プロローグ
新たな世界にようこそ。
新たな幕開けにようこそ
新たな人生に……ようこそ!
来ていきなり、嬉しくないお知らせをしなければならない。
この世界は、滅亡を迎えようとしている。
危機がすぐ目の前に迫っている、というのではない。
だが確実に、滅びる。そのことを誰もが知っている。心の奥底では理解している。
ただそれが、一年先なのか三年先なのか、それとも十年先なのかわからないというだけのことだ。
この時代、地上は【アビス】という名の虚無に呑み込まれていた。飛空艇と呼ばれる超巨大航空機で空に逃れ、飛空艇そのものを居住世界に定めた人類だが、それももう保たないところに来ていた。
飛空艇を飛ばした高度テクノロジーは喪われて久しい。現在は老朽化の進む艇をだましだまし使っているような状態であり、状況はいつ破綻してもおかしくない。
一方でアビスの拡大も続いており、これを止める方法は見つかる望みすら薄い。しかもその拡大速度が、このところ加速度的に高まっているのだ。
つまり、飛空艇が墜ちるのが先か、アビスが飛空艇に追いつくのが先か、という状況なのだった。
ゆえに誰が言い出したのか、この時代の人類は【最終世代(ラストエイジ)】と総称されていた。
だったら人生ずっと暗黒? そんなはずはない!
生まれる時代を間違った? 馬鹿な!
最終世代と名乗ろうと、あなたも、そしてほとんどの人類も、望みを捨てているわけではない。
この世界に生まれたことを後悔したり、絶望のあまりの自死を選んだりしていない。
むしろ力一杯、【本気で】生きようとしている!
活動的な人も、引っ込み思案な人も、冷笑を欠かさぬ皮肉屋も、それは同じだ。
そんな世界に生まれた最終世代の一人、それがあなただ。
希望を捨てるな! もしかしたらあなたは、行き詰まりつつあるこの世界を救う英雄になるかもしれない!
ではあなたの人生を、ここから語り始めよう。
あなたは今、大空を翔る小型戦闘空艇エスバイロにまたがり、空中散歩を楽しんでいるのかもしれず、
図書館や研究室で、かつて存在したという地上世界の歴史を研究し論文を書いているのかもしれず、
自宅で料理という名の冒険行為に没入しているのかもしれず、
引っ越して着たばかりの街を散歩しているのかもしれず、
同じ旅団所属のメンバーとボールで遊んでいたり酒を交え愚痴を言い合っていたり、その両方を同時に行おうとしてケイオティックな状況に陥っていたりするのかも、しれない。
いずれにせよ言えることが一つだけある。
どんな場面でもあなたのそばには、【アニマ】がいるということだ。
アニマはあなたの分身だ。物心つくころからあなたの中に同居している少女型人工生命体で、文字通りあなたと運命を共にする存在だ。
あなたのある日の出来事を教えてほしい。丸一日とは言わない、数十分から数時間程度の出来事でいい。
これがあなたと、あなたのアニマの自己紹介になるだろう。
もう参加しているあなた、助走は終わった、こっから本気で行こう!
正真正銘の初登場というはなた、いきなりですまないが本気で行こう!
ともに、『のとそら』の世界に飛び出そう!
解説
色々ありましたが、いよいよ再スタートという名の本格始動をはじめる『俺の嫁とそそらそら』略して『のとそら』の、最初の最初の第一歩的なエピソードです。
まずはあなたのキャラクターを作りましょう。アニマのデータも、一緒に作りますよ。
登録は当然無料! ていうかこのエピソードの参加料も無料なんで、やらにゃ損損、ちょこちょこっとやってみてください。
この文章を読んでいるあなた自身が男性だからと言って、男性のキャラクターを作る義務はありません。あなた自身が女性の場合も同様です。
(※ただしアニマは女性しか作成できません。男装の麗人やボクッ娘はもちろんオッケー)
キャラクターができたら、簡単な性格付けもお願いします。きっちり細かいところまで作らなくても大丈夫、それはゲームの進行にともなって徐々にできあがってくるはずです。
そうして、このキャラクターがこの世界で、どんな一日あるいは数時間もしくは数分を過ごしているか、想像して書いてみましょう。これをアクションプランと言います。
世界観の資料をざっと読んで、「なんとなく」書くのがお奨めです。
難しければ箇条書きでいいですし、慣れている方は、キャラクターの口調で書いてみても面白いでしょう。
そうして期日までに送信して下さればそれで完了です。
あとは桂木が、いただいたプランを元に、リザルトノベルという小説形式で物語に仕上げてお返しします。(白紙だけはやめてくださいね。泣いちゃいますよ)
習うより慣れよと申します。せっかくですので一度やってみましょう。
どうせ無料(タダ)です。やらなきゃ損損! ですよ。
ゲームマスターより
はじめまして、マスターの桂木京介と申します!
上記解説は、まったくゲーム未経験の人、まだキャラクターも作っていない人を想定して書いたものですが、すでに『のとそら』のキャラを作っており、エピソード参加経験のある方であっても問題はまったくありません! 大歓迎させていただきます!
タイトルはどうにも勇ましいですが、そんな勇ましい話である義務はありません。
たとえば、定食屋でカツカレーを食べようとしたらカツが品切れで「コロッケカレーならできるよ」と言われて悩む……というだけの話であっても、『あなた』と『アニマ』が登場人物として存在するだけで、なんとも愉快な話になる可能性は大です。
それでは、次はリザルトノベルで会いましょう!
桂木京介でした!!
こっから本気出す! エピソード情報
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担当 |
桂木京介 GM
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相談期間 |
3 日
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ジャンル |
日常
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タイプ |
ショート
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出発日 |
2017/9/25
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難易度 |
とても簡単
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報酬 |
多い
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公開日 |
2017/10/05 |
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・相変わらず、アカディミア第7学区に在る自室にて……『アビス』に関する研究とか考察とか(※アドリヴ大歓迎) ・アニマ(リュミエール)は、一緒に資料を見て、対話……と言うか、一緒に考えている感じで(※こちらも、アドリヴ大歓迎) ・取り敢えず、一口に『アビス』とは呼んでいるけれど……挙動が微妙に違う、アビスの深淵とアビスの闇と、アビスの使者(や感染)は、 考察上それぞれ別の物として扱う ・各種データベースでの観測データ等も、ネットワークで見て考察する ・公開されている各種関連論文も、ネットワークで見て考察する ・ワールズ教会は、旧世界が生み出したものと言っているけれど……作れる物なの?その辺の研究文献とかは?
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●目的 雨の日だから探索は中止して、 ログロムの街の図書館でアニマのアーモンドと本を読む。 ●行動 うーん…と。(図書館で本を探して) 「何探してるの?ロベリー。」 えっとね、昔読んだファンタジー小説を思いだしてね…。 また読みたいな~と思ってて。 「もしかして…『天空の羊』?』 そうそう!よくわかったね~…。 「あははっ、わかるよ~だってロベリーよく読んでたし!」 「そしたら歩いて探すより、私が探した方が早いよねっ。」 「ちょっと待っててね~…。」 『天空の羊』かぁ…。いつから読んでないっけ…。 「あったよ~ロベリー!そこをまっすぐ行って真ん中の棚!」 あった!ありがとうアーモンド! 「うんうんっ、さっそく読もう読もう!」
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故郷のログロムが滅び、その後はアビスの世界の滅亡の危機が続いて 碌に家らしい場所を確保していませんでしたね。その余裕も無かった。 ホテルを引き払って、マンション(アパート?)の類の部屋を借りて、自分の家にしています。 ログロム出らしく、質の良い家具を揃えています。ただ酒飲みならば、目を引くのは棚に並べてある色取り取りの酒瓶達です。 家具も揃えて、やっと落ち着きましたね。リビングチェアに座ってお酒を嗜んでいます。 私服姿で探索者の時の彼女とはいつもと違った印象を受けると思います。 ただスパイというクラスにしては髪の色や容姿などで些か目を惹きますが、 違った見方をすれば、ある意味スパイに向いているかもしれない。
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さて、クー・コール・ロビン。 君は先だっての戦い…あの戦いに、覚えはなかっただろうか。 いや、意味が分からないならばそれでもいい。あれは、本当にあった事であったのか。 これは僕の持論だが、間違えた、失敗したからとやり直す事が本当に正しいのだろうか。 その瞬間まで抗った記憶は、なかったことにして良いものであったのか。 同じような記憶を覚えたものは他にもいたらしい。 あの結末は…連続した時の流れの中にあったのだろうか。それとも、本当にただの夢であったのだろうか。 世界の意思とやらがそれを望むのならばいいだろう。 だが、僕の意思は…善意も、悪意も、何人にも侵さざる僕の意思である。 答えは、己の力で見つけるとしよう。
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明智珠樹
( チア )
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ヒューマン | マーセナリー | 28 歳 | 男性
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★小型戦闘空艇エスバイロで空中散歩 せっかくですから、チアさんと空中散歩を楽しみたいものですね、ふふ…! 相変わらず記憶はあやふやですが この世界が大変だということはわかりました。 …まぁ、こうしてチアさんと共に空のデェトが出来てるあたり 私にとっては幸せな世界に思えますが、ふふ…! …安心してください、記憶がなくとも操縦はお任せあれ。 しかし、チアさんに触れられないのは残念でたまりませんね。 これからチアさんと愛を育み、 あぁんなことや(蹴られたり) こぉんなことを(叩かれたり) してみたかったのですが、ふふ…! あ、罵るのはいつだってウェルカムですよ…! 私も、せめて言葉と態度で愛情表現したいと思います、ふふ…!
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蛇上 治
( スノウ )
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ヒューマン | マッドドクター | 25 歳 | 男性
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【場面】カンナカムイで行われている慈善活動にボランティアとして参加 【行動】医者として健康チェックや治療を行う アニマにも協力してもらい、その場でできる全力を尽くす
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夜遅く、普段ならもう寝ているような時間。エルヴィスは自室で本を読み続けている。 「エルヴィス様……エル」 一度目で反応がないので二度……二人きりでの呼び方で呼ぶ。 そろそろ睡眠をとったほうがいいためだ。 しかしエルヴィスには眠気が来ていない。 「……寝れないのであれば、子守唄でも歌いましょうか?」 「……驚いたな、ケーナがそういったことを言うとは」 いつもクールな彼女にしては珍しい提案に、エルヴィスは本当に驚いた。 良く見れば彼女の頬が少し赤い。 「では、そうしてもらおうか」 ――今日は、いつもよりも良く、眠れそうだ。
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レーヴァテインにある訓練所で戦闘訓練をしています。 戦う事だけが全て、とは言いませんが現状を考えれば戦えるに越したことはありませんからね。 過去にあった戦いの記録から様々な武器の活用方法や戦術、エスバイロの扱いかた、何よりアニマとの関わり方を学んで今後に生かしていかないと。 ゲッカコウのサポートをもらって武器を振るったり、スキルを使って実際の威力を確認します。 ここで自分の実力を確かめ、更に高める事で実戦に生かしていきます。 そうすることで、レーヴァテインに住む人々が平和に暮らせる一助になれると思うんです。 私一人では難しい事もあるでしょう、でもゲッカコウがいてくれればきっと大丈夫です頼りにしていますよ。
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参加者一覧
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明智珠樹
( チア )
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ヒューマン | マーセナリー | 28 歳 | 男性
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蛇上 治
( スノウ )
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ヒューマン | マッドドクター | 25 歳 | 男性
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リザルト
空の上に人々の生活圏がある世界。
いや、もう少し正確に言うなら、空の上の巨大飛空艇に『しか』生活圏がない世界。
巨大航空機の集合体を【旅団】と呼び、これはほぼ『国家』と同義である。
七つある旅団のひとつ、ここは学問の中心地【アカディミア】、その第7学区だ。
まだ無名ながら研究者として歩み始めている青年、『Truthssoughter=Dawn(トゥルーソウター ダーン)』の自宅兼研究室はこの地にある。
分厚くて大きくて凶器としても使えそうな図鑑を、トゥルーソウターはテーブルの上に広げている。分厚い書籍はこの一冊だけではなかった。テーブルの上、脇、彼の背後、いずれにも、同じような装丁の資料がうずたかく積み上げられているのだった。
「そもそも【アビス】という言葉の定義からして曖昧なところがあるんですよねえ」
砂色の長い前髪を、トゥルーソウターは無造作に後頭部へ流した。
「と申しますと?」
それまで何もなかった空間、彼の真横に、桃色の髪の少女が姿を現したのはこのときだ。手品師が帽子からウサギを取り出すように忽然と出てきたのだが、トゥルーソウターは驚かず視線を軽く向けるにとどめている。
少女は『lumiere=douceur (リュミエール ドゥサール) 』、彼の【アニマ】だ。脳に移植された同居人、肉体を持たぬ人工生命体である。
リュミエールはあごに人差し指を当てていた。お聞かせくださいまし、と言うかのように。
「一口に【アビス】とは呼んでいますけれど……アビスの深淵や闇と、アビスの使者や感染は、それぞれ挙動が微妙に違うところがありますよね?」
右が青、左が紅の宝石のような瞳を、ぱちくりさせてリュミエールは応じた。
「ヴァイレスとか、アビスの使者とか、感染者とか、全部【アビス】が原因とされておりますけれど、ということでございますか?」
にこりと笑ったトゥルーソウターの唇の端に白い牙が光る。
「さすがリュミエールさんですね。僕が言いたいのはまさにそれです。いくつかの論文によれば」
と、プリントアウトした紙束を彼は引っ張り出して、
「アビスの深淵とアビスの闇に関しては、可視光線が出ていない。けれどその他は可視ですよね。それにアビスが物理的な存在なのかどうか……どうかしましたか?」
トゥルーソウターは言葉を止めた。リュミエールが、はにかんだようにほほえんでいるのに気がついたのだ。
「僕、おかしなこと言いましたか?」
「い、いいえ! そんなことは全然まったくございません。興味深いご説だと思うのでございます」
慌てたようにリュミエールは手を振った。
ちょっと、言いにくい。
トゥルーソウターに「さすがリュミエールさんですね」と言われて嬉しかっただなんて、ちょっと、照れくさくて言いにくい。
●
車軸を流すような大雨ではなく、かといって霧のように、ひたすらに肌を濡らす雨でもない。それは気まぐれな猫のように、さっと降ったかと思いきや上がり、軒から出たとたんまたぽつぽつ振りだすというような、なんとも落ち着きのない灰白色の雨だった。
(こういうときって、探索に行く気にならないよね……)
土砂降りの中で空をかっ飛ばすというのであれば、それはそれで爽快感があるだろうけど、こうも締まりのない空模様では、エスバイロにまたがることにすら二の足を踏む。
だからこの日『ロベリア』は、白とブルーのレース飾りの傘をさし、ログロムの街の図書館まで歩くことにした。
晴耕雨読というではないか、雨の日は知的探索を楽しもう。
ビニールの傘袋を提げ、ロベリアは開架室のゲートをくぐった。
すぐに彼女は、目指す棚の前で足を止めた。ファンタジー系の小説が集められた棚だ。
データの集積も悪くはないが、やはり紙の本はいい。インクと紙と革張りの表紙が、かもしだす落ち着いた香りがする。しばしこれを吸い込んでから、
「うーん……と」
背伸びしてやや上の棚を眺めた。
「何探してるの? ロベリー」
ロベリアの隣に、彼女に近い背格好の少女が姿を見せた。『アーモンド』だ。質量を持たぬアニマゆえ、アーモンドはふわり浮き上がっている。
「えっとね、昔読んだファンタジー小説を思いだしてね……」
まだ13年しか生きていないロベリアだ。『昔』といってもせいぜい数年前のことにすぎない。しかし成長著しい年頃ゆえ、そのわずか数年が、それこそ千里の先のように感じられる。
「また読みたいな~、と思ってて」
振り向いたアーモンドは右の人差し指を立てた。
「もしかして……『天空の羊』?」
「そうそう! よくわかったね~」
「あははっ」
鈴の鳴るような声でアーモンドは笑った。
「わかるよ~。だってロベリーよく読んでたし!」
アーモンドは覚えている。今よりずっと幼いロベリアが床に座り込み、自分の半身を隠しそうなサイズの本を、膝に乗せ一心不乱に読んでいたときの姿を。
「歩いて探すより、私が探した方が早いよねっ」
ちょっと待っててね~と言い残し、再び浮き上がってアーモンドは書架を巡る。
(『天空の羊』かぁ……いつから読んでないっけ……)
アーモンドを見上げながら、ロベリアはそんなことを思った。
間もなくアーモンドが戻った。
「あったよ~ロベリー! そこをまっすぐ行って真ん中の棚!」
すぐにロベリアは本にたどり着いた。
書架から抜き取る。
自分の記憶よりずっと小さくて、ずっと古びていて、それでも、懐かしい手触りを味わう。
「ありがとうアーモンド!」
「うんうんっ、さっそく読もう読もう!」
この本が一緒なら秋雨の一日なんて、あっという間に過ぎ去ってしまうことだろう。
●
七つの旅団でも最大規模、名実共に世界の盟主たる軍事旅団【レーヴァティン】、その訓練所で汗を流しているのは『チュベローズ・ウォルプタス』だ。
刀を大上段に構える。刃引きはしていても剣は剣、集中して扱わねば怪我をしかねない。
眼前に敵をありありと思い浮かべ振り下ろす!
一迅の風が駆け抜けた。
ぴたりと白い刀身は、彼女の青眼位置で停止している。
「お見事です!」
チュベローズの正面、板張りの床に立つ彼女は、チュベローズ同様に袴履きの稽古着姿だ。だがチュベローズの姿とは違いうっすらと透けており、彼女の姿を通して背後の壁や掛け軸を見ることもできた。
この少女が、チュベローズのアニマ『ゲッカコウ』であるのは言うまでもないだろう。
「戦うことだけがすべて、とは言いませんが」
息を吐きチュベローズは告げる。
「現状を考えれば、戦えるに越したことはありませんからね」
ゲッカコウは白いタオルを差し出した。
といってもゲッカコウはアニマであり、手にしているタオルもやはり、イメージを投影しただけのもので実体はない。けれどチュベローズは「ありがとう」と言って壁際の鞄から同じ色のタオルを取り出した。ゲッカコウの気持ちを受け取ったのだ。
実際に接触がなくても心は触れあう。それがこの【最後の世代】と呼ばれる時代の人間とアニマとの、ごく当たり前の関係である。
「チュベローズ様、同じ箇所の筋肉ばかり使うのはお奨めできません。そろそろ弓術を試みては?」
ゲッカコウが告げると、「そうですね」とチュベローズは応じた。弓矢は過去の武器となって久しいが、これを扱うことで身につく技能、集中力、知識は決して無駄にはならない。
この日、チュベローズはゲッカコウのサポートを受けながら、各種武芸や技術、エスバイロ操縦を訓練していた。ゲッカコウはチュベローズの体調管理をしてくれており、無理のないトレーニングを続けることが可能となっている。
弓道場への廊下を歩むチュベローズに、ゲッカコウも背筋を伸ばし続く。
「私は必要があってこの服装ですが、ゲッカコウは合わせなくてもいいんですよ」
「お気になさらず。肉体がなくとも、私も共に鍛錬しているつもりですから」
アニマには、主人たる探求者にしか見えず声も他人には届かない【プライベートモード】(この場合さらに透明度は高まる)と、第三者に姿も見え声も聞こえる【オープンモード】がある。現在ゲッカコウはオープンモードを選んでいた。これは、
「チュベローズ様のアニマとして恥ずかしくないように」
という気持ちの表れである。
「ゲッカコウがいてくれればきっと大丈夫です」
チュベローズは頬を緩めた。
「頼りにしていますよ」
「はい! 私も、レーヴァテインに住む人たちの生活を守るべく頑張ります!」
●
匂い立つような美しさ、薔薇の似合う男、その名は『明智珠樹』。
エスバイロに乗り、夢見るような笑み浮かべながら空を往く。
「……先に申し上げておきます」
「何を?」
珠樹のアニマ『チア』が姿を現した。珠樹と飛空艇のシートを分け合っているような格好である。
「罵るのはいつだってウェルカムですから……!」
「空に繰り出して最初の台詞がそれかっ! ド変態!」
「そうそう、その調子です……ふ、ふふ」
むすっと腕組みしてチアは口をつぐんだ。どうも珠樹のペースに乗せられがちだ。
ふたりは少し、世の探求者・アニマと関係が異なっている。
互いに記憶がないのだ。気がつけばアカディミアの地にいて、共生関係にあるお互いを認識していた。
「相変わらず記憶はあやふやですが、この世界が大変だということはわかりました」
「同感だ。一蓮托生なのがなぜおまえなのか、という気持ちしかないが」
「またまたぁ、そんなチアさんも、だんだん私のことを可愛いと思い始めているくせに……ふふ」
「思うか!」
両足を揃えてチアは飛んだ。自在に飛んだり姿を消したりできる、このアニマという境遇で気に入っているところはこれだと思う。
「でも、こうしてチアさんと共に空のデェトができてるあたり、私にとっては好ましい世界ですね」
「……ちょっと待て、デェトだったのか、これ」
ぎょっとしてチアは宙を泳ぎ、珠樹の正面に回り込んだ。
「今日空に出たのは、世界状況が知りたいからとか言ってなかったか、珠樹」
「チアさんの状況が知りたかったのです。私にとって今一番興味があるのは、チアさんのことに他なりませんから……」
口調こそ軽やかだが、珠樹は嘘を言っているつもりはなさそうだ。なぜだかチアはどぎまぎして、
「と、とにかくデェトってのはなし! わかったな!」
するっと小鳥のように回転し、また腕組みしてシート後部に腰を落ち着けた。
「ふふ……まぁ、私はいま、幸せではありますよ。チアさんと一緒ですから……」
「僕といるのが……幸せ?」
「ええ。心からそう思います」
「よくそんな恥ずかしいこと言えるな……」
呆れたような口調だったが、このときチアは、じわっと頬を染めていた。そうして目を、珠樹の背中に向ける。近くで見ると、広い背中だと思う。
「これからどんなことが待ち受けてるかわからないけれど。おまえが幸せと思える世界にできるよう……僕も……まぁ、頑張る……」
呟くような小声でチアは言った。
「しかし、チアさんに触れられないのは残念でたまりませんね」
詩でも詠むように珠樹は言う。
「これからチアさんと愛を育み、
あぁんなことや……、
こぉんなことを……、
してみたかったのですが、ふふ……!」
「僕で変なこと考えるなド変態!」
やっぱりさっきの取り消し! とチアは思うのだった。
●
旅団【カンナカムイ】は、七つある旅団の中で最も古いと言われている。
けれどもっとも清浄な旅団だ。宗教旅団との異名にたがわず、常に参詣者や観光客で賑わっているのだが街はいつもきれいに掃き清められており、いわゆるスラム地域の存在もないのだった。
ブロントヴァイレスの襲来を退けた後、カンナカムイが空域から姿を消したという未確認情報が流れたことがあった。だがそれは一時的なものに過ぎず、現在では無事に他の旅団の前に姿を現しており、信仰文化の中心地であり続けている。
この日、カンナカムイの一角に設営されたテントは大いに賑わっていた。ボランティア医師による臨時無料診療所が開かれているのだ。
「はい、次の方どうぞー! ちゃんと並んでね。大丈夫、全員看るだけの時間はあるから!」
アニマの『スノウ』も今日は看護師姿だ。サイズぴったりのナース服の白が眩しい。杖をついた老婆を先導して、
「お次、一名様ごあんなーい!」
と奥に呼びかけた。
「居酒屋の呼び込みですか、それは」
苦笑しながら丸椅子を回し、医師の『蛇上 治』は正面を向いた。
「居酒屋のネーチャンとはごアイサツね! 白衣の天使に対して!」
スノウは両の腰に手を当てて頬を膨らますも、こういうやりとりは治も慣れたもので、
「ネーチャンとまでは言ってませんよ。いや元気で結構結構」
と軽くいなして診察を始めた。
「前回の臨時診療にも来て下さった方ですね。経過を見ましょう……ああ、とても良くなっていますね」
笑顔は絶やさない。物腰も優しい。しかも腕は確かで、治はたちどころに適切なアドバイスを行い処方箋を書き始めていた。
この調子で一日働き通し、休憩時間もないままに、夕方になってようやく診療は終わった。
「さすがに疲れましたね」
うーん、と治は猫のように伸びをした。さっきまで入れ替わり立ち替わり患者が訪れていた落差か、急に静かになったので椅子のきしむ音はびっくりするほど大きく聞こえる。
「そう? 全然元気そうじゃない?」
スノウはニヤっと笑った。この嘘つきめっ、とからかうように。
「いえいえ、これでもくたくたですよ。お腹も空きましたし……ランチの時間も取れなくて」
「と言うと思って」
スノウは入口を指した。天幕の向こうから「ピザの配達に上がりましたー」という声がする。
「注文しといたから。アンタの好きなマルゲリータ」
「おや、今日はラーメンの気分でしたが……」
「感謝より先に文句が出る!?」
「ははは、冗談です。もちろん感謝していますよ、ありがとう」
今日は一日ボランティアだったので収入はゼロ、むしろ持ち出しだ。けれど探求者としての活動だけでなく、こういった活動も非常に重要だと治は考えている。
人々を救う道はなにも、冒険や戦闘だけとは限らないのだから。
●
スパイとて休息は必要だ。
蜂蜜色の髪、紫水晶のような切れ長の瞳、整った顔立ちに白磁の肌、ボリューミーだが均整の取れた体型……きわめつけは服の上からでも明白な、つんと尖った形の良いバストだ。
そんな恵まれた美をもてあますように、この夜、『イーリス・ザクセン』はリビングチェアから両脚を投げ出していた。素足、カーペットの感触がくるぶしをくすぐる。身につけているのは下着と、洗いざらしのワイシャツ一枚だけ。濡れ髪を拭ったタオルは無造作に肘掛けに預けていた。スカートを身につけるのは、もう少し涼んでからにしたい。
「……これまで碌(ろく)に家らしい場所を確保していませんでしたからね。その余裕もなかった」
ぽつりとつぶやく。
イーリスは軍人である。ブロントヴァイレス争乱時に古巣【旅団ログロム】の滅亡を目にし、以来今日まで、住居らしい住居を持たないままだった。
だがブロントヴァイレス争乱は原因不明のリピート現象を迎えて『無かったこと』となり、イーリスの自宅も復したのだが、忌まわしき記憶に連なるあの部屋に戻ることを彼女は避けた。
以後しばらくはホテルを転々として過ごした。ときに数日におよぶ任務もあったため、寝床が確保されていればそれで良かった。
されどいつまでも宿無しではいられまい。大小さまざまな事件が一段落をみてようやく落ち着きを取り戻した彼女は、このたび古いが瀟灑な作りのアパルトマンを借り受け新たな家としたのだった。
家具を運び入れ住環境を整えて、現在イーリスはシャワー後の休息を味わっている。
家主の趣味を反映して、家具はいずれもアンティーク調で品のいいものばかりだ。もっとも一番目を引く彩りは、ガラスケースにずらりとならんだ色とりどりの酒瓶だろうが。
このときイーリスの手の中で、バーボングラスに入ったロックアイスがカランと音を立てた。
「やっと人心地つきましたね」
アニマの『エルザ』が、イーリスの向かいのチェアに腰を下ろした。
イメージ映像なので、エルザは実際に座っているわけではない。といってもやや透けていることを除けば、そこに実際にいるようにしか見えなかった。メイド服のスカートにも質感がある。トロピカルドリンクの入ったグラスを手にしているのは、イーリスに合わせたものらしい。
「そういえば、エルザ」
とイーリスは片眉を上げて、
「お酒絡みの仕事の際、妙に酔っていましたね……呑んでいたわけでもないのに」
まさか、とエルザは首を振った。
「酔ってなんていませんよ」
「メイド服であんなポーズをしておいて否定されても、ちょっと信じられませんね」
「酔ってませんってば」
とぼけているようだが、いまエルザは顔が真っ赤だ。
ふふ、とイーリスは含み笑いした。そんなエルザを愛らしく思う。
●
夜も更けた。すでに日付は変わって久しい。
普段の『エルヴィス』であればとうに床に就いている時間帯だった。
けれども今夜の彼は、自室の椅子に腰掛けたままずっと、冴えた目で活字を追っていた。分厚い本だった。背表紙に箔押しされた金文字が掠れている。表紙の四隅が丸くなっているあたりからも、幾度となく読み返されたものなのだとわかろう。
このとき、
「エルヴィス様……」
静かにそう呼びかけて、エルヴィスのアニマ『ケーナ』は両手を組み合わせたまましばらく待った。
しかし反応らしい反応はなかった。ケーナが待っている間、エルヴィスがしたことといえばページを繰ることくらいだ。
ケーナは自他共に認める落ち着いた性格だ。夜会巻きにした黒い髪、しばしばかける眼鏡のイメージもあって、エルヴィスの秘書のような第一印象を持たれることが多い。けれどこのとき彼女は、部屋に他に誰もいないことを知っておりながらいささか恥ずかしそうに目を伏せ左右をさっと見て、そのうえさらに体の組成を薄くしていた。うっすらと透けている程度だった姿を、さらに薄く、幽霊のようにしたのである。
これはケーナが、誰でも姿の見える【オープンモード】から、主たるエルヴィス以外には見えもせず声も聞こえもしない【プライベートモード】へ移ったことを示す。
これだけ安全(?)を確保した上で、ようやくケーナはエルヴィスに近づいて、そっと彼の耳に囁いたのだった。
(エル)
と。
これは、ふたりきりのときだけ、と決めている呼び方だ。それでもどうしても気恥ずかしいのか、ケーナは薄く頬を染めている。もじもじと両手を手を、胸の前で組み絡み合わせていた。
「え?」
ようやく気づいてエルヴィスは書物から顔を上げた。
「ああ」
プライベートモードでも、宿主のほうはアニマに声を出さなければ会話ができない。
(もう遅い時間です。これ以上睡眠時間を削ることは、明日の任務(ミッション)に差し支えるでしょう)
「しかしまだ眠気が来ていない」
(……眠れないのであれば)
ためらうように一拍おいて告げる。
(子守唄でも歌いましょうか?)
やはりケーナの頬には紅がさしているのだが、部屋の照明は落ちており、灯りと言えば手元のブックライトのみのため、エルヴィスはそれと気がつかなかった。
けれど、それでよかったのかもしれない。
「……驚いたな」
と言う彼も、やや目の下を熱くしていたからだ。
「ケーナがそういったことを言うとは」
いつもクールな彼女がまるで母親、あるいは……恋人のようではないか。
エルヴィスとケーナの視線が合った。
距離が近い。首を伸ばせば、唇で唇に触れられそうなほどに。
このときエルヴィスは、知った。
「では、そうしてもらおうか」
――今日は、いつもよりも良く、眠れそうだ。
●
黎明の冷ややかな風が『メルフリート・グラストシェイド』の、限りなく白に近いプラチナブロンドをなびかせる。雲を形成する湿り気が、長い睫毛をいよいよ黒くする。
革手袋がキュッと鳴った。メルフリートがエスバイロのアクセルを緩めたのだ。
「さて、クー・コール・ロビン」
彼の真横には、大きな鳥の羽が付いたターバンを巻いたアニマ『クー・コール・ロビン』が姿を見せていた。透明度は高い。メルフリートにしか見えぬ【プライベートモード】を取っているのだ。
(改まってどうしたの?)
「君は先だっての戦い……あの戦いに、覚えはなかっただろうか。あれは、本当にあったことだったのか。……いや、意味が分からないならばそれでもいいのだが」
半ば自分に言い聞かせているようでもある。
ブロントヴァイレスという巨大竜の形をとったアビスの襲撃は、悪夢そのものだった。
数多くの旅団が炎に包まれて沈み、人類最後の砦となった【レーヴァティン】も終焉のときを迎えた――だがその直後、滅亡の一日は最初からやり直しとなった。
やり直しの世界では、ブロントヴァイレスは巨大【竜】ではなく、それよりは小ぶりの【龍】となった。味方戦力も大幅に増強されていた。
そしてリハーサルを経た演者のように、二度目の戦いにおいて探求者たちは、アビスに勝ちこれを退けたのである。
(私は……どうかしらね。覚えているような、いないような)
歌うようにクーは言う。
(その記憶が本物でも、世界が滅んだ、はいおしまい、よりはいいと思うのだけれど)
メルフリートは何も告げず静かな瞳(め)で、朝焼けに染まる空を見ている。
(……ああ、メルフリート。その記憶を持つ者が、【全員でなかったこと】が気に入らないのね)
彼は直接その問いかけにこたえず、静かに息を吸った。
「これは僕の持論だが、間違えた、失敗したからとやり直すことが本当に正しいのだろうか……その瞬間まで抗った記憶は、なかったことにして良いものであったのか」
(なるほど、確かにそれは世界の意思に抗う行い……いわば……いるのかわからないけれど、神への反逆。個を尊重するあなただからこそ、そういった大きな流れを、選ばれしものだけに与えられた祝福を拒むというのね)
メルフリートの気持ちを汲むように、クーの語調はやわらかい。
彼は小さくうなずいた。
「世界の意思とやらがそれを望むのならばいいだろう。だが、僕の意思は……善意も、悪意も、何人にも侵さざる僕の意思である」
答えは、己の力で見つけるとしよう。
願わくば、クーと共に。
(いいでしょう、メルフリート・グラストシェイド)
クーは手を、彼の手に重ねていた。
(私もこっから本気を出させてもらうわ。それは私の意思)
――そして、すべての意思をあなた自身のものに。
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