レーヴァテイン内に存在する市街地の中でも、そこは下町の下町。
貧困層が肩を寄せ合い、日々の生活にも窮する、いわゆるスラム街。
事件は、そこで起きた。
スラム街に住むひとりの青年が、最寄りのデレルバレル支部に血相を変えて飛び込んできた。
何があったのかと職員が問いかけると、青年は短く、喘ぐような声でひと言、叫んだ。
「さ……鮫だよッ!」
更に詳しく職員が話を聞き出してみると、青年がいう鮫とは、異常な進化を遂げて空を飛ぶ能力と肺呼吸機能を具えるようになった、巨大なホオジロザメではないか、というところまでは分かった。
正式な学術名はまだ付与されていないが、報告例が無い訳ではなく、現時点では飛顎(ひがく)という通称で呼ばれている。
だが問題は、その正体ではない。
青年が見た空飛ぶ鮫は、全身がほぼ漆黒に近い闇色に染まっていたということだ。
デレルバレルの職員は思わず、息を呑んだ。
「それはアビスに感染していると見て良いですね。それも、感染度がそれなりに進んでいる……ッ!」
感染によって漆黒の悪魔と化した飛顎をそのまま放置していれば、どうなるのか――想像は簡単だ。
大きな被害が出る前に、一刻も早く、この感染飛顎を排除しなければならない。
青年によると、この感染飛顎はスラム街の裏通りを徘徊しているとのことで、既に犠牲者が出ている可能性は十分に考えられた。
それにしても、何故そんな怪物がレーヴァテインのスラム街に出現したのか。
疑問はしかし、すぐに解消された。
「そういえば、近くのごみ焼却場で大型の通気ダクトが故障したということで、数日程、修理もされずに解放されたまま放置されていたことがありました……」
恐らく、感染飛顎はその通気ダクトを通って艦内に潜入したのだろう。
人間であれば、その凄まじい臭気と焼却場の熱に耐え切れない為、そんなところを通過しようという者は誰ひとりとして居ないだろうが、感染飛顎ならばどこから入ってきても、おかしくはない。
青年が報告した感染飛顎は、体長がおよそ5メートル。
その程度の大きさならば、あの通気ダクトを通り抜けることは極めて容易だった。
が、その時。
職員を更に戦慄させる事態が生じた。
「お、おい……ちょっと、良いかッ!?」
別のスラム街住民と思しき初老の男性が、血相を変えて支部受付に飛び込んできた。
まさか、と職員は一瞬、顔が青ざめる。
だが悪い予感というものは、得てしてよく当たるものだ。
初老の男性は、裏返った声で次のように語った。
「た、大変だ。黒くて馬鹿デカい鮫みたいなやつが、裏通りでひとを襲ってやがった……それも一匹だけじゃねぇんだッ! 三匹はいやがったぞッ!」
スラム街を徘徊する感染飛顎を退治することが、本エピソードの目的となります。
通常の飛顎は、肺呼吸が可能で空を飛ぶことが出来る点を除いては、普通のホオジロザメと同じだと考えて下さい。
感染飛顎はスラム街住民の報告から推測して、感染2もしくは3まで進んでいると思われます。
今のところ分かっているのは、目撃された感染飛顎は全部で四体で、それぞれ体長は5メートル級が二体、7メートル級が一体、3メートル級が一体です。
尚、今回感染飛顎が出現したスラム街はレーヴァテイン艦内でも特に天井が低い地域のひとつであり、上空を飛び回っての行動は構造物に衝突する危険性も高く、却って危険です。
本プロローグをお読み下さり、誠にありがとうございます。
今回は単純に、スラム街内を徘徊する化け物を探し出して討伐する、というだけのシンプルなエピソードですが、地形が複雑に入り組んだ場所での捜索と戦闘になりますので、少々骨が折れるかも知れません。
またスラム街である為、あまり高度なインフラや防犯カメラ等の設備は期待出来ません。
但し姿が姿ですので、目撃証言を追っていけば、案外すぐに見つかる可能性もあります。
しかしながら飛顎自体が、その生態に関しては不明点が多く、更に感染するとどれ程の危険度に達するのかは全く分かっていませんので注意が必要です。
もし宜しければ、参加をご検討頂けますと幸いです。
黒い食欲 エピソード情報 | |||||
---|---|---|---|---|---|
担当 | 革酎 GM | 相談期間 | 8 日 | ||
ジャンル | --- | タイプ | EX | 出発日 | 2017/7/17 |
難易度 | 普通 | 報酬 | 通常 | 公開日 | 2017/7/27 |
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
参加者一覧
ニーア ( コロナ ) | |
フェアリア | マッドドクター | 6 歳 | 女性 |
スターリー ( フォア ) | |
デモニック | 魔法少女 | 23 歳 | 男性 |
イーリス・ザクセン ( エルザ ) | |
ヒューマン | スパイ | 20 歳 | 女性 |
チュベローズ・ウォルプタス ( ゲッカコウ ) | |
デモニック | マーセナリー | 21 歳 | 女性 |
朔代胡の枝 ( カメリア ) | |
ヒューマン | ハッカー | 15 歳 | 女性 |
アルヴィン・メイス ( ステラ ) | |
ヒューマン | マーセナリー | 20 歳 | 男性 |
蛇上 治 ( スノウ ) | |
ヒューマン | マッドドクター | 25 歳 | 男性 |
日高 陽一 ( ミアナ ) | |
ヒューマン | ガーディアン | 18 歳 | 男性 |
リザルト
●初戦、3M級
埃っぽい空気が漂うスラム街のとある一角で、小さく短い叫びが静かに響いた。
「出た出た、出ましたよぉッ! 3M級飛顎一体、16番地から西三番通りを北上中ッ!」
タブレット端末を手にして、『朔代胡の枝』が嬉々とした表情を浮かべる。
スラム街住民から寄せられた目撃情報を集約し、導き出された答えが、この3M級の北上という予測進路だった。
予測としての精度は高く、胡の枝としても自信を持って伝えることが出来る。
すると数秒後には通信機の向こう側から、追撃に向かう旨の応答が次々と寄せられてきた。
仲間達の声に応じて、胡の枝は標的の刻一刻と変化する位置を彼らに伝えつつ、傍らに佇むアニマ『カメリア』に対して小さく小首を傾げた。
「それはそうとカメリアちゃん。鮫ってさぁ、鼻が弱点って聞いたけど……あんなんになっても攻撃通ると思う?」
胡の枝の至極単純且つ素朴な疑問に、カメリアはどう答えて良いか分からず、困った様子で同じように首を傾げるばかり。
だが、カメリアもアニマとして情報検索能力を最大限に活用しなければ、存在意義が問われることになる。
弾き出された確率は、80パーセント弱――賭けても良い数値だろう。
「但しこの数値も、飛顎がホオジロザメの習性をそのまま遺伝情報として引き継いでいる場合の話です。もし進化の過程でその習性が失われていたら、保証は出来ません」
「良いよ、別に。どうせこの区画には感染飛顎か、探究者のどちらかしか居ないんだから」
胡の枝は最初から、割り切っていた。
下手な考え休むに似たりという訳ではないが、まずは予測し、そして行動を起こす。
そうしなければ、いつまで経っても事態は解決に向かわないだろう。
「飛顎の検索情報です。進化したホオジロザメの可能性との情報。鼻に該当する位置への攻撃は、有効と思われますわ」
仲間達に情報を拡散してから、胡の枝はひと息入れた。
推測が間違っていたならば、更に別の弱点を探すまでだ。
「さぁカメリアちゃん。ボク達も移動しよう。次は5M級の捜索だよ。陽一君が無茶しないよう、監視しなくっちゃ」
タブレットを専用のキャリーポーチに押し込むと、胡の枝は小さく気合を入れてから別の地点に向けて小走りに駆け出した。
胡の枝が心配していることを知ってか知らずか、『日高 陽一』は狭い街路を走りながら小さなくしゃみを二度連発した。
「……誰かが良からぬ噂でもしてんのかな」
すると、傍らを駆けるアニマ『ミアナ』が幾らか呆れた様子で静かに応じた。
「朔代さんじゃないですか?」
「あぁ……そりゃあ、有り得るね」
そんなふたりのやり取りに、少し遅れて走る『スターリー』が肩を竦めて口を挟んできた。
「全く呑気なもんだな。しかし今は、鮫に集中しろ。奴ら、何を頼りに餌を探しているのか分かったもんじゃねぇぞ」
戦闘班の後衛火力として感染飛顎討伐任務に参加しているスターリーだが、如何に敵と距離を取るスタンスとはいえ、こちらが察知出来ない距離から一気に間合いを詰められたら、もうその時点で全てが終わる。
陽一とミアナに対して集中しろと苦言を呈すのは、スターリーならずとも当然の意見であったろう。
だが、感染飛顎を絶対に倒すという気合は、アニマの『フォア』ともども、非常に強い。
スターリー自身がアビスに犯されているという心情がその想いをより一層強くしているのは、間違いがなかった。
胡の枝が知らせてきた3M級とは、このまま街路を直進すれば十字路で鉢合わせになる。
陽一が、二手に分かれて挟み撃ちにするかと訊いたが、スターリーは即座にかぶりを振って、その提案を拒否した。
「単独行動はやめた方が良い。こっちの単騎での実力は連中に劣る。各個撃破する筈が、逆にひとりずつ食われたとなっちゃ洒落にもならん」
それもそうか、と陽一とミアナは揃って頷いた。
ならばこのまま十字路での遭遇戦に突入し、予定通り陽一が前に出て感染飛顎の攻撃を受け止め、スターリーが後方から主砲となって全ての火力を叩き込むという戦法に徹した方が良さそうであった。
そして丁度一分後。
四人は遭遇予測地点の十字路に飛び出した。
そこで思わず、息を呑む。
ほんの目と鼻の先に、体色の半分以上が漆黒と化した不気味な魚影が、ゆらゆらと漂っていたのだ。
周辺の住民は全てデレルバレルの誘導に従い、早い段階で避難している。周りには、感染飛顎の餌になりそうな人影はひとりとして見当たらない。
そうなると、突然目の前に飛び出してきた陽一やスターリーを、やっと見つけた餌として獰猛に襲いかかってくるのも止む無しであろう。
「鮫料理は経験無いけど、流石にこいつを食材にしようって気にはならないねぇ」
「馬鹿なこといってねぇで、さっさと仕留めるぞ」
このやり取りが、開戦の合図だ。
予定通り陽一が前に出て、3M級の巨大な顎に盾をかざして応戦に入る。
「下手に噛まれるなよッ! アンタまで感染しちまったら、余計な始末が増えて困るからなッ!」
「合点承知ッ!」
既に遠隔攻撃態勢に入っているスターリーを尻目に、陽一は盾を構えて黒い歯列の猛威に敢然と立ち向かっていった。
「さぁ獲物はこっちだ。骨までしゃぶり尽くしにおいでなさいなッ!」
鮫が血の臭いに反応する習性がこの感染飛顎にも残っていると信じて、陽一は手にした剣を振るい、自らの肩先を軽く傷つけた。
金創から流れ出る鮮血に、3M級の黒い影が素早く反応し、まっしぐらに突進してくる。
血の臭いに敏感な反応を見せるということが、この一事ではっきりと分かった。
「全く、無茶してくれる……ッ!」
小声でぼやくスターリーだが、敵の注意が陽一ただひとりに向けられたことは何よりもありがたい。
全ての意識を攻撃に集中させて、スターリーは開幕から極大の一撃を仕掛けにかかった。
●5M級への挑戦
スラム街の天井は低い。
その為、エスバイロを駆っての上空移動は非常に効率が悪いのだが、アニマに自動操縦させるだけであれば何の問題も無い。
『ニーア』は自身のアニマ『コロナ』に命じ、低い天井の隙間を縫うようにしてエスバイロを走らせ、感染飛顎の位置を特定しようとしていた。
残念ながら、周辺住民はデレルバレルの職員らが避難させており、この戦闘区域内には民間人らしい人影はほとんど残っていない。
その為、感染飛顎に襲われて抗アビス剤を必要とする急患は、ニーアの前には今回、姿を現す筈もない。
だが、感染飛顎討伐の依頼を受けた者の誰かが漆黒の牙を受けてアビスの侵食を許した場合には、その限りではないだろう。
尤も、その可能性が極めて低いことは、ニーア自身よく分かっていた。
「んん~、残念ねぇ……折角この試験薬を色々試そうと思ってたのにぃ……」
若干恨めし気な様子で手にしたタブレットを眺めつつ、感染飛顎の捜索と討伐状況を眺めるニーア。
まだ一体も討伐が為されておらず、感染飛顎はスラム街の中を悠々と泳ぎ続けているに違いない。
もしかしたら自分の目の前にも突然現れるかも知れない――という思いも無くはなかったが、しかしニーアの心を掴んで離さないのは、感染飛顎がもたらすアビスとしての災厄に他ならない。
他の探究者とは明らかに一線を画す彼女の思考は、感染飛顎討伐そのものよりも、もっと違う方向に作用していた。
だがそれでも、コロナが知らせてきた5M級二体の行方を他の仲間達に転送し、速やかなる討伐任務に繋げようとしたのは、まだニーアに多少の理性が残っている証左だったのかも知れない。
「鮫だわぁ。位置送るわねぇ」
ニーアの報告を受けて、動き出した探究者は四人。
それぞれ二手に分かれて、5M級の感染飛顎二体を同時に討伐しようと急いでいる様子が、タブレット越しに伝わってきた。
「それじゃあ、私は3M級のところにでも行こうかしらねぇ……折角持ってきた試験薬、試さないと勿体ないもんねぇ」
嬉々とした表情で呟いてから、ニーアはコロナに指示を出す。
ふたりは共に、陽一とスターリーが戦闘に突入している3M級飛顎の現在地を目指して、移動を開始した。
ニーアから転送されてきた情報をもとにして、『イーリス・ザクセン』と『チュベローズ・ウォルプタス』の両名はスラム街の北側を徘徊している5M級の討伐に奔った。
遭遇予測地点に近づいたところで、速度を緩める。
イーリスは一時的にゴーストタウンと化したスラム街を左右に眺め、何ともいえない表情を浮かべた。
「今回は、失敗は出来ないわね……」
過去の苦い記憶が脳裏をよぎる。
アニマの『エルザ』がタブレットに次々と出力してくるスラム街の地図情報と、5M級飛顎の予測進路をじっと凝視している間も、イーリスは渋い色を面に張り付けたままだった。
が、5M級の位置が次第に近づいてくると、その端正な顔立ちは緊張の色へと変じてゆく。
「さて、どうやって仕留めたものでしょうね」
両手剣を鞘から抜き払いつつ、チュベローズはアニマの『ゲッカコウ』がタブレット上に示す5M級の移動経路を静かに眺めた。
ニーアが送ってきた情報は大雑把なものであり、いざ敵を目の前にした場合には、イーリスが探る予測移動経路の方がより重要となってくる。
接近戦を担当するチュベローズと、索敵をメインとするイーリスの組み合わせは、即興でのコンビながら上手く機能しているといって良い。
「流石に全部の位置を同時に特定するのは、無理がありましたか……」
7M級の現在地が今尚不明であることに、イーリスは多少の苛立ちを隠せない。
感染飛顎の位置特定の為に必要となる初動捜索情報は、専らスラム街住民の目撃情報に頼っている。その住民達がデレルバレルの誘導で一時的にスラム街から避難してしまっている為、現在ではもう、それ以上の目撃情報は得られなくなっていた。
そうなると、後は探究者達自身で感染飛顎の位置を特定する作業に入らねばならない。
監視カメラ等のインフラがほとんど整っていないスラム街でのこの捜索は、思った以上に骨が折れた。
ニーアが上空からの発見情報を送ってくれなければ、おおよその当たりをつけることも叶わないのである。
それでも尚、最大である筈の7M級だけの姿が影も形も見当たらないというのは、異常事態であると考えるべきであった。
「ともあれ、今は目の前の5M級ですね……こいつに関しては、私が囮になりましょう」
捜索を担当するイーリスの口から、思いもよらぬひと言が飛び出してきた。
だが、そのメリハリの効いたグラマラスな体形からは想像も出来ぬ程に、イーリスの身体能力は高い。
確実に5M級を仕留める為であれば、イーリスに注意を引いて貰い、チュベローズが攻撃に専念して高い威力での一撃を後方或いは側面から叩き込むのが、最も効果的な戦術であろう。
「討伐担当の私がこんなことをいうのも変な話ですが……お願いしても、宜しいでしょうか」
「もとより、そのつもりです。戦闘組の皆さんだけに重荷を負わせる訳にはいきませんから」
チュベローズの申し訳無さそうな視線に笑顔を返しながら、イーリスは二本の探検を鞘から引き抜き、二刀流の構えを見せた。
この程度の刃では5M級を仕留めることなど到底不可能だが、細かい打撃を加えて鮫の怒りを誘い、その注意を引きつけ続ける程度のことは簡単にやってのけるだろう。
少なくともイーリスには、それだけの技量と自信が具わっていた。
「5M級飛顎、来ます」
エルザが淡々と告げる。
イーリスは腹を括り、チュベローズとゲッカコウに一瞬だけ小さく笑いかけてから、遭遇予想地点である通りのど真ん中へと駆け出していった。
一方のチュベローズは、ゲッカコウにエンチャントを発動させつつ、自らは感染飛顎が出現した瞬間に死角から必殺の一撃を加えるべく、建物の陰に隠れて技を仕掛ける態勢に入った。
5M級飛顎は、スラム街の東側にも出現している。
こちらにはまず、索敵担当の『蛇上 治』がアニマの『スノウ』を連れて、完全なる位置特定の為に急行しようとしていた。
討伐担当としては『アルヴィン・メイス』と、そのアニマである『ステラ』が駆けつけつつある。
治とスノウが先に感染飛顎と遭遇するのは想定通りだが、アルヴィンとステラがどの程度遅れて到着するかによって、その後の戦術が大きく変わってくるだろう。
「さて……アルヴィンさんから回復要請は、来るかな」
索敵と同時に、回復担当としての任を負っている治だが、正直なところ、アルヴィンの戦闘能力はほとんど把握していない。
これは感染飛顎に対しても同様で、彼我の戦力差に不明点が多い為、治としても戦闘の流れを注意深く観察する必要があった。
「おっと、居たぞ……あれが感染飛顎か」
建物の陰にそっと身を潜めつつ、治は5M級の黒い巨体を凝視した。尾の先端をこちらに向けて宙空にゆらゆらと漂っている様は、一見すれば呑気な木偶の坊にも見えるが、それは単なる第一印象に過ぎない。
まともに正面から立ち向かえば、頭から呑み込まれるのは必至だ。ここはひとまず、アルヴィンとの合流を待った方が良さそうだ。
ところが、そのアルヴィンが予想外の場所に姿を現した。
治と合流する訳ではなく、いきなり感染飛顎の目と鼻の先に飛び出していた。
アルヴィン自身も、突然漆黒の怪物と鉢合わせしようなどとは思っても見なかったらしく、一瞬、面食らったような顔を見せていた。
が、敵は待ってくれない。餌が目の前に居るのに、襲わない手はないだろう。
「おっととと……いきなりガブりってのは、冗談じゃないですよっと」
感染飛顎の強烈な顎の洗礼を横っ飛びに回避しながら、ベルトに吊るした鞘から短剣を素早く引き抜き、牽制の投擲。
これが上手く眼底部に命中し、感染飛顎の視界の一方を封じた形になった。
もともと戦闘にのめり込むタイプのアルヴィンだが、しかし熱くなり過ぎて我を見失うような戦い方は決してしない。
寧ろ、自ら取り得る戦術を幾つも融合させて、効果的且つ効率的に敵を屠るところにアルヴィンの真骨頂があるといっても良い。
「さて……7M級を仕留める為の前菜にでも、なって貰いましょうかね」
ステラの支援を受け、アルヴィンは5M級を相手に廻しても全く臆することなく敢然と立ち向かってゆく。
だがそこには決して無謀の二文字は無い。
警戒すべきは警戒し、攻めるべきは攻め、引くべきところはしっかり引くという基本原則を守りながら、感染飛顎を相手に廻して堂々の立ち廻りを見せた。
その様子を、治は建物の陰から半ば身を乗り出すようにして観察し続けている。
回復担当としての技能は、この場では不要だろう。
だがそれ以上に必要なことがあった。
5M級の、戦いぶりをつぶさに分析することである。
(体格的には恐らく、5M級は7M級に近しいところがある筈……)
治のこの予測は、大筋のところでは的中しているだろう。
実際、このスラム街は5M級の感染飛顎にとっても道幅が狭く、接近戦には不利である。それが更に2メートルも上回る7M級ともなれば、その不利益は顕著な形で見えるようになるだろう。
であれば、アルヴィンと5M級の接近戦はしっかりその目に焼き付けておく必要があった。
一方でアルヴィン自身も、この5M級との戦闘経験が必ずや7M級との決戦に於いても活きてくるとの確信を得ていた。
だからこそ、大剣を駆使した戦術は派手な大立ち回りになりながらも、その頭脳は常に冷静だった。
ところが、ここで予想外の事態が生じる。
7M級がすぐ近くにまで接近しているという情報が、ニーアから寄せられてきたのだ。
(流石に、このままでは拙いかな)
治は、腹を括った。
ここで5M級との戦闘が長引けば、乱入してくる7M級に利するばかりで、自分達はひたすら不利に陥る一方だ。
今この場で、早々に5M級を始末せねばならない。
(接近戦など不本意ではあるのですが……)
治はアルヴィンを援護すべく、建物の陰から飛び出していった。
●総攻撃
3M級は、ニーアが駆けつけるよりも相当に早い段階で始末がついていた。
陽一の鉄壁の守りと、スターリーの目の覚めるような高火力で一気に勝負を仕掛けたところ、感染飛顎は思いの外、あっさりと始末出来たのだ。
試験薬を試してやろうと目論んでいたニーアにしてみれば、ものの見事に肩透かしを食った格好だった。
「んもう、折角色々と試そうと思ってたのにぃ」
「まぁそうぼやくな」
不満そうに頬を膨らませるニーアに、スターリーが苦笑を向けた。
ところが、そんな和やかな雰囲気も一瞬で消し飛んだ。
陽一のタブレットに、胡の枝が7M級出現の報告を入れてきたのだ。その出現場所というのが、丁度現在、アルヴィンと治が5M級の討伐に当たっている東の路上だった。
ニーアが上空のコロナに確認させると、確かに不気味な巨影が東に向かっているとのことだった。
流石にこのまま放置出来ぬと判断したニーアが、治のタブレットに対して無線で急を告げた。
勿論、この場の全員が3M級討伐完了の喜びにいつまでも浸っている筈もなく、7M級討伐に向けて再度動き始めようとしていた。
最初に7M級の出現を告げてきた胡の枝は、既に東へと走っている最中なのだという。
「この3M級はどうするのぉ?」
「デレルバレルに任せよう。兎に角、東へ」
ニーアに応えつつ、陽一はいち早く足を動かし始めていた。
その後に、スターリーとニーアも続く。
一方、北側で5M級を相手に廻していたイーリスとチュベローズも、7M級出現の報が入る直前に始末をつけていた。
囮に徹していたイーリスがひたすら感染飛顎の注意を集め続けている間に、チュベローズの重たい一撃が次々と決まり、最終的には脳天を叩き潰して決着に至った。
後はデレルバレルに屍骸の始末を頼むばかりというところで、ふたりは手近の家屋に歩を寄せ、テラス階段に腰を下ろして互いの健闘を称え合い、握手を交わしていた。
「また何処かで、お会いしそうですね」
軽く笑みを浮かべるチュベローズに、イーリスも朗らかな笑みで頷き返す。
「その時はまた、こんな感じで連携したいですね」
主火力として敵を真正面から叩き潰すチュベローズと、索敵や陽動などで味方を支援するイーリスの組み合わせは、戦術的な観点では非常に理想的であった。
勿論敵の数や強さによっては、ふたりだけで対処出来ない場合も多々出てくるであろう。
それでも、お互いに得難い友を得たという充実感は、今後の探究者としての活動にも大きな糧となって存分に活きてくるだろう。
「3M級は、始末がついたようですね」
タブレットを取り出したイーリスはひと息入れながら、諸々の報告内容に目を通している。
が、その表情は次第に険しく変じていった。
どうしたのかとチュベローズが尋ねると、イーリスは最新情報が記されているウィンドウ下部を指差した。
「7M級が出た模様です。しかもそこは、5M級との戦闘が続いている場所のようですね」
「……急ぎましょう」
一も二も無く、チュベローズは立ち上がった。
東の路上では、治とアルヴィンのコンビが何とか5M級との決着に至ろうとしていた。
7M級の巨影が現れた時には流石にどうなるかと思ったふたりだが、最初に駆け付けてきた胡の枝が7M級の鼻先に照準を定め、エクステリアメルトを駆使して細かな打撃を与えながら注意を引きつけておいてくれたのが大いに奏功した。
5M級が鈍い音を立てて路上に墜ち、そのまま絶命する様を眺めていたいところだったが、そこまでの余裕は無い。
治とアルヴィンはそろそろ単独での対処が難しくなり始めていた胡の枝を援護すべく、7M級との戦闘に続けて突入。
だが、矢張り疲労の色は隠せない。
たった今、5M級を何とか撃破したばかりなのだ。この連戦は、治とアルヴィンには少しばかり酷であったといえよう。
それでも、アルヴィンは真正面に立った。
治と胡の枝を後ろに下がらせ、自らが主力として7M級に立ち向かう。
若干呼吸が乱れているが、それでもアルヴィンの表情には嬉々とした余裕の笑みが見え隠れしていた。
「さぁ、おいでなさいな。遠慮は無用」
大剣を八双に構えつつ、7M級との距離を詰めてゆくアルヴィン。
そのアルヴィンのすぐ後ろに、治が控えた。アルヴィンの身に何か起きれば、すぐにでも回復技能を駆使する為だ。
一方で胡の枝は、治から更に後方へと退き、エクステリアメルトの維持に全神経を集中させた。
胡の枝の本分はあくまでも支援であり、自らが主力となって敵を引きつけるのは緊急時に限られる。
だが、絶望感は無かった。
陽一を始めとする他の面々が、もうすぐそこまで駆け付けてきていることが分かっていたからだ。
「出来れば感染飛顎の屍骸を色々調べてみたいところですが、そんな余裕も無ければ、アルヴィンさんの判断に全てお任せします」
7M級と対峙するアルヴィンに呼びかけつつ、治は仲間達の来着タイミングをじっと計っている。
そして7M級が動くよりも一瞬早く、仲間達が駆けつけてきた。
助かった――胡の枝は、心の底から安堵した。
既に三体の感染飛顎を討伐し、経験を積んでいる探究者達にとっては、如何に巨体といえども7M級は難しい相手ではなかった。
結局、7M級は五分とかからずに討伐された。
探究者達はこの短い捜索と戦闘の間に、驚く程の成長と対応力を見せたのだ。
彼らの存在が無ければ、このスラム街は黒い食欲によって間違いなく、蹂躙されていただろう。
その後、感染飛顎の屍骸は周囲へのアビス感染防止という観点から、即日に船外へと破棄された。
依頼結果
成功
|
依頼相談掲示板
黒い食欲 依頼相談掲示板 ( 43 ) | ||
---|---|---|
[ 43 ] イーリス・ザクセン
ヒューマン / スパイ
2017-08-01 08:52:39
|
||
[ 42 ] 朔代胡の枝
ヒューマン / ハッカー
2017-07-31 21:44:54
|
||
[ 41 ] 蛇上 治
ヒューマン / マッドドクター
2017-07-31 20:00:26
|
||
[ 40 ] 日高 陽一
ヒューマン / ガーディアン
2017-07-31 19:55:09
|
||
[ 39 ] 朔代胡の枝
ヒューマン / ハッカー
2017-07-31 11:14:23
|
||
[ 38 ] アルヴィン・メイス
ヒューマン / マーセナリー
2017-07-31 09:24:26
|
||
[ 37 ] ニーア
フェアリア / マッドドクター
2017-07-31 02:52:06
|
||
[ 36 ] チュベローズ・ウォルプタス
デモニック / マーセナリー
2017-07-31 01:06:36
|
||
[ 35 ] スターリー
デモニック / 魔法少女
2017-07-31 01:02:16
|
||
[ 34 ] 蛇上 治
ヒューマン / マッドドクター
2017-07-30 22:55:16
|
||
[ 33 ] イーリス・ザクセン
ヒューマン / スパイ
2017-07-30 22:41:30
|
||
[ 32 ] ニーア
フェアリア / マッドドクター
2017-07-30 17:27:01
|
||
[ 31 ] 蛇上 治
ヒューマン / マッドドクター
2017-07-30 16:52:55
|
||
[ 30 ] スターリー
デモニック / 魔法少女
2017-07-30 01:00:42
|
||
[ 29 ] ニーア
フェアリア / マッドドクター
2017-07-30 00:56:47
|
||
[ 28 ] ニーア
フェアリア / マッドドクター
2017-07-30 00:53:20
|
||
[ 27 ] イーリス・ザクセン
ヒューマン / スパイ
2017-07-29 23:39:37
|
||
[ 26 ] 蛇上 治
ヒューマン / マッドドクター
2017-07-29 21:54:58
|
||
[ 25 ] スターリー
デモニック / 魔法少女
2017-07-29 01:06:53
|
||
[ 24 ] ニーア
フェアリア / マッドドクター
2017-07-28 03:10:09
|
||
[ 23 ] 朔代胡の枝
ヒューマン / ハッカー
2017-07-28 01:33:12
|
||
[ 22 ] 蛇上 治
ヒューマン / マッドドクター
2017-07-27 19:45:02
|
||
[ 21 ] イーリス・ザクセン
ヒューマン / スパイ
2017-07-27 15:49:58
|
||
[ 20 ] チュベローズ・ウォルプタス
デモニック / マーセナリー
2017-07-27 15:28:50
|
||
[ 19 ] 蛇上 治
ヒューマン / マッドドクター
2017-07-26 22:10:21
|
||
[ 18 ] チュベローズ・ウォルプタス
デモニック / マーセナリー
2017-07-26 09:57:31
|
||
[ 17 ] チュベローズ・ウォルプタス
デモニック / マーセナリー
2017-07-26 09:56:32
|
||
[ 16 ] アルヴィン・メイス
ヒューマン / マーセナリー
2017-07-25 22:06:50
|
||
[ 15 ] スターリー
デモニック / 魔法少女
2017-07-25 21:58:41
|
||
[ 14 ] スターリー
デモニック / 魔法少女
2017-07-25 21:55:13
|
||
[ 13 ] 蛇上 治
ヒューマン / マッドドクター
2017-07-25 20:07:31
|
||
[ 12 ] チュベローズ・ウォルプタス
デモニック / マーセナリー
2017-07-25 11:10:17
|
||
[ 11 ] チュベローズ・ウォルプタス
デモニック / マーセナリー
2017-07-25 11:09:56
|
||
[ 10 ] イーリス・ザクセン
ヒューマン / スパイ
2017-07-25 07:15:21
|
||
[ 9 ] 日高 陽一
ヒューマン / ガーディアン
2017-07-25 00:11:18
|
||
[ 8 ] 日高 陽一
ヒューマン / ガーディアン
2017-07-25 00:03:47
|
||
[ 7 ] ニーア
フェアリア / マッドドクター
2017-07-25 00:00:35
|
||
[ 6 ] 朔代胡の枝
ヒューマン / ハッカー
2017-07-24 23:54:11
|
||
[ 5 ] チュベローズ・ウォルプタス
デモニック / マーセナリー
2017-07-24 23:42:20
|
||
[ 4 ] 日高 陽一
ヒューマン / ガーディアン
2017-07-24 23:31:57
|
||
[ 3 ] ニーア
フェアリア / マッドドクター
2017-07-24 22:34:58
|
||
[ 2 ] 蛇上 治
ヒューマン / マッドドクター
2017-07-24 22:08:57
|
||
[ 1 ] スターリー
デモニック / 魔法少女
2017-07-24 21:42:22
|