プロローグ
●病院の少女
ブロントヴァイレスとの戦闘からしばらく経ち、破壊された都市は徐々に復旧の兆しを見せていた。ここ第一空挺都市レーヴァティンも例外ではなく、建設機械達が休むことなく都市を修復し、彼らに資材を運ぶトラックの流れが途絶えることなく続いている。
そんな街の様子を小さな窓辺から眺めている少女が居た。年の頃は十代の前半だろう。切りそろえられた前髪が印象的で大きな黒い瞳は理知的な光で溢れている。この病院に運ばれてきたときの虚ろな表情が嘘の様だ。
「レーヴァティンか……。まだ落ちていなかったんだな」
まるで懐かしむように少女が呟いた。そこは小さな個室にベッドと医療機器が並ぶ白い部屋だった。
「文明レベルは……、最低限は維持されていたようだな」
ベッドの脇に並べられた機器を確認し少女は枕元に置かれていた端末を手に取った。現在の空挺都市には流通していないタイプの端末だ。片手に収まる大きさの端末の画面を少女は器用に操作していく。操作と行っても少女は思考するだけで良かった。このちっぽけな端末は、電界を通し伝わる少女の微弱な神経信号を解析し思考による制御を可能としているのだ。
ネットを介し少女はサーヴィン・エデンの現状把握に努めた。その情報量は凄まじいものだったが、少女は涼しい顔をしてそれらの情報を吸収していく。
暫くして、少女はゆっくりと目を見開き、もう一度窓から外を眺めた。
「時間はあまり残されていない……か」
ベットに腰を下ろし、そのまま仰向けに倒れ込むようベッドに身体をうずめた。ゆっくりと目を閉じ、再びネットに接続した少女はサイバー空間を駆け抜ける。タブレットを握る手に力が籠もり、瞼の裏に情報が光となって流れていった。
●メール・フロム・アーソン
ブロントヴァイレスの襲撃から数ヶ月が経ち季節はいつしか夏へと移り変わっていた。表面的な都市の復旧も完了し、人々に笑顔と日常生活が戻ってきたように思える。
ログロムに住むエルフ・ハッカーの少女マノーティス・リンドも戻ってきた日常を謳歌している一人であった。
「あ~、夏休みは最高だなあ」
マノーティスは目の前に置かれている夏休みの課題にちらりと目を落とした。
「これさえなければね……」
勉強机に向かいため息を吐く。
「なんで社会の課題が地域史をまとめる、なんてモノなんだってーのね。バデモナは中央データベースをログロム、歴史で検索。適当に纏めといてよ」
マノーティスが自身のアニマであるバデモナに適当な指示をだすと目の前に同い年ほどの少女が現れた。現れた少女はアニマだ。10代半ばの快活な少女であるその姿はマノーティスにしか認識できない。
「アニマに高校の課題をやってもらうとか。それぐらい自分でやった方がいいんじゃあないの?」
バデモナは蔑んだ目でマノーティスに一応の忠告をする。
「いいのよ、課程はどうあれ提出すれば問題無いんだから」
現代を生きる自分にとって歴史とは過去のモノであり意味を持たない。マノーティスはその様な考えを持ってた。退屈な課題などアニマに任せ自分はやりたいことをやろう。そう思うのである。
「時間が出来たのならその恵まれた容姿を見せつけにプールにでも行けばいいのに」
「私にそういう趣味はないの」
即座に切り替えされたが、アニマのバデモナから見てもマノーティスのスタイルは高校指定のジャージぐらいで隠すことなど出来ない程にメリハリのきいた体型をしている。いつもながら勿体ない、そう思いつつバデモナは検索を始めた。
「検索結果が100万件以上、不確定な情報を含めるとさらに膨大なモノになるんだけど」
「年表のデータ渡すから、適当に間引いて宜しく」
「へいへい……」
「私は適当にSNSでも巡回しますかねっと」
マノーティスは携帯端末を取り出し世界的なSNSに接続した。とりとめもない日常が垂れ流されているSNSを手早く巡回していく。そんな中、情報交換系のコミュニティで妙に気になる書き込みがされてるのがマノーティスの目端にとまった。
投稿者:アーソン・ダイト
「失われた都市への道はサテライトに隠されている」
サーヴィン・エデン・サテライトとはアビスに飲み込まれる以前の世界を再現したという全感覚投入型VRパークとして知られている。会員にさえなれば誰でも利用することができる簡易さもあり公表されているユーザー数もかなりのものだ。
「アビスによって失われた都市なんてそれこそ無数にあるんだけどなー。それを含めてのサテライトのはずでしょうに」
よくあるデマの一つではなかろうかと思いつつ、マノーティスは書き込みを見つめていた。
(投稿されたのは二ヶ月ほど前か……。これってまだ復旧の建設ラッシュだった頃よね。いや~、ネットの住人はたくましいね)
そんな事を考えていると突然メールの着信を知らせるジングルが鳴った。
「ん、メール?」
知らないアドレスからのメールだった。自分の構築した網をかいくぐってたまに届くダイレクトメールの類だろう。反射的にマノーティスの指がメールを削除のボタンを押そうとする。だがしかし、すんでの所でマノーティスの指がピタリと止まった。
「発信者アーソン・ダイト!」
目を皿にしてマノーティスはブラウザの画面とメーラーの名前とを交互に見比べる。妙に心臓が早くなっているのが自分でも判った。
(えーい、女は度胸だ!)
生唾をゴクリと飲み込み、マノーティスはメールを開いた。
Sub:招待状
From:アーソン・ダイト
このメールを受け取った幸運なあなたにビッグチャンス。
なんと、魔術師の廃都シルバーリーフを訪れる権利を得ました。
まずは説明会を開催しますので以下のボタンからサーヴィン・エデン・サテライトに接続してください。
[今すぐ接続する]
過去の遺産をゲットするこの機会を是非ご利用下さい。
あなたの参加を心よりお待ちしております。
思い切って開いた割にはありふれた内容のダイレクトメールの様な文面だった。
「バデモナ、アーソン・ダイトを検索お願い」
「え~、今全力で歴史の宿題やっているんですけど」
「そっちは現状で保存しといて。この名前を検索よ」
「アニマ使いが荒いんだからなあ……」
渋々といった態度のバデモナだが、マノーティスが言っても聞かない性格なのはよく心得ている。歴史の課題を中断し指定の名称を検索することにした。
「そうは言いつつもやってくれるバデモナちゃん大好き」
そんなバデモナにマノーティスは満面の笑顔を返す。
「はい、でた」
「誰よ?」
「崩壊前の更に前に居た人物ね、ディナリウム帝國成立期より少し後の人物みたい」
「何やってた人?」
「帝國の愚民政策に嫌気がさして帝國を出奔した天才魔術師だって」
「天才魔術師ねえ……」
「今、このメールのボタンを押そうと思ったでしょ」
「あ、判る?」
「長い付き合いだからねえ。でも、さすがに何が起こるか判らないのに押さないよね?」
「ところがどっこい押しちゃうんだな!」
マノーティスの指が画面に触れたその時、酷いめまいが彼女を襲った。
「あ、あれれ……」
くてっと机に突っ伏すと、マノーティスの意識は肉体を離れサイバー空間に浮いていた。バデモナを呼んでみるが、信号が遮断されているのか返事がない。
情報が渦巻くトンネルの先に光が満ち、マノーティスの意識はそこに向かって勢いよく流されていく。光が溢れ、マノーティスは目を開けていることすらできなかった。
解説
●シナリオの目的
自分の端末に送られてきたメールに対応する。
●メールへの対応について
ブロントヴァイレスとの襲撃から数ヶ月経った夏の日、PCとアニマとの日常を描写することが目的のシナリオです。PC同士が同じ場所にいるという記述がない限り個別にリプレイを書くことになります。
PCには、オープニングと同様の文面でアーソン・ダイトから突然メールが届きます。メールへの対応には二つの選択肢があります
1.メールに対応しボタンを押す。
1を選択した場合、いつ(何時頃)、どこで(自宅、カフェ、会社等)、誰と居るときにメールが着信したか。また、どの様にメールに対応するかを記入してください。ボタンを押した瞬間PCの意識はネットワークに転送されます。野外である場合意識を失った場合、残された身体がどうなるのかということも重要な要素です。
参加しているPLが同じ場所に居た場合、双方同時に転送されることになります。
2.メールを放置する。または破棄する。
2を選択した場合、何故選択しなかったのかというプレイングをしてください。その際に、いつ、どこで、誰と、どの様に過ごすのか記述してください。
ゲームマスターより
こんにちは。鷲塚です。今回は何の変哲もない日常がすこし壊れる切っ掛けになるシナリオです。日常から非日常へ突き進むのも良いし、自分の日常を守るのも良いと思います。このシナリオはここで終わりなのですがアーソンを巡る物語は続いていきますのでよろしくお願いします。
メール・フロム・サテライト エピソード情報
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担当 |
鷲塚 GM
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相談期間 |
5 日
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ジャンル |
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タイプ |
EX
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出発日 |
2017/8/16
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難易度 |
簡単
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報酬 |
なし
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公開日 |
2017/8/26 |
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最終的には、メールに対応しボタンを押します。 夜……就寝直前、自室で、リュミエール(アニマ)と話していた時に着信。もう寝巻に着替えて、ベットに横になっている。 取り敢えず、メールを厳密にアドウェアチェックした後開いて、発信元とか、届くに至る経路情報とかを確認して、メール内容を読む。 その間、アニマに差出人について調べて貰い、仰向けに寝転がったまま……空中投影された画面上のボタンを、アニマとタイミングを 合わせて、一緒に押す感じで。 寝物語……と言うか、眠くなるまで……物理的に観に行けなかった昔の都市の、仮想空間を一緒に観光に行くのも良いな……的な軽い感覚で、ボタンを押す感じで。全感覚投入型の仮想空間でなら、アニマも只の映像って訳でもない……でしょうし。ふれあう、とも違う気はするけれど……頭を撫でたりとか、出来そうですしね。 ※アドリヴ大歓迎。特に、アニマの反応とか。
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まゆゆ
( ゆゆゆ )
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ヒューマン | ハッカー | 15 歳 | 女性
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舞鶴さん、コノさんとチームを組んでいきますですね ●メール コノさんのお部屋で、3人で お菓子たっぷりお泊まり会をしているときにメールが着信 うさんくささも感じますが 『サーヴィン・エデン・サテライト』という単語に反応 デッドリーチュートリアルで救出した女の子のことを思い出して コノさんにも伝えます アニマのゆゆゆに『アーソン・ダイト』『シルバーリーフ』を検索してもらい 情報を得てから、2人に「押してみましょう!」と勧めますですね 2人の同意が得られたら、コノさんのお部屋でボタンを押しますのです ●電脳空間 まずは舞鶴さんとコノさんがいっしょにいるかを確かめますです そしてここが『サーヴィン・エデン・サテライト』なのかも確かめられるといいですね (あの女の子もメールを受け取ったのかも……?)とか思ったりしますのです 説明会には参加する気まんまん 過去の遺産と女の子の記憶の手がかりを目標に、説明会の場所を探してみるのです
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※まゆゆさん、胡の枝さんとチームで行動です まゆゆさんと一緒に胡の枝さんのお家で楽しく女子会してる最中にメールが届きます その時にみんなと相談したり、メールの中の気になる単語…「アーソン・ダイト」「廃都シルバーリーフ」の検索をしていきます また、以前(デッドリーチュートリアル)で助けた子が言っていた単語を見かけて、 その時の事をその時いなかった胡の枝さんにも教えてあげます そして、2人の同意が得られたら私もボタンを押します 押す時は事前に戸締りチェックして、ロベリアさんやニーアさんにもその旨を端末を通して伝えてから、 可能な限り同じタイミングで! 転送された先でみんなと一緒ならそのまま一緒に行動、もしそうでないならできる限り早く合流できるように探します 説明会の方は、まゆゆさんや胡の枝さんが参加するなら一緒に参加します 帰ってこれたらロベリアさん、ニーアさんも女子会に合流、楽しさアップでまた盛り上がっちゃいます
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※まゆゆ・冬花とチーム行動 【ボタンを押す】 いつ:昼頃 どこで:自身の家 誰と:まゆゆ、冬花(女子会、という体で集まっている) 【対応】 前日に用意しておいたクッキーやらケーキやらを食べて、わいわいしている最中にメールを受け取る ボタンを押す前に、アニマのカメリアに『アーソン・ダイト』『シルバーリーフ』について検索を頼む 『サーヴィン・エデン・サテライト』に関しては、2人から聞いた情報を元に、更に詳細な情報が出てこないかカメリアに確認 それらの情報や2人とカメリアの意見を聞きつつ、「本物だったら面白そうだから」という理由でアクセス アクセスのタイミングはなるべく合わせる 【電脳空間内】 カメリアと意思の疎通、及び空間外へ連絡が出来るかどうか確認 可能・不可能に関わらず状況を報告し、2人と共に行動する 転送先に1人だった場合は、状況の確認後、2人を探す事を念頭に置きつつ、説明会の会場を探しに向かう
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・フィール 対応1 場所:とある場所に立てた掘っ立て小屋(自宅)。 見つけたダンボールっぽいものとかの材料のあり合わせで作成されている。中身も同様。拾い物がほとんど。 時間:月の出る夜。依頼をこなして帰ってきたばかり。 ふぅ、今日も大変な目にあった。正式な依頼じゃないから報酬もないし、服はボロボロだし…うう。 帰ってきたと思ったら、変なメール……無視するに限るーっ!でも、アルフォリスが意味深なことを…。 しょうがない、押す。 説明会かららしいから、質問が許されるんだったら ・どういう基準でメールを送ったのか ・シルバーリーフでわかる事って? とか聞いてみよう。 ・アルフォリス サテライト、か。どうやら、フィールにはよほど縁があると見える。 って、何無視しようとしてるんじゃ。押せ!そこには、おぬしが知るべきことがある!……はずじゃ! 押した後はどうなるか予想はつくからのー。とっととそのベッドに横たわってから押すのじゃ(と念押し)。 意識を失った体をどうするかじゃと?……ほっといて大丈夫じゃ! しかし、何もせんのはもったいないのう。撮影タイムじゃな。生活費を稼ぐ為じゃ、しかたなかろう? トレーディングカードとやらを作って、裏ネットで売り捌くのじゃー!
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ニーア
( コロナ )
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フェアリア | マッドドクター | 6 歳 | 女性
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目的 探求 動機 興味 行動 毎日を研究と快楽に費やす毎日。多くの時間は今の人類にとって大きな課題となっている抗アビス薬の開発に充てている。 メディキーナの生き残りとして、父様の遺品を昇華させる為。アニマのコロナに機器の調整をしてもらったりしながら一人研究している。 アビスに汚染されたハツカネズミを検体に、あらゆる試験薬を試している。大抵死ぬか、進行が止まらず殺処分してアビスに投棄だけどね。 そんな最中、見知らぬ誰かからメール。指示するまでもなくメールの内容をコロナが解析してくれる。 へぇ、そういう。なかなか、楽しそうじゃない?ロベリアと会う約束はしてたと思うけど…先にこっちの探求をしてみましょうかぁ♪ もし何かしらあったら、コロナ。後のことは任せるわぁ。間違えても投棄だけは忘れないようにねぇ?
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●動機 ロベリー、メールに何か来てるよ? ありがとうアーモンド!何だろう…。 何これ…?ニーアにも聞いてみようかな。 ●目的 現実世界で「アーソン・ダイト」「シルバーリーフ」「サーヴィン・エデン・サテライト」について調べる。 あと電脳空間に取り込まれた人々を救う手段を探す。 ●行動 変なメールが来たし、ニーアにも聞いてみようっと。こんにちは、来たよニーア! あれ、戸締りは…開いてる!?大丈夫なの、ニーア!? 気を失ってる…のかな。 ん?この画面に出てるのって私が見たメールと同じ…? もしかしてこれを押したら取り込まれるとか…! 取りあえず、情報収集は大事だよね。 このアーソン・ダイトって誰なんだろう。 ログロムで聞いて回ってみよう。ついでにシルバーリーフも、あ、サーヴィン・エデン・サテライトも! 待っててねニーア。私が助けるから! 戻ってこれたらまゆゆさんたちの女子会行こう! お菓子が私たちを待っているんだから!
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空屋
( シロア )
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ヒューマン | スナイパー | 23 歳 | 男性
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メールを破棄する、理由はハッカーではなく専門的知識も無いためVR空間で何かしらのトラブルがあった場合対応が出来ないから メールは朝起きた時に届いてる シロアと軽くお茶をしてから、食材を買いに行く
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参加者一覧
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まゆゆ
( ゆゆゆ )
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ヒューマン | ハッカー | 15 歳 | 女性
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ニーア
( コロナ )
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フェアリア | マッドドクター | 6 歳 | 女性
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空屋
( シロア )
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ヒューマン | スナイパー | 23 歳 | 男性
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リザルト
●アカディミアの夜更け
夜空に浮かぶ月を背にし、第七位空挺都市アカディミアが静かに空を漂っていた。人口の70%が学生という若者の街で、どこか浮ついた空気が漂う。そのなかでも第7学区は、教職員や一般職員向けということもあり、比較的静かで落ち着いた環境となっている。デモニック・ハッカーの『Truthssoughter=Dawn(トゥルーソウター ダーン)』もそんな環境が気に入り、ここに居を構えている一人だった。
「また論文を読んでたんですか?」
ベッドに寝転び論文を読んでいるトゥルーソウターの顔を『lumiere=douceur(リュミエール ドゥサール)』がのぞき込む。
「研究も結構ですけど、睡眠も大切ですよ」
リュミエールが微笑むと薄紅藤の髪がふわりと揺れた。
論文や専門書を読み始めると時間感覚が薄れてしまうのがトゥルーソウターの悪い癖だった。確認してみれば午前2時という有様だ。
「ねっ」
笑顔のリュミエールが人差し指を立てて念を押した時だ、端末にメールが着信したことを伝えるジングルが鳴った。覚えの無い差出人だ。あまつさえサブタイトルが「招待状」である。
「あからさまなダイレクトメールだね……。念のためアーソン・ダイトを検索してくれるかな」
「任せて……、っとそう言っている間に検索完了でございます」
「どんな感じだい?」
「崩壊前の更に前に居た人物でディナリウム帝国成立期より少し後の人物で、帝国の愚民政策に嫌気がさし、国を出奔した魔術師のようでございます」
経路情報は衛星経由で巧妙に隠されていたが、最終的にログロムのサーバが使われていることが判った。アドウェアとウィルスのチェックを済ませ、問題が無いことを確認しトゥルーソウターはメールを開く。
「仮想現実だけでも、観に行ける……というのは良いですね」
トゥルーソウターは端末を操作し、表示を空間投影させた。眠くなるまでこのVRを楽しむのも良いだろう。遙か昔に失われた世界だが、記録として残されている世界を観光するのも悪くない。
二人は同時にボタンに手を伸ばした。二人の指先がボタンに触れた瞬間、意識がサイバー空間へと放り出される。
「リュミエールは!」
咄嗟に周囲を見渡すと、現実と同じ姿で隣にリュミエールが浮いていた。トゥルーソウターは、ほっと胸をなで下ろしリュミエールに手を伸ばした。広げたその手にリュミエールは恐る恐る手を伸ばす。互いが触れ合う感覚が伝わり、トゥルーソウターは、そのままリュミエールを抱き寄せた。
「はわわわわ……」
顔を真っ赤に爆発させたリュミエールは、初めての感覚に戸惑いと恥ずかしさを隠しきれずに顔を押さえている。そんなリュミエールの頭をトゥルーソウターが優しく撫でた。
「リュミエールには、日頃……色々と、世話をやいてもらってますけれど……こんな所でもないと、頭を撫でる事も難しい……ですからね、ありがとうございます」
情報が渦巻くトンネルの先に光が満ち、二人を包み込んでいく。見つめ合う二人はきつく抱き合ったまま光の渦へと溶け込んでいった。
●かしまし!──真昼の女子会!──
青空にぽっかりと浮かぶ第七位空挺都市アカディミアに真夏の日差しが容赦なく照りつけていた。突き刺さるような太陽光線が容赦なく照りつけ街を焼いていく。あまりの熱気に陽炎が揺らめき、学生寮の姿をゆらゆらと歪めていた。
そんな学生寮の一室で三人の少女がガラステーブルを囲み談笑していた。
「私、思いきってたくさん持ってきちゃいましたっ!」
そう言って『舞鶴冬花』が開いた鞄の中には、女子力という名の戦闘力が高そうなおやつが詰め込まれていた。その中身の充実っぷりに、『まゆゆ』と『朔代胡の枝』が歓声を上げる。
「私も用意したんだー。見よ、この秘蔵のおやつをっ!」
ふんすと息巻いて胡の枝が取り出したのは、アカディミアの洋菓子店の中でも一番人気、購入するにも三ヶ月待ちといわれる店のエンブレムが入っている包みだった。
「こ、この包みはあの有名な……」
包みを前に冬花が感動にうち振るわせた両手を包みに伸ばす。
「あ~、これはやっちゃいけない事をやっちゃっているのですです」
口に手を当て、含み笑いを浮かべたまゆゆが目を細めた。
「コノエハナニモシテナイヨ……」
包みを胸に抱き、盛大にしらを切る胡の枝の視線の先で、ガラステーブルの上に置かれた端末がきらりと光る。
「胡の枝さんに割り込まれた人には悪いですが……」
「美味しくいただきますですよ!」
「二人なら……、そう言ってくれると思っていたよ!」
胡の枝が用意した菓子皿にクッキーを広げ、ブルーベリーとイチゴが乗ったズイバックチーズケーキを皿に取り分ける。そのお菓子達は匂いだけでもその美味しさが容易に想像できた。
「それでは……」
三人は、神妙な面持ちでチーズケーキと向き合った。一拍おいて、同時に「戴きます」と手を合わせる。これまた三人同時にフォークを手に取り、ケーキを口へと運んだ。
三人の脳内に電流が走る。口に含んだときに広がる滑らかな舌触りとクリームチーズのほのかな酸味、そのあとすぐに砕いたチョコとクッキーの生地がふわりと溶けて甘さが広がっていく。
「美味しい!」
冬花がうっとりと頬に手を当てる。
「これは確かに美味しいのですよ。この際、カロリーのことは考えないのですです」
まゆゆも満足げにフォークを咥えている。
「ボクも頑張った甲斐があったってものだよ! ほら、イチゴと一緒に食べるとまたちがった味わいが出て……。もう幸せ……」
満面の笑みを浮かべる三人は、次々とケーキを口に運ぶ。そんな時だ。三人の携帯端末にほぼ同時にメールの着信を知らせるジングルが鳴った。
「同時とは珍しいのですよ」
三人は自分の端末を取り上げるとメールを確認してみた。
「まゆゆ君、どんなメールでした?」
「え、知らないアドレスで、知らない人からのメールですです。コノ氏は?」
「胡の枝もだよ」
二人は顔を見合わせ、すぐに冬花へと視線を向ける。
「え、え!? 私もですよ」
三人が自分端末を付き合わせて確認してみると、全く同じ文面でメールが送られていた。
「このサーヴィン・エデン・サテライト、前に聞いたことがあったような……」
まゆゆは掌をポンと叩き、ブロントヴァイレス事件の時に助けた少女が言っていたことを伝える。
「そういえば有りましたね」
冬花もすぐにその事を思い出し、その時の状況を胡の枝に伝えた。
(うーん、中身はどう見てもテンプレなチェンメだよねー)
胡の枝は腕組みして首を捻る。
(このメールから真偽を測るのは難しいと思われますわ)
頭の中でカメリアがそっと囁いた。鎌首をもたげた好奇心を満たすためにも、判らない事は調べるに限る。
「カメリアー、アーソン・ダイトとシルバーリーフの検索っと」
「了解ですわ。この私にお任せを!」
『カメリア』は、赤い瞳をカッと見開きサイバースペースへと潜り込んでいく。胡の枝を横に、二人の目がきらりと光る。
「ゆゆゆ、こっちも検索! よろしくなのですよ」
「お呼びとあらば即参上。お任せあれ篠峰さん!」
「私をその名で呼んではだめなのですです、ゆゆゆ氏」
「てへっ!!」
指を立て頬を膨らますまゆゆに、『ゆゆゆ』はぺろっと舌を出して答えた。
冬花は無言で自分の端末を叩き始めていた。その滑らかな手さばきは、まるで指が分裂しているのではないかと思わせるほどだ。
実時間にしてものの数分で三人は端末から顔を上げた。
「どうだった?」
胡の枝が二人を見回し恐る恐るきいてみた。
「恐らく同じ結果のような気がするのですです」
「お、おなじく……」
そう、三人の言うように情報を検索した結果はほぼ同じ内容だったのだ。
アーソン・ダイトは遙か昔、ディナリウム帝国時代の天才魔術師であること。彼が国を出奔しシルバーリーフを作り上げたことが知られていた。シルバーリーフはディナリウムから遥か東に作られた小さな都市国家で魔術師達が集まって暮らしていた都市である、ということ。その都市は、大地が失われた時点では確かに存在していたが、現在の状況は不明であることが判った。
(カメリア、どう思う?)
(特に問題無いかと思います。サテライトも一般的なVRパークみたいですし)
(だよね、だよね!)
「コノさんはさくーっと行きたい気持ちなんだけど、まゆゆ君と冬花君はどうする?」
胡の枝は興味津々、ワクワクが押し寄せてくるのかそわそわしている。
「私は構わないのですよ」
「私もです……」
冬花は家中の戸締まりを確認した。何が起こるか判らないので、と『ロベリア』、『ニーア』へメールを送る。
「お待たせです……」
三人は自分の端末を手に取った。せーの、と呼吸を合わせ、ほぼ同時にボタンを押す。全身の感覚が薄れていく。
気がつくと三人は情報が光となって流れるサイバースペースに放り出されていた。まゆゆは、二人が一緒に居ることにほっと胸をなで下ろす。
(前のあの子も、ここに来ていたのでしょうか……)
一方、胡の枝は、この空間に来てすぐカメリアに呼びかけてみたが、彼女からの返信はない。
(外部への連絡は……。無理っぽい)
冬花は二人が居ることに安堵し、帰って女子会の続きができるだろうか、などと思うのであった。
情報が駆け巡るサイバー空間の中を三人が流されていく。その先は光が集まり見通すことができない。
●奇妙な天秤
都市の修繕がほぼ終了し、第一位空挺都市レーヴァティンの住居区は久々の平穏を取り戻していた。そんな住居区の片隅に『ニーア』の住む部屋がある。
窓にはブラインドが下ろされており直射日光が入るのを遮断している。部屋中に実験用の機器が並び、薬品棚には瓶が所狭しと並べられていた。
毎日を研究と快楽に費やす毎日。その多くの時間は抗アビス薬の開発に充てていた。
故郷の生き残りとして、父様の遺品を昇華させる為。アニマの『コロナ』に機器の調整をしてもらったりしながら一人研究していた。
巨大な椅子に座る小柄な女性が籠に入れられたマウスを観察していた。研究台に向かうその姿は6歳児ほどに見えるが立派に成人している。彼女はフェアリアなのだ。
「これは汚染度1ってところかな」
体毛の隙間からうっすら見える黒い痣を確認し、ニーアはニヤリと笑う。裂けた右頬からだらりと涎が伝い、それをボロボロになった白衣の裾で拭う。
「この試験薬は……」
ニーアは箱から取り出したアンプルから薬液をシリンダーへと移しマウスに注射した。
「コロナ、どうなると思う」
ニーアはマウスをそっとケージに戻した。その傍らに赤い髪の少女が寄り添うように立っていた。ニーアは黒曜石の様に輝く瞳でマウスを見つめた。
「神のみぞ知るといったところであります」
「ま、そんなところだろうね」
ニーアは経過観察を続けた。まるで沼の底の様な暗い瞳がじっとマウスを見つめている。10分ほど経ったときだ。マウスが全身を痙攣させ微動だにしなくなった。ニーアはフンと鼻をならし、マウスの状態を確認する。
「あぁ、ダメねぇ。死んじゃったわぁ」
「廃棄は特殊機器で隔離してからですよ」
何処かうっとりとしたような表情を浮かべ、ニーアがマウスをゴミ箱に放り込もうとしたのを、すんでのところでコロナが注意した。
アビスに感染した生物は、属に「悪魔的になる」と言われている。感染したが最後、致死率は100%。しかも、感染者に触れれば伝染する危険さえあるのだ。個人で研究するにしても正気の沙汰ではない。
「メールが来たであります」
唐突にコロナがメールの着信をしらせた。
「はぁ~、誰からよ……」
「アーソン・ダイトと書いてあります。アドレスもこちらは未登録であります。なお、送信元のサーバは巧みに隠蔽されログロム以降は追跡不能と……。ウィルスやマルウェアの危険性はなさそうです。発信者に心当たりありますか?」
「とりあえず本文見せて」
「こんな感じですけど」
コロナが端末に文面を表示させる。
「何にしても、招待状なんて怪しいでございますね」
コロナは、端末からメールを削除しようとしたが、頬を染めたニーアがそれを制止した。
「そういうのって……素敵に、気持ちよさそうじゃなぁぃ?」
「……また、この人は」
この人はこういうものなんだ、とコロナは言葉をのみ込んだ。
「ロベリアと会う約束はしてたと思うけど……先にこっちの探求をしてみましょうかぁ♪ もし何かしらあったら、コロナ。後のことは任せるわぁ。間違えても投棄だけは忘れないようにねぇ?」
もったいつけるように掌で端末を転がし弄んだのち、何処か恍惚とした瞳でニーアはボタンを押すと、まるで操り人形の糸が切れたようにニーアの全身から力が抜けた。
コロナが特殊廃棄物業者の手配を済ませた頃、唐突に呼び鈴が鳴った。コロナが玄関のカメラにアクセスすると、青い瞳が印象的な少女がひらひらと手を振っている。どこか安心し、コロナは玄関の鍵を解除した。
「こんにちは、ロベリア」
「こんにちは、コロナさん。ニーアは……、コロナさんが居るということは居ますよね」
『ロベリア』は玄関からひょいと奥をのぞき込んだ。
「居るといいますか、居ないといいますか……。奥へどうぞ」
研究室に通されたロベリアが見たものは、椅子に座ってぐったりしているニーアの姿だった。
「……気を失ってる?」
ニーアを指さしたロベリアがぼそりと呟く。
「どうやら全感覚を投入してサイバースペースへダイブしてしまったようで……」
「そうか~、ってこれ!!」
ロベリアは、ニーアの膝に放置されている端末の画面を見るなり、飛びつくようにそれを拾い上げる。
「わ、私もこのメール来てですね。で、あんまりにも怪しかったんでニーアに相談してみようかなと思って訪ねてきたんですけど……」
「不用意に押さなかったのは賢明な判断だったと思います」
ロベリアは、意識の無いニーアの頬をつんつん突いてみるが反応が無い。暫くニーアを観察していたロベリアだが、頬をポンと叩いて鞄から端末を取り出した。すぐに戻ってこないっていうことは、向こうで何かあったのかもしれない。
「待っててねニーア。私が助けるから!」
ロベリアは、ログロムの技術者や友人達、情報を得られそうなところに次々とアクセスしていく。
「アーソン・ダイト。古代の魔術師か。ふむふむ」
ロベリアは自分の端末に入手した情報を書き込んでいく。
「シルバーリーフは、崩壊前まではその存在を確認と……。現在の位置は不明か」
自分が住んでいる宙域の地図ですら日単位で書き換わるこのご時世、こりゃ滅んだな、とロベリアは思った。
「で、サテライトは一般的なVRパークでサーバはログロムに設置されてるのね。うん、ごく普通のサービスみたい。当然、自分の意思でログアウトする必要があるわけで、そうでなければ強制的に回線を遮断な訳だけど……」
ロベリアはそう呟き、コロナの返事を待った。
「お楽しみを邪魔しないで、なんて言いそうですね」
「そうですよねー」
コロナの返事に、たはーっとため息をつき、ロベリアは椅子でぐったりしているニーアを見つめた。
「一体向こうで何をしているんですかね……」
ロベリアがニーアに顔を近づけると、ニーアの目がカッと見開き、ロベリアの肩をがっしりと掴む。
「ひゃ、ひゃいぃぃぃ!」
あまりに唐突だったので、ロベリアは情けない悲鳴を上げてしまう。一瞬硬直してしまったが、飛び込むような勢いで、ロベリアはニーアに抱きついていた。
「ふああっ、戻ってきたんだね!」
ロベリアは満面の笑みを浮かべ、もう一度ニーアをきつく抱きしめた。
「おーもしろくなってきたわぁ……」
ロベリアの耳元でニーアの熱い吐息がふっと吹きかけられる。
(今日はこれから女子会行くし、こんな楽しそうなこと彼女らに教えてあげないとねぇ)
ロベリアが顔を真っ赤にして悶えてしまうのを、ニーアはクスクスと笑って楽しんでいる。そんな二人の端末に同時にメールが届いたのは、そのすぐ後だった。
●それっていいのか! いいんだな! っていうお話
カンナカムイの夜は静かで、木々の隙間をさやさやと風が通り過ぎていった。月の光が優しく周囲を照らし、空き地に作られた粗末な小屋をボンヤリと浮かび上がらせる。
「あ~、魔法少女も楽じゃ無いわ……」
家に入るなり『フィール・ジュノ』は砕けるようにベッドに倒れ込んだ。その服はボロボロで、あわやいけないところが見えてしまいそうだ。
「今日も大変な目にあった。正式な依頼じゃないから報酬もないし、服はボロボロだし……」
吐き出すようにそう言うと、そのまま枕に顔をうずめた。力を抜くだけで眠ってしまいそうになる。そんなフィールの枕元で、不適な笑み浮かべ『アルフォリス』が胡座をかいていた。彼女はアニマであり、フィールにしか認識できていない。
「このまま寝かせてよ、アルフォリス」
枕に顔を埋めたままのフィールがだるそうに呟いた。
「うむ、静かにしてるからさっさと寝るのじゃ」
「その返事がすでにうるさい……」
そんなフィールの睡眠を妨げるように端末からメールの着信を知らせるジングルが流れる。
「んあ、メール……」
最後の力を振り絞り、フィールは端末を確認する。
「悪戯メールか」
そのままポイと端末を投げ捨て、フィールは再び惰眠を貪ろうと目を閉じたが、アルフォリスの叫びがそれを許さなかった。
「だああああ、寝るなーっ!」
「頭の中で怒鳴らないでくれる!!」
頬を膨らませフィールは跳ね起きた。そんなフィールをアルフォリスが真剣な目で見つめる。
「サテライト、か。どうやら、フィールにはよほど縁があると見える」
精一杯真剣さが伝わるよう語りかけたものの、フィールはそれを聞くまでもなく体をベッドに横たえていた。
「って、何無視しようとしてるんじゃ。押せ! そこには、おぬしが知るべきことがある……はずじゃ!」
疲れた、何もしたくない、眠いの三拍子もあいまって、フィールは憮然とした表情でアルフォリスの話を聞いていた。
(変なメール……無視するに限るーっ! でも、アルフォリスが意味深なことを……)
不信に思いながらもフィールは端末の画面をタッチした。
フィールの意識が遠のき、そのままベッドに崩れ落ちる。
「今じゃ、撮影タイムの始まりじゃ」
アルフォリスが操作するドローンが音も無くフィールにせまり、次々と写真を撮りまくる。これぞ、探求者として収入が殆ど無いフィールが生活できる秘密なのだ。
「こやつの生活費を稼ぐ為にも、撮影じゃ撮影。『あどけない寝顔だけ』、『ボロボロの服込み』等を角度を変えて撮影じゃ」
デジタル特有の偽造対策もばっちりで、アルフォリスは専用業者に依頼しシリアルナンバーを入れた物質カードを製造していた。もちろん、裏には色々と情報を書き込んで価値を高めている。
ひとしきり撮影し、今度は販売しているサイトの予約状況を確認する。
「よっしゃ、よっしゃ……」
そこに並ぶサムネイルは全てフィールの姿だ。アルフォリスは手慣れた操作で先ほど撮影した画像を並べていく。
「普通のカードほど安く、適当な情報を。露出の多さ、撮影が難しい表情などは高めに設定じゃ。絶対領域の【チラリズムカード】、魔法少女姿でいろんな場所がボロボロになった【絶体絶命カード】は超高値じゃ」
そんなことを言いながら鼻歌交じりに作業を続けた。
カンナカムイの夜は静かで、木々の隙間をさやさやと風が通り過ぎていく。月の光が優しく周囲を照らし、空き地に作られた粗末な小屋をボンヤリと浮かび上がらせていた。
●これが平穏な日常
テストピアの巨大なアンテナに曙光が反射し煌めいた。あらゆる情報が錯綜する街。それが第五位空挺都市・情報旅団テストピアである。
朝日が差し込むリビングで『空屋』は珈琲をのみながら昨夜のうちに届いていたメールを確認した。
「差出人は、知らない奴だな」
空屋はあからさまなダイレクトメールの体をなす本文をみるや、それをゴミ箱に放り込んだ。
「いいんですか、空屋様」
頭の中で『シロア』がやさしく語りかける。
「いいんだよ。これは自分がどうこうできるもんじゃあないんだ」
微笑んだ視線の先で小柄なアニマの少女が心配そうにこちらを見ていた。とはいえ、彼女に実体があるわけではない。アニマは精神のみの存在なのだ。
「さあ、そろそろ買い物にでも行こうか」
「はい、空屋様……」
歩幅の大きい空屋に離されまいと、シロアは早足で後ろを追いかけた。買い物用のドローンを制御しつつ、ちょこちょこ小さな歩幅をフル回転させ空屋の後を付いていく。
「シロア、早く来ないと置いて行ってしまうぞ」
空屋が首だけ振り向きシニカルな笑みを浮かべる。
「それじゃあ荷物は空屋様に持って戴くことになりますね」
荷物を運ぶためのドローンをフラリと反転させ、シロアは喉の奥でクククッと笑った。
「今日は何を食べたいですか、空屋様」
ショッピングモールに着くなり、シロアが空屋に呼びかけてきた。
「何でも良いよ」
「それじゃあ一生献立が決まりません!」
空屋の目の前に詰めより、深紅の瞳でぐっと見上げる。その目に弱いんだよな、と空屋は頭をポリポリと掻いた。
「それじゃあカレー……」
「お、カレーですね。お任せを!」
すこしぶっきらぼうに言ってしまったが、シロアはにっこり微笑んでいた。
「ジャガイモに~、人参に~」
シロアが野菜の鮮度や産地を選び、空屋がそれを買い物籠に入れていく。程なく買い物籠はカレーの材料で一杯になっていた。
レジを通し、買い物袋をドローンにつり下げてみると、さしものドローンも出力全開でふらついている。
「たはは、張り切りすぎて買いすぎちゃいましたね」
「たまにはこういうのも良いんじゃないか?」
「そう言って頂ければ幸いです」
ショッピングモールを出てみると、太陽が真上に差し掛かろうとしている。思わず空屋は額に手を当て目を細めた。すると、シロアがトーンと一歩踏み出し、空屋の前でクルリと反転した。少し遅れて彼女の白い髪の毛もクルリと中を舞う。そして、小さな体を大の字に広げニッコリと笑った。
「今日のカレーは美味しくなりますよ―」
そんなシロアに釣られるように空屋も笑う。
「ああ、期待してる。調理するのは全自動調理器だけどね」
「もう、空屋様ったら! それは言わないお約束でしょ!」
妙なやりとりに最後には二人で大笑いしていた。
けだるい夏の午後が過ぎ去っていく。
これが彼らの日常だった。
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