プロローグ
●レストラン「ファミユ」
ミルティアイ、栄光と挫折の空挺都市。
多くの者が夢を抱き、その多くが夢破れる光と影の街。
小さなレストラン「ファミユ」は、成功を収めた者達の大邸宅が立ち並ぶローズウッド通りの表通りから少し離れた場所にある。
ウチダ家が代々続けてきたレストランで、名だたるスターや富豪達が通い、店の裏にある庭では有名人達がガーデンパーティーをよく行っている。
「いらっしゃいませ!」
レストラン「ファミユ」に一歩踏み込むと、店主『ジュン・ウチダ』の妻『菜穂・ウチダ』と娘『エレーナ・ウチダ』の明るい声に迎えられる。
予約客で満席の店内は、快適な空間と美味しい料理に満たされた客の笑顔であふれかえっている。
食事を終えた有名俳優が、厨房で黙々と料理を作るジュンに声をかけた。
「マスター、おいしかった! ご馳走様!」
「ありがとうございます」
作業の手を一瞬止め、礼を言うジュンの姿からは、その人柄が伝わる。
●後継者
エレーナの仕事は、店を閉めてからも続く。
代々続いたこの「ファミユ」の味を守るため、エレーナは目下料理の修行中。しかし、そう簡単に客に出す料理を作らせてもらえる筈もなく、閉店後のキッチンの後始末と翌日の仕込みを手伝う合間にレシピを勉強する日々だ。
「いててて……」
ジュンが大きな鍋を持ち上げようとして動きを止めた。
「後は私でも出来るから、パパはもう休んでよ」
最近父の体調が良くない。
(悪い病気とかでないと良いんだけど)
そんな思いが顔に出てしまったのか、ジュンが笑った。
「そんな顔をするな。単なる腰痛だから。でも、ま、今日は先に上がらせてもらうかな」
「うん、そうして」
後は頼んだよ、ジュンはエレーナにそう言って隣接する自宅へと戻って行った。
●事件
エレーナが仕事を終えて自宅へ戻ると、ジュンと菜穂が数日後のパーティーについて相談中だった。
「エレーナお疲れ様。何か飲む?」
母はいつも優しい。
「あ、いいよ。自分でするから。それ『莉奈』のパーティーの?」
「そうよ、もう4歳ですって」
ジュンが紙を一枚エレーナに差し出した。
「なに? メニュー」
「うん、これでどうかな。若い人の意見も聞かなきゃな」
「そうね、主役は4歳だもの」
菜穂が楽しそうにエレーナが受け取ったメニューを覗き込んだ。
莉奈は、エレーナの幼馴染で人気女優の『ユリア』と、ユリアの夫で俳優の『ブルーノ』の一人娘だ。莉奈の誕生日は毎年ファミユの庭で関係者を招いてガーデンパーティーを開いている。
今年からは莉奈の友達も招待することになっており、なかなかな規模のパーティになりそうだ。
「子供向けのメニューは、明日店を開ける前に試作をつくってみるよ」
さて寝るか。
立ち上がった瞬間、ジュンの動きがピタっと止まった。
「パパ?」
「あなた?」
二人の問いかけに、ジュンが目線でしか答えられない。
「え? 何? どうしたの?」
菜穂がジュンに触れようとした瞬間、やっと声が出た。
「さ、触るな……」
声を出すだけで激痛が走る。
ジュンの様子にエレーナも菜穂も、息を殺して次の言葉を待った。
「こ、こしが……」
●莉奈
「ユリア、ファミユから動画メッセージが届いてるわ。今再生する?」
ユリアのアニマ『エマ』が、台本に没頭するユリアに話しかけた。ユリアの隣で莉奈も絵本を読んでいる。夫のブルーノは、撮影で自宅を離れており帰ってくるのは莉奈の誕生日の朝の予定だ。
「ええ、お願いするわ」
大人ばかりの中で育ったせいか、莉奈は母が台本を手にすると静かに一人遊びをするような子で、周りが心配する程手がかからなかった。
エマが動画を再生させると、神妙な面持ちの菜穂が現れた。
「あ、エレーナママだ!」
莉奈は優しい菜穂の事が大好きだ。
映像の菜穂が深々と頭を下げると、莉奈も真似して深々と頭を下げた。
「みなさま、いつもファミユをご利用いただきまして、ありがとうございます。小さな店のファミユがこのミルティアイでこうしてやっていけているのも、皆さまのおかげです。
さて、本日こうして突然ご挨拶をおおくりしたのは、暫くファミユを閉める事となったからでございます」
台本をめくっていたユリアの手が止まった。
(何かあったの?)
「実は店主が、ぎっくり腰を患ってしまいました。症状は良くなったのですが、暫く立ち仕事を控えたほうが良いようで、これ以上悪化させないためにも暫くお休みを頂くこととなりました。
再開の折には、またご挨拶申し上げますので、変わらずのご来店、お待ちしております」
再び、菜穂が深々と頭を下げると、莉奈もまた同じように頭を下げた。
「エレーナママ、何て?」
莉奈はキラキラと輝く瞳でユリアを見つめた。
「やだもん!」
パーティーをファミユで出来ないと知った莉奈が、部屋に籠城してから4時間が経過した。
ユリアから連絡を受け、駆け付けたエレーナの説得も無駄に終わった。
「ごめんね、折角来てくれたのに誰に似たんだか頑固で」
「こんなに楽しみにしてたのね……」
●決断
莉奈の進行中である籠城事件を聞いたジュンの一言で決まった。
「丁度いい機会かもしれない。パーティーをしよう。ただし料理を作るのはエレーナだ」
解説
莉奈のバースデーガーデンパーティのお手伝いをお願いします。
・お料理
お料理はエレーナが腕を振るいますが、お客様へ提供するのは初めてです。
腕に自信のある方のお手伝い、お料理があるとお客様も満足していただけるとか思います。
・子供達 20名出席
莉奈のお友達が沢山招待されます。
飽きさせずに、楽しませてください。
子供達に夢を!
・業界人 30名出席
大人の招待客も一流の業界人ばかりです。
ご自身も業界関係者にアピール出来る場にもなるかと思います。
最高のパフォーマンスを!
エレーナ、料理人としての第一歩です。
是非皆さまのお力で、パーティーを成功させていただければ、と思います。
ゲームマスターより
こにちは!
GM弥也(みや)です。
キラキラ夢の詰まった空挺都市ミルティアイ。
もう、妄想が膨らんで膨らんで。
有名人が集まるレストランでの活躍楽しみしています。
今後、エピソードで莉奈の成長を追っていく予定をしています。
莉奈の成長に影響しそうな素敵なパーティーにしましょう!
ガーデンパーティを成功させよう エピソード情報
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担当 |
弥也 GM
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相談期間 |
4 日
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ジャンル |
日常
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タイプ |
EX
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出発日 |
2017/10/18
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難易度 |
普通
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報酬 |
通常
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公開日 |
2017/10/28 |
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クロカ
( 雪月 )
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ヒューマン | マーセナリー | 23 歳 | 男性
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よーし、まぁ適当に頑張るとするかー。 オレは自分で食う用の飯しか作れないからな、基本的には給仕になるだろうか。 業界人? 気は乗らないが依頼人の顔は立ててやらないとアウトだろうけども……できるパフォーマンスと言えば軍属時代の給仕マナーと刀と銃つかった曲射とかくらいか。他は……まぁ、適当に身軽さを利用してなんとかするか。 とりあえず、賄いは期待していいんだよな!? 「お待たせ致しました、それでは心行くまでお楽しみください、来賓の皆さまァ!」
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目的 アイドルのダンスと歌を子供たちに披露 行動 近くの花屋さんに寄っていた時ジュンにお願いされてサプライズで登場 莉奈がぐずっているのを見て音楽をかけ静かに歌いながら莉奈の後ろから登場 驚愕している彼女に泣き止む用にカーネーションの花束をプレゼント(事前に買っていたもの) 笑顔になる彼女を抱き上げながら軽くステップを踏みながらくるっと回って微笑む 「お姫様、泣いてたら可愛い顔台無しっすよ?女の子は笑ってなくちゃ」 おでこにくっつけながら笑って頬を染める莉奈を降ろしたあと見事なダンスを披露して終了 その後、子供たちに囲まれ握手・サインをねだられ皆と目線を同じ高さにしながらこなす 最後に莉奈とツーショットを撮る
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ミクシィ
( ミヤビ )
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デモニック | マーセナリー | 20 歳 | 女性
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エレーナさんのお料理のお手伝いを致します。 折角の莉奈さんのバースデーパーティーですし、お誕生日ケーキは必須かしらね。 莉奈さんが好きそうなケーキと、エレーナさんが思いを込めたメッセージカード等を添えてみるのも如何かしら。 参加者の寄せ書きを集めた色紙なんかも用意できるといいかもしれませんので、そこは当日の受付時に募ってみましょう、と提案させて頂きますわね。 お料理に関しては、大体はエレーナさんにお任せする形で進行し、私は本当にお手伝いをするだけ、にしたいのですが。 但し、エレーナさんが苦手とする分野のお料理や、焦ってパニックになってしまった時などは、的確にサポートできるよう心掛けておきましょう。
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ユウラ
( リィナ )
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ケモモ | マーセナリー | 16 歳 | 女性
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参加者一覧
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クロカ
( 雪月 )
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ヒューマン | マーセナリー | 23 歳 | 男性
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ミクシィ
( ミヤビ )
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デモニック | マーセナリー | 20 歳 | 女性
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ユウラ
( リィナ )
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ケモモ | マーセナリー | 16 歳 | 女性
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リザルト
● 打合せ
空挺都市ミルティアイの人気レストラン「ファミユ」の扉には、ここ数日CLOSEが表示されたままだ。
栄光ばかりが取沙汰されるミルティアイで、老舗とはいえ家族経営の小さなレストラン「ファミユ」も栄光の影に飲み込まれたのかと憶測する者もいた。
事実、ローズウッド通り周辺では新しくOPENする店、消えてい行く店が入り乱れており、その中には老舗を呼ばれる店も多々見られたのだ。
しかし、日が暮れた先程からファミユの窓から明かりが漏れ、一台、また一台とエスバイロがファミユの駐車スペースへと吸い込まれてく。
エスバイロが到着する都度、ファミユの店主ジュンの一人娘エレーナが笑顔で迎え入れている。
そんな様子を見て、
「ファミユはとうとう売りに出されたのかもしれないな」
「内装工事でもするの?」
「結局予約できないままだったなぁ」
人々は口々に好き勝手言い、中には最後とばかりに記念撮影を始める者まででる始末だ。
「今日は、忙しいところ集まっていただいてありがとうございます」
エレーナがそう言うと、集まった探究者の顔をしっかりと見た。
集まったのは3人。
赤い両目に黒い髪、細身の身体に着崩した軍服に黒いコートを纏い、軍帽を被り刀を腰に差した『クロカ』、グラマラスな身体に纏ったゴシックドレス姿が目を惹く『ミクシィ』、白い肌が青い髪と緑眼を際立たせている『ユウラ』である。
キッチンからは、美味しそうな匂いが漂ってきている。
「間もなくパーティーの主催者が参りますが、それまでお食事を用意しましたのでご賞味下さい」
クロカの赤い目が鋭く光った。
「あの、父の料理ではなく、私の……なのですが。まだ修行中なので……。何かご意見なんかも伺えたら……」
エレーナが、もじもじと言ったがクロカの視線は、菜穂が運んできた料理に釘付けである。
「あら! お手伝いいたしますわ」
ミクシィが自ら用意した割烹着をゴシックドレスの上に纏い、てきぱきと料理を運んでしまった。
透き通ったスープに、ファミユ名物ステーキとふわふわのパン、薫り高い紅茶にクッキー。
皆が顔をほころばせて食べている姿に、エレーナは安堵の表情を見せた。
「なんだか、表は人が大勢居たから裏から入って貰ったよ」
ジュンが、キッチンの勝手口からユリアを伴って入って来た。
エレーナが手招きをすると、ユリアは慌ててキッチンを通り抜け、ホールに姿を現した。
「この度は無理なお願いを聞いていただいて、ありがとうございます。素敵なバースデーパーティーを娘にプレゼントしたいと思っております。どうぞ、よろしくお願いいたします」
ユリアはまさに女優と言うべき笑顔で微笑んだ。
クロカが給仕と来賓接待、子供達の相手を申出た。
「助かります! もう、子供達ときたらひとところにじっと何てしてないんですもの!」
ユリアがクロカの手を取って感謝した。
受付・料理の手伝いを買って出たのはミクシィだ。
「パーティーに参加されるかたから、寄せ書きを頂くと言うのはどうかしら」
「素敵!」
ミクシィからの提案に、今度はエレーナが手をたたいて喜んだ。
「じゃぁ、接待と給仕は俺とユウラの二人か。テーブルは何卓の予定だ?」
「私も手が空き次第お手伝いしますわ」
ミクシィも名乗りをあげた。
ユリアがテーブルの配席表を広げた。
「うん、これなら何とかなるな」
「そうですわね」
打合せは順調に進んだ。
● 花屋
せめてこの程度は。
ファミユ店内で賑やかにパーティーの打合せが行われている最中、店主ジュンはそっと店を後にした。
このパーティーはエレーナの後継者としてのテストでもある。
料理に関しては一切の手出しをしない事を条件にしたのだ。
とは言え……、
誕生のその日から、お祝いをファミユで行ってきた莉奈のバースデーパーティーなのだ。
何もかも、知らぬ存ぜぬと言うわけにも行かない。
毎年特性ケーキをプレゼンとしていたが、今回はケーキもエレーナに任せたのだ。
じゃぁ……。
ジュンの足が向いたのは、同じ通りにある花屋だった。
ミルティアイで一番輝かしいローズウッド通りにある花屋。
「凄い種類の花っすね!」
『ヘンザ・テイル』が立ち寄っていた。
流石アイドル、花屋に立つだけで、売り物の花がヘンザを彩っているかのように見える。
いや、ジュンにはそう見えた。
「あ、あの、もしかしてヘンザさん?」
「はい、そうっすよ」
顔が差してしまうため、こうして声を掛けられる事も多い。
ジュンも、ローズウッドで長くレストランをしていれば有名人を見かけることなど、日常なのだ。
しかい、今日、いま、このタイミング。
「あの、私近くの小さなレストランをしているのですが、女優さんの娘さんのバースデーパーティをするんです。もし、もし、よければ、なのですが、サプライズゲストとして出席していただけませんでしょうか」
ジュンの突然の申出に、ヘンザも驚きはしたが、そこはアイドルである。
「スケジュールさえあえば、いいっすよ。いつですか?」
ヘンザが、そう答えると同時にヘンザのアニマ『ルーフェ』が、スケジュールを確認し始めた。
● キッチンにて
ファミユのキッチンでは、エレーナと割烹着姿のミクシィが料理の打合せを始めた。
「折角の莉奈さんのバースデーパーティーですし、お誕生日ケーキは必須かしらね」
「そうですね、ついつい大人が好みそうなケーキを選びがちですけど、デザートのケーキとは別に莉奈好みのお誕生日ケーキを用意しましょう! ケーキ入刀も!」
「ケーキ入刀は、結婚式の披露宴だよね」
ミクシィのアニマ『ミヤビ』がクスクスと笑った。
「そうですわね。ケーキ入刀は結婚披露宴ですわね」
「あ! そうですよね!」
エレーナは、慌ててノートに書きかけたケーキ入刀の文字を塗りつぶした。
「莉奈さんが好きそうなケーキと、エレーナさんが思いを込めたメッセージカード等を添えてみるのも如何かしら」
エレーナが手をたたいた。
「それ! 莉奈も字が読めるようになってきましたし、絶対に喜びます!」
● さぁパーティーを始めましょう!
受付時間になると、ファミユには続々と招待客はやって来た。
ユリアのスタッフが受付業務をしているその隣で、ゴシックドレス姿のミクシィが莉奈への寄せ書きをお願いしていた。
皆、快く応じる。
莉奈の誕生日当日は天気にも恵まれた。
「莉奈ちゃん、お誕生日おめでとう。お母さんを凌ぐ美人女優になるんだよ。その時は是非ともメガホンを握らせくれ。かんとくたんより」
「りなちゃん、おたんじようびおめでとう」
「お誕生日おめでとう、ママとパパの言う事を聞いて、素敵な女性になってください」
「りなちゃん、またあそぼうね」
など。
誕生日とは何の関係もない、覚えたてのたどたどしい字でかかれた子供の寄せ書きに、ついついミクシィの頬が緩んでいる。
しかし、次々と人が入っていくファミユの様子にパパラッチ達が気付いてしまった。
最初は遠目から様子を伺っていたパパラッチが、映画監督、俳優、女優等有名人が現れると、無遠慮にカメラとマイクを向け始めた。
「今日は何の集まりなんです?」
「去年の浮気騒動は、もう奥様に許していただいたんですか?」
「例の彼女との結婚話は進んでるんですか?」
受付には招待されている小さな子供もやってきているのに、気にする素振りもなく我先にとカメラをマイクを向け続ける。
「ちょっとよろしいかしら」
ミクシィがパパラッチ達の前に立ちはだかった。
「なんだよ」
「じゃまだよ」
「どけ!」
パパラッチの一人が、ミクシィを押しのけようとした瞬間、そのパパラッチは後方へと突き飛ばされていた。
「また、考えるより先に手が……」
ミクシィのアニマ『ミヤビ』が絶句した。
「あら、私は何もしていませんわ。そちらが私を押しのけたくせに転んだだけですわよね?」
パパラッチは愕然としたまま、首を縦に振った。
パーティー会場の庭では、クロカとユウラが会場での案内を行っていた。
ガーデンパーティーとは言え、ファミユはレストラン。
立食ではなく、きちんとテーブルがセットされている。
飾り付けられた庭で、子供達はおおはしゃぎで走り回り、大人たちは少しアルコールの入ったウェルカムドリンクで饒舌に話している。
受付にいたミクシィが庭に来て、クロカに受付完了の合図を送る。
「お待たせ致しました」
クロカの一声に、子供は足を止め、大人は口を閉じた。
「それでは心行くまでお楽しみください、来賓の皆さまァ!」
どこからともなく音楽が流れ始め(ユリアのアニマのエマの選曲である)、来客も一斉に音楽に負けじと騒ぎ始めた。
(ま、こんなもんか……)
クロカは割烹着姿のミクシィが料理の手伝いにキッチンへと向かう姿を目で追いながら、来客から離れた木の影へとつい身を隠した。
「ここでなにしてるの?」
一体どこから見ていたのか、子供が一人、また一人と隠れているクロカと一緒に隠れようと集まって来た。
「あ、ライヒンノオキャクサマ!の人だ!」
「ほんとだ!オキャクサマだ!」
何が気に入ったのか、クロカの真似をして子供たちが集まり始めてしまった。
「おーい、お替り」
自称かんとくたんが声をあげた瞬間、クロカが軽い身のこなしで子供達から離れ、中年男の開いたグラスを受け取り、新しいドリンクを手渡した。
「おおおおおお!」
子供達が感嘆の拍手をクロカに送り、中にはクロカの動きを真似る子供までいて、周囲を和ませた。
喧噪をかき消すように音楽の音量が大きくなった瞬間、ユリアとブルーノに手を引かれ、お姫様の様なドレス姿の莉奈が現れ、庭の中央に設置されたステージへと歩み出た。
ブルーノは他の空挺都市で撮影をしていたが、この日この一瞬の娘の為に、ミルティアイに戻ってきていた。
「本日は娘莉奈4歳のバースデーパーティーにこれだけの……」
いくら主人公が4歳の少女とは言え、パーティーと言えば退屈な挨拶が付き物。
大人ですら聞いているふりをし、適度に相槌的に微笑み頭を振り拍手をし、実のところ頭の中では別の事を考えているものだ。
となれば、子供はじっとしているわけもなく……。
最初は親の腕をつんつんとつついて
「ねぇ、お腹空いた」
「まだ?」
小声で言う程度だったが、挨拶がユリアに代わる頃には、一人が親の目を盗み椅子から降りてしまうと、もう手が付けられない。
主役の莉奈ですら、楽し気に庭を走り回り友達の姿に、うずうずし始める始末だ。
「こら、じっとしとけ」
危うくテーブルに激突し、テーブルに置かれたドリンクを庭にぶちまけかけた男の子を、すんでのところで抱き留めたクロカが耳元でささやくと、男の子が思いのほかしょぼくれてしまった。
「騒いだとこで飯は逃げねーから安心して待ってろ? いや、むしろ逆に騒いだら飯が遠くなるかもな」
クロカが赤い目でニヤリと笑いかけると、男の子は身体をぎくしゃくと動かし親元へと戻って行った。
子犬の様に好きに動き回る子供達とクロカが格闘しているまさにその時、ファミユ店内のキッチンではエレーナが料理の仕上げにかかっていた。
割烹着姿のミクシィは、まさに痒い所に手が届くとはこのことと言わんばかりの働きで、エレーナの料理を手助けていた。
長々と続く大人の挨拶に飽き飽きした子供達の我慢も、そろそろ限界だろう。
あと一人、来賓の挨拶が終われば華やかに料理、そして莉奈へのバースデーケーキが登場と相成るのだ。
「ミ、ミクシィさん、どうしよう。このケーキ、重くて運べない!!!!」
店にあった一番大きな方でスポンジを焼き、大量のクリームと莉奈の大好きなフルーツで飾り付けたケーキは、いざ持ち上げようとすると皿の重さも加わり、エレーナの力では持ち上げるのがやっとになってしまった。
庭まで運べなければ意味がなくなってしまう。
ミクシィは、その大きなケーキを片手で軽々と受け取った。
ケーキにはエレーナが手書きをしたメッセージカードが添えてある。
「ほら、大丈夫ですわ。私が運びますから」
「乾杯のお飲み物でございます」
来賓挨拶最後の一人の話が終盤に差し掛かったとみるや、クロカとユウラはウェルカムドリンクを片付け、乾杯のドリンクを配り始めた。
子供達には、割れない素材でできたカップだ。
「乾杯って言ったら飲んでいいぞ」
クロカにそう言われた子供達は、何か指令を受けたような気分になったのか、カップを握りしめひたすらにその合言葉が放たれるのを待った。
「では、莉奈ちゃん、改めてお誕生日おめでとう! カンパイ!」
いまだ!
その言葉を待て居たのは、子供達だけではない。
「前菜でございます」
いつの間にかキッチンへ向かったクロカがミクシィと共に料理を持って現れた。
本格的にパーティーが始まった。
こぼしたり落としたり、走り出したり、ひっきりなしの子供の相手をしながら、少々酔いの回り始めた来賓への気遣いも忘れないクロカの姿は、軍属時代に叩きこまれる厳しいマナー教育の賜物である。
キッチンの手伝いの合間に、庭に出てきてクロカやユウラと同じように働くゴシックドレス姿のミクシィは非常に美しく、ついつい男性来賓の目線を釘付けにさせた。
少々酔いが回り過ぎた客が、同伴している妻の目を盗んでミクシィの身体に手を伸ばそうとした。
「あら」
その手は軽く優雅に軽く偶然本当に偶然触れただけなのに、客は椅子もろとも後ろへとひっくり返った。
「まぁお客様、どうされました? お怪我はありませんか?」
ミクシィにそう声を掛けられた男は、ひっくり返ったまま、コクコクと頷く。
「あら、いやだわ。あなた飲み過ぎよ」
男は、ミクシィに助け起こされ、妻に睨まれ大人しくなった。
しかし、椅子からひっくり返った姿が面白かったのか、子供たちが真似て椅子から転がり落ちる遊びを発見してしまった。
きゃーきゃーとはしゃぐ子供達を、軽々と抱き上げ椅子に座らせると言う想定外の仕事がミクシィに降りかかった。
「ど、どうしよう、ミクシィさん。最後のお料理のお皿が一枚足りないの!!!!」
いつも、皿を管理している母菜穂は庭でパーティーを楽しんでいる。予備の皿がどこにあるか、いつもなら思い出せるのに、パニックになっているエレーナには思い出せない。
もう、並べた皿に料理を盛り付けるだけなのに……。
「そんな筈は、ありませんわ。きちんと二人で数えましたでしょ?」
そう言って、エレーナが広げた皿を再度数えなおすと、数通りある。
「ほら、数通りありますわ。とにかく、落ち着いてお料理を盛り付けてください」
「そ、そうね……」
最後の一枚を盛り付けたところで、エレーナがへなへなとキッチンで座り込んでしまった。
「本当に、ちゃんとあった……」
ミクシィは、優雅に微笑んでキッチンから料理を運び出した。
● ケーキ
エレーナはいつの間に、こんなに美味しい料理が作れるようになっていたのだろう。
ウチダの味は、しっかりと受け継いでいる。
最初は強張っていたジュンと菜穂の表情も、一口、また一口を料理を運ぶうちに笑顔へと変わり、パーティーを心から楽しんでいた。
急ごしらえのメンバーではあったが、手伝ってくれている人たちも一流じゃないか。
ジュンは、菜穂にそう耳打ちした。
最後の料理は、ファミユの看板料理の牛肉のステーキだ。
肉の選別、焼き加減、ソース、全てが上手く行かないとファミユの味にはならない。
ジュンには見ただけで分かった。
満点とはまではいかないが、十分に合格点だ。
最後のデザートは小さめに作った。
なぜなら……。
「お本日のお料理を担当しましたエレーナから、莉奈様へのプレゼントですわ」
ミクシィが軽々と持って現れた大きなケーキに、皆がどよめいた。
「すごーい!」
目の前に置かれた大きなケーキに莉奈も大喜びだ。
「りな、よめるよ!」
ケーキに添えられたカードを嬉しそうに手に取り
「りな、4さいの、おたんじょうび、おめでとう、ってかいてる」
読める事が嬉しいのか、何度も何度も読みかえしている。
ミクシィの後ろから、おずおずとエレーナが現れた。
「エレーナ! ありがとう!」
莉奈がエレーナに抱き着いた。
子供達も、見た事の無いほど大きなケーキに目を輝かせいる。
「さ、莉奈が最初に食べるのよ」
エレーナがそう言うと、ミクシィが莉奈にフォークを手渡した。
事前に打ち合わせた通りだ。
「良いの?」
莉奈は目を輝かせ、どこから食べようかと迷う可愛らしい姿に大人からは笑いが起きたが、子供達は憧れの眼差しで見つめていた。
そこにいた誰もが、莉奈がケーキにフォークを突き立てるのを見守った。
「ここ!」
スポンジとクリームとフルーツのバランスの良い場所を、莉奈が上手にフォークで切り出し、その小さな口いっぱいに頬張ると、拍手と笑いが沸き起こった。
「素敵なパーティーですわね」
ミクシィの言葉に、エレーナもユリアも目を赤くした。
大きなケーキは、莉奈も手伝い皆に切り分けられた。
子供達は手や口の周りをクリームだらけにして、満面の笑みを見せている。
が、一人ふと暗い表情を見せたのはブルーノだった。
「そろそろ、撮影に戻らないと……」
「今日は戻らなくて良かったんじゃないの?」
ユリアも不満そうだが、この業界、撮影スケジュールが変更になるのは日常茶飯事だと言う事をよく知っていた。
「莉奈には気付かれないように行くよ」
「やだ!」
莉奈が後ろで聞いてしまっていた。
● 立て籠もり
「パパきらい!」
莉奈は、小さな体で力いっぱいブルーノの身体を押した。
思わずよろめいたブルーノは、テーブルに身体を打ち付けた。
「莉奈!」
突然の出来事に、ついユリアが声を荒げた。
「もうっ!」
自分のした事に感情のコントロールが出来なくなった莉奈が地団駄を踏み、ファミユ店内に向かって突然走り出した。
「ちょっと、莉奈!」
ユリアとブルーノそしてエレーナが莉奈の後を追ったが、莉奈はあっと言うまにキッチンに駆け込み、そこから頑として動こうとしない。
「莉奈、ほら主役がいないとパーティーにならないだろ」
ブルーノが莉奈を抱き上げようと両手を差し出すも、いつもなら飛び込んでくるのに、今は頑なに首を横に振るばかりだ。
「パパといっしょに、おうちにかえるの」
の一点張りだ。
「ここは私がなんとかするから、あなたはもう行かないと」
ユリアの言葉にブルーノは、後ろ髪を引かれる思いでファミユを後にした。
莉奈の行動に、すっかり白けてしまった子供達に
「私の方からとっておきのサービスを」
と、クロカが刀と銃をつかった曲射を披露した。
「すごい!」
特に男の子は大喜び。
ユウラも音楽にあわせて、女の子達と踊り始めた。
大人もすっかり酔いがまわり、再び賑やかなパーティー会場となった。
「ミクシィしゃん!」
突然椅子から転げ落ちる遊びを思い出した数人の子供達は、ミクシィにひょいひょいと持ち上げられるのが楽しいのか何度も転げ落ちはじめた。
ヘンザは予定通り、前の仕事を終え、カーネーションの花束を抱えてファミユに駆け付けた。
キッチンの勝手口の鍵はジュンから預かっている。
通りかかったファミユの正面入り口は、パパラッチと野次馬が集まっていた。
「勝手口の鍵、預かっていて良かったね」
ルーフェがパパラッチの数を数えながら言った。
勝手口からこっそりとファミユの庭へ、華々しい登場!
の筈だったのだが、勝手口越しに聞こえてくる駄々をこねる莉奈の声と、説得に失敗し続ける大人の声。
「ルーフェ、ジュンさんに状況確認」
1分もかからず、ジュンから状況が伝わった。
「なるほどね。分かった」
ヘンザは勝手口をそっと開けて、莉奈に気付かれないように背後へと回った。
それを合図にルーフェが音楽を流すと、ヘンザが静かに歌いだした。
「え?」
驚愕している莉奈にカーネーションを差し出すと、莉奈が笑顔になった。
「ヘンザだ!」
「お姫様、泣いてたら可愛い顔台無しっすよ? 女の子は笑ってなくちゃ」
ヘンザは莉奈を抱き上げて、軽くステップを踏みながら、あっと言う間に庭のステージまで出て来た。
●笑顔笑顔笑顔
莉奈を抱いてステージに登場したヘンザを見て一際大きな歓声を上げたのは、子供達の母親だった。
「ヘンザ・テイルよ!」
一斉にカメラを回し(と言っても、アニマがカメラモードで撮影しているのだが)始める母親達。
頬を染めてべったりとヘンザにくっついていた莉奈を下ろし、ステージで華麗なダンスを披露すると子供達も大喜び。
「そのおはな、どうしたの?」
「ヘンザからもらったの!」
友達に聞かれた莉奈は、得意げに言った。
「いいなぁ」
莉奈は泣き腫らした顔で、にっこりと最高の笑顔をした。
「喜んでもらえてよかったね」
ルーフェが満足そう言うと、
「まだまだ、これから!」
ヘンザはステージを降り、庭一面を駆け巡り歌い踊った。
踊り終わったヘンザの周りにを子供達が取り囲んだ。
「サインくだしゃい!」
なぜそんな物を持っていたのか、サイン色紙を差し出す子供までいる。
「はい、良いっすよ!」
快く応じるヘンザに大歓声があがる。
「ヘンザ、もう一回踊って!」
子供達のリクエストに、再びルーフェが音楽を流しヘンザは華麗なダンスを披露する。
ヘンザのダンスを真似し始めた子供達を見て、
「一緒に踊っるすよ!」
とうとう子供達のダンスのレクチャーまでし始めた。
ドレス姿の莉奈も、一緒に歓声を上げて踊っている。
ヘンザの登場で子供達から解放されたミクシィとクロカは、踊り狂った子供たちがテーブルや椅子にぶつからないように気を配りながら、ユウラと共に大人たちの接待と片付けに取り掛かった。
しかし、自称かんとくたんは、ミクシィを何とか自分の作品に出したいのだと説得しているし、自称軍事通の老俳優がクロカに軍事論を披露し始める始末。
ヘンザと一緒に歌い踊る我が子を撮影しようと母親達は右往左往、その中にユリアの姿もある。
「ママー!」
踊りつかれた莉奈が、ユリアの元へと駆けてきた。
「楽しかった?」
先ほどまでキッチンに立て籠もっていたとは思えない笑顔で莉奈が叫んだ。
「すごくたのしーっ!」
ヘンザは曲が終わり、ステージへと戻った。
「さぁ、お姫様、一緒に記念の写真を撮るよ!」
「うん!」
莉奈が目を輝かせてステージに駆け上がった。
莉奈とツーショットを撮ったヘンザは、颯爽と次の仕事へと去って行った。
パーティーも終わりかけた頃、ブルーノからユリアに様子を伺う連絡が入った。
ブルーノと話すユリアの近くで、もじもじとしている莉奈を見つけたミクシィが、莉奈を抱き上げた。
「え?」
驚く莉奈に、ミクシィが耳元でささやいた。
「言わなきゃいけない事がありますでしょ?」
ミクシィの黒い髪が莉奈の頬を撫でた。
「うん」
ミクシィの腕から降りると、ユリアに抱き着いた。
「ママ、りな、パパにごめんなさいする」
娘の成長にユリアは目を細めた。
● 宴の後
来賓の帰った後、パーティー会場となったファミユの庭はクロカ・ミクシィ・ユウラの手によって、瞬く間に元の姿に戻った。
ファミユ店内ソファでは疲れ切った莉奈がヘンザと撮った写真を胸に抱いてぐっすり眠っている。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました。もしよろしかった、お食事を」
エレーナが、ファミユで人気のシチューとパンをキッチンから運んだ。
店内に、ふんわりと美味しそうな匂いが漂い始めた。
「いただきます」
クロカ・ミクシィ・ユウラが食べ始めると、寝て居たはずの莉奈がむくりと起き上がった。
「お腹すいた」
最後の来賓を見送ったユリアが困り顔で店内に戻ってきた。
「あのぉ、ミクシィさん、本当に出演される気ありません? 監督が諦めきれないみたいで……」
ミクシィが何か返事をしようとした時、莉奈が叫んだ。
「ママ! おなかすいた!」
「ええ、あんなにケーキ食べたのに!?」
ユリアが愕然とすると
「あんだけ踊れば腹もすくだろう」
とクロカが面倒そうに言った。
「うん! いっぱいおどったよ!」
「そうですわね。とてもお上手でした」
ミクシィに褒められ少し照れた様子の莉奈は、場を和ませ食事に華を添えた。
「じゃぁ、ママと半分にすると良いわね」
エレーナがキッチンへと戻った。
● 莉奈の夢
パーティーが終わって暫くは何かスクープでも狙っているのか、パパラッチが居残っていたが、その姿も消えた頃ファミユのキッチンの灯りが消えた。
「じゃ、莉奈、皆さんにさよならして。今日は本当にありがとうございました」
ユリアが礼を言っている横で、莉奈はヘンザと撮った写真を自慢気に見ていた。
「ほら、莉奈」
母にせかされ莉奈が口を開いた。
「りなね、おおきくなったらアイドルになるの!」
大人たちは莉奈の突然の宣言に唖然としているが、更に続けた。
「アイドルになって、ヘンザのおよめさんになるの!」
もう、これにはエレーナが笑いを堪え切れなかった。
「もう、わらわないで!」
拗ねた莉奈に手を差し出したのはクロカだ。
「では、アイドルの莉奈さん。お近づきのしるしに握手を」
莉奈が気取ってクロカの手を取り握手をした。
● 再開
莉奈のパーティーから一週間。
空挺都市ミルティアイのレストラン「ファミユ」に活気が戻っていた。
「いらっしゃいませ!」
キッチンではジュンとエレーナが調理をする姿があった。
追記として、莉奈の友達の多くが突然「おおきくなったらアイドルになる」と言い出したことを付け足しておく。
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