、出っ張った印象はないのだけれど。
 飛空艇は安定しつつあり、最近では荒天時でも揺れることは減っていた。それもあって最近はつい、空の上にいることを忘れそうになる。
 だがこの場所は別だ。なにせあと数メートルも行けば、ぽっかりと足元が消失するのだから。柵のたぐいは設けられていない。落ちればたちまち真っ逆さまだ。
 その緊張を思い出すため、カイはときおり、ここを訪れているのかもしれない。
 地に暮らし空に憧れる種がこれまでの人類だったとすれば、これからは空に暮らし地を恋しがる種へと、人類は転換を遂げることになるだろう。
 やがて空の暮らしが何十年、何百年を経る頃には、人類から地上の記憶は消え、大地を思い出すよすがも絶えるかもしれない。
 この場所に来るたびカイは、付近に一本だけ、つくねんと立つ桜の若木を撫でるようにしている。よく育てよ、元気に育てよ、そう呼びかけるかのように。
 若木の丈はまだカイの背より低い。しかし根を張るその姿は、ログロムの淵を示す旗のように堂々としている。いつか大きなしだれ桜となり、爛漫たる花を咲かせることだろう。
 この木は、大地から移植してきたものだ。
 木は何百年、あるいは千年の時を超え、春になるたび満開になるかもしれない。
 そうあってほしかった。
 かくなれば桜の花びらが、散っては空に降り注ぐだろうから。
 たとえ大地がなくなろうとも、散っていった人々の魂、あるいは途切れた夢……それらを慰めてくれるだろうから。
 雲が晴れてきたようだ。初春の陽光がまぶしい。
 いけない、と言うと屋敷に向けてカイは駆け出した。のんびりしすぎたかもしれない。
 屋敷は同じ敷地内にあるのだが、広い庭ゆえ走っても遠い。
 もどかしい。飛空技術を応用した小型移動機など作れないものか。

 ログロム上に新築した羽奈瀬邸、その集会室にたどりつく。
 集会室というのは名目で、事実上はコンピュータールームだ。『創造の碑』から得た技術で組み上げた情報端末が所狭しと並べられている。
 ――まだ来ていないらしい。
 内心、胸をなで下ろすと、カイは何食わぬ顔で端末を起動し作業の続きに入った。
 現在、コンピューターを利用して各旅団間のネットワークを構築する計画があるのだ。カイも技術者としてこれに参加している。
 行政協力であり謝金は出るものの決して高額ではない。にもかかわらずカイは献身的にこの仕事に打ち込んでいた。
 非常に重要な仕事だと考えているからだ。正確な情報が共有されなければ、人々の心に不安ばかり増えるのは必定だろう。
 とはいえその一方で、構築時に色々と仕掛けを仕込んでおけばネットワークが完成してからでも、ちょいちょい情報のおこぼれにあずかることができる、という下心もあるのだが。
 そんなことを考えていたら、
「カイ様、いらっしゃいますか?」
 声が聞こえた。【アリア】だ。紺色のメイド服で入ってくる。
 わざとらしくキーボードをカチャカチャ音を立てて叩きながらカイは返事した。
「いるよ。朝からずっと仕事中だ」
「外のお天気はいかがでした?」
「いい天気だったね。ようやく晴れてきて……」
 あっ、とカイは口を手で押さえた。
 しかしアリアは聞き逃さない。零下二十度くらいの声で言う。
「それは大変結構でございましたね。それでカイ様、作業は一体、どの程度おサボりに?」
「待ってくれ。休憩、ほんの少しの休憩だよ……」
 さすがに小一時間もいたとは言えなかった。
 もっと怒るかと思いきや、アリアはそれ以上追求せず、
「お茶が入りました」
 と、丸テーブルをひとつあけ、台車に積んだティーセットをそこに下ろしはじめたのだった。
 ありがとう、と席を移りながらも、カイは心配そうに言う。
「キミの身体も弱ってきてるんだ、無理はしなくていいんだが」
 アリアが、ついに台車を使うようになったからだ。以前のアリアなら、ティーセットを乗せた盆を自身で運んだことだろう。
 かなり機能停止が進んでいるに違いない。
 もう、気を抜けば歩く足取りもおぼつかないほどに。
「ご心配なく、横になるより貴方が仕事をしているか見張っているほうが落ち着きますから」
 木で鼻を括ったようなアリアの口調だが、それを聞いて少し、カイは頬を緩めている。
 憎まれ口を叩けるうちはまだ大丈夫だ。
「避難後、真面目に仕事に取り組んでいるのは結構ですが、ふとしたはずみで怠惰の虫が目を覚ますのは相変わらずのようで」
 香り高い茶を注ぎながらアリアは言う。
「わかってる。だから通勤に道草を食わないよう、こうして自宅での仕事に切り替えたんじゃないか」
 と言ってカイは、両手でティーカップを受け取った。
 嘘が下手ですね、とアリアは思う。
 カイが在宅で仕事をする方針に変えたのは、少しずつ状態が悪化している自分に負担がかからぬよう配慮したためだ――そのことにアリアは気づいていた。
 この集会室(作業場)こそ散らかっているものの、アリアが通る道は、歩行の妨げになるものがないよう、できるだけカイが注意していることも知っている。
 けれどアリアがそれを明かして、どうなるというのか。
 明日明後日とは言わないが、近いうちに己の肉体が動かなくなることをアリアは承知している。仮に魔石(リベラ―)への魂の固着なる研究が完成したとて、もうカイと触れあうことはかなわなくなるだろう。
 ならばその日の訪れまでは、普段通りの生活を送りたい。
 それがアリアの願いだ。
 カイも、そう願っているのだと信じている。
「どうかしたか?」
 おし黙ったアリアの様子に、カイは怪訝な顔をした。なんでもありません、とアリアは話題を変える。
「ところで、カイ様はネットワーク内に余計なものを付属されてるように見えます。そこのケーブルとケーブルの間に挟んでいる装置とか……それは『ハッカー』というものではないですか?」
 うへっ、思わずカイは声を出した。
「ハッカーだなんて、そんな新しい言葉どこで覚え……いや、まあなんだ、これも技術研究というやつだな。悪事に使うわけじゃない」
 苦しい言い逃れだとは思ったが、アリアはそれ以上追求するのは控えておいた。
 なんだかんだ言っても、カイが悪事に手を染める人ではないとわかっているからだ。
「話は変わりますが、先ほどは休憩と称してどこへ行っていたんですか?」
「ああ、ちょっと桜の様子を見てきた。今はまだだが、あと数年もすれば花も咲くだろう」
「桜……彼女が好きだった花ですね」
 アリアの言う『彼女』とは、今は亡き前当主のことを指す。
「そうだな」
 彼女の話題になるたび、カイは感傷的になる。
「バタバタだったからね、色々なものを地上に置いてきてしまった……墓参りもいけないし」
 桜の花びらを届けたい相手がいるとすれば、それはきっと、彼女だ。
「あの木が育ち大樹になれば、やがて私たちがいなくなっても、毎年地上に花を届けてくれるだろう」
 そうあってほしいものだ。
 いつの間にか空いていたカイのカップを引き寄せ、アリアは茶を注ぎ足した。
 カップソーサーを押し出す際に、告げる。
「カイ樣、申し上げておきます」
「どうした? 改まって」
「貴方にはひとつ、恩があります。私にはそれだけで充分です」
 口を挟もうとするカイを遮り、アリアはさらに言った。
「地上を離れようとも、いずれこの身体がなくなろうとも、私が貴方のそばを離れることはありません」
 押されたソーサーが、カイの指先に触れた。
「恩なんて売った覚えはないけどね」
 カイはカップを受け取る。
「離れない、か……そうだな、世界は色々と変わったけれど、キミの小言は変わらないな。それで充分か」
 そしてカイは茶を、ほとんど一息で空けたのである。
「分かってもらえれば結構です」
 アリアはティーセットを台車に戻した。
「では、お仕事の続きを」
 振り返らずに押し始める。
「はいはい、頑張って仕事をしようか」
 カイはそう言って、アリアの背を見送るのだった。



 羽奈瀬 カイ  ( アリア
 ヒューマン | メイド | 32 歳 | 男性 
スポット:8(自宅。ログロスのギリギリ端の位置にある)
※桜の芽が出ているのを知り、この場所を自宅にした

キミの身体も弱ってきてるんだ、無理はしなくていいんだが

『創造の碑』関連でコンピューターも使えるのだから
まずは各空挺のネットワークを構築に協力中
正確な情報を共有しないと、人々の心には不安ばかりが増えてしまうからね

(そのネットワーク構築時にこっそり仕掛けを入れておけば
個人的に色々と情報もらえるよね、という打算も)

ちょっと桜の様子を見てきた
今はまだだが、あと数年もすれば花も咲くだろう
バタバタだったからね、色々なものを地上に置いてきてしまった
……墓参りもいけないし
私たちがいなくなっても、毎年地上に花を届けてくれるだろう

恩なんて売った覚えはないけどね
そうだな…色々世界は変わったけれどキミはの小言は変わらないな。それで充分か

はいはい、頑張って仕事をしようか



依頼結果

大成功

MVP
 羽奈瀬 カイ
 ヒューマン / メイジ

 アリア
 

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