プロローグ
目を開けると、世界は闇に包まれようとしていた。
一度見た光景。二度目の絶望が迫ってきている。
ブロントヴァイレスの群れ。
あなたは、それを以前にも見たことがあるのではないだろうか。
そして、もう一つ。崩れ去るレーヴァテインの姿も目蓋の裏に焼き付いていることだろう。
だが、その中でも異彩を放つ集団がいた。
レーヴァテインへと上陸し、混乱を招き入れた輩。【アビスメシア教団】。
あるものは教団に対して憤っていた。
死ぬなら勝手に死んでくれ。俺達に迷惑かけてんじゃねえよ、と。
てか、こっち来んなよ。アビスが好きなら向こう行けよ、と。
うむ、よく分かる。真っ当な意見だ。私もその意見に賛成である。
そして、またあるものは教団に対し憐れみ、嘆いていた。
何故、受けた生を自ら手放すのか。どうして、アビスに加担するのか、と。
何か理由があるのだろうか。それとも、もう救う事のできない領域にまでアビスに侵食されてしまっているのか、と。
これもまた、一理あるよな。同じ人間なら分かり合える可能性はある。情けをかけないこともなし。
「といったように、なぜか最大の脅威であるブロントヴァイレスではなく教団を叩きたいと志願した探索者諸君には、何か教団へと思うところがあるのだろうな。しかも、防衛でなく乗り込むと言い出すとは」
「うむ。だが、我々レーヴァテイン軍としても、自由に動ける探索者諸君がいち早く教団を叩きに行くことは有難いことでもある」
「故に、軍は君達を止めはしない。守備よくいったのならもちろん、報酬も出そう」
だが、と防衛小隊を任されている二人の軍人は教団の船を仰ぎ見る。
大型戦艦とその周りを取り囲む中型、小型の戦艦達。
あの中にこの少人数で飛び込むことは自殺行為に等しいだろう。
確かに、教団へ先手が取れるのならそれに越したことは無い。
だが、将来有望なこの命達をむざむざ散らせる訳にもいくまい。
問題はあの巨大なブロントヴァイレス達なのだ。
二人の軍人は頭を悩ませる。
なぜ、この探索者達はブロントヴァイレスよりも教団を優先させるのか。
まるで、ブロントヴァイレスはどうとでもなる、と考えているようではないか。
確かに攻撃は通る。だがしかし、それは微量でしかない。弱点が分かるのなら話は別だが……。
そういえば、先ほど別の探索者が【他の鱗とは逆の鱗があり、その逆鱗が奴の弱点だ】と言っていたな。
ブロントヴァイレスに近付いた探索者もいなければ、弱点に攻撃されたようなブロントヴァイレスの反応も確認されていない。
その状況でどうやってその情報を信じろと言うのだ。
やはり、問題はブロントヴァイレス。
教団は確かに厄介だが、相手は勝手知ったる戦艦だ。何とかなる確率としてはこちらの方が上。
ともかくも、あのバケモノ達を何とかしなければ……。
「ん? おい相棒。あれを見ろ」
「なんだ相棒。……あれは、教団の大型船か?」
アビスメシア教団の戦列から大きく外れる一隻の船。
距離は遠く、細かい数値は不明だが、恐らくは1キロメートルを超える教団の大型船の一つ。
それが、あろうことか。ブロントヴァイレスに近付いていくではないか。
教団の考えていることなんて分からない。
だが、一つだけ分かることもある。
それは、教団という群れの中へ探索者を突っ込ませるよりも、はぐれた一頭の羊を追わせた方が遥かに生存率が上がるということ。
ブロントヴァイレスに近付いてはいるが、まだそれほど距離が詰まった訳でもない。
ブロントヴァイレスが大型船を攻撃する可能性はあるが……。このバケモノの生態どころか目的も分からない。見向きもされずにすれ違うだけになるかもしれない。
「探索者諸君よ。あのブロントヴァイレスに近付く大型船を見てくれ」
「諸君はあの船を目指すのだ。そして、少しでも撹乱を。あわよくば轟沈させて欲しい」
「報酬は生きて帰ってくるだけでも……何? いやいや、バカを言ってはいけない」
「そうとも。近くのブロントヴァイレスを倒してくれたら、そりゃあ助かるが、そんな芸当ができるはずないだろう」
困った顔をしてしまった軍人二人を見て、あなたは口を閉ざした。
これ以上、時間を使う訳にもいかない。
自分達の身を案じてくれている二人にだって、お喋りに興じている場合ではないはずなのだ。
一同は一斉に飛び立つ。
各々の考えていること。教団への思いは違えど、進むべき空は同じ。
大型船は刻一刻とブロントヴァイレスへ近付いていた。
●アビスメシア教団ある大型船内部
「アぁ、メシアよ。アビスよ。今、やっとワタシの意味が意義が世界へと認めラレようとするのデスね」
「おお、貴方の悲願が達成される!」
「この日をどれだけ待ち焦がれたか……!」
「え、えっと……。おめでとうございます? アビスさま万歳……って言えばいいのかな……」
大型船の向かう先にはブロントヴァイレス。
このままでは木端微塵となることが明白だと言うのに、誰一人として恐怖を感じていない。
それどころか、歓喜に打ち震えている……!
「はァぁァ……。赦せ、許せ、揺るせ、ユルセ、ゆルせヨ……。ワタシはアビスへと溶ける、解ける、融けるのダ……ぁぁぁあああアあアああ!」
「許せ、許すのだ」
「溶けよう、溶けようとも」
「ばんざーい、ばんざーい……。僕、何やってんだろ?」
大型船内部には、1キロメートルを制御できるような人数は乗っていない。
その必要がないからである。
この船は死へと向かっている。
死への方向さえ見定めることができれば、それでいいのだ。
「やァぁー……。捨て駒2ヒキに新入りクン。はヒっ、ひャっ、クぅはっハ。愉しい、楽しい、タのシいネェ……」
やせ細り、眼球の血走った男は愉悦に顔を歪ませる。
その手には銀に光る指輪。その赤に塗れた視線は手を上下に振り回す少年へと向けられていた。
解説
このエピソードはグランドプロローグ「崩壊の始まり」の連動エピソードです。
イベントで起きた様々な大事件の陰で、隠された物語をエピソードにしています。
歴史の狭間、真実の隙間を埋める物語へ参加してみてください。
なお「崩壊の始まり」にて選んだ選択肢と関係ないお話でも参加可能です。
このシナリオは目的の種類が分かれています。
いくつかあるエンディングの内、辿り着きたいものを選び、それを目指して行動してください。
例としては、大型船を教団の本隊へぶつける。大型船の轟沈。教団への説得は相手を選ばないと失敗しそうです。
また、近付いてくるブロントヴァイレスへ何かするのもいいかもですね!
もちろん、プレイヤーの皆さんで新しい目標を設定して頂いても構いません。
ですが、状況は刻一刻と変わっていくことをお忘れなく。
船を奪取することができれば、軍が押収するので所有することはできませんが、一時的に動かすことはできます。
有効に活用してください。
大型船はやせ細った男が教団から持ち出したものです。
なぜか、それに対して本隊が動くことはありませんでした。
やせ細った男と戦っても、今はまだ勝ち目なんてありません。
彼は愉しんでいます。興を削ぐことができれば、あるいは……?
全長1キロメートルと言っても、今回の舞台では操縦室、船底の一部、それを繋ぐ通路。そして、船の外部といった場所がメインになると思われます。
他のところへ向かうのは構いませんが、時間を無駄に浪費しないよう注意してください。
操縦自体はアニマが行えます。
キーワードは「刻一刻」。
あなたの行動にはいつでも時間という対価を支払わなければいけません。
人数を、技術を、戦略を、知恵を。
全てを遺憾無く発揮し、時間との戦いに勝利してください!
勝利条件:生きて脱出すること
失敗条件:爆発四散
ゲームマスターより
ついに、ついに!
始まりましたね、のとそら!
新人のGM、ろいらんです!
某小説家になれるかもしれない小説投稿サイトにて、細々と妄想を書き綴らせて頂いています!
TRPGはやったことあるんですが、PBWは初めてでちょっと興奮気味です。笑
何これ、めっちゃ面白そうやん!?
えっと、恐らく私とは初めましてな方が多いと思います。
初めましてっ!
挨拶もすんだところで、文字数制限の半分を使っちゃってますが、ここで注意事項を。
私、多分アドリブが多くなると思います。汗
キャラクターのセリフだとか仕草をろいらんフィルタを通して描写しまくる気がするんですよねぇ……。
ですので、「自分のキャラはこうっ! それ以外は違う!」と確固たるものがある方はご期待に添えないかもしれません。
もし、それでもいいよ! と言って頂ける方がいらっしゃれば、ぜひ今後ともよろしくお願い致します!
【隠れた真実】教団への怒りと慈愛 エピソード情報
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担当 |
ろいらん GM
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相談期間 |
10 日
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ジャンル |
---
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タイプ |
EX
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出発日 |
2017/7/6 0
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難易度 |
難しい
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報酬 |
通常
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公開日 |
2017/7/16 |
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イワン
( アーニャ )
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ドワーフ | スナイパー | 38 歳 | 男性
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サヤ
( キリエ )
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エルフ | スナイパー | 18 歳 | 女性
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「……全く、やる事が多いですね。本当に」 大型船の後ろにエスバイロで近づいてアニマにアクセスさせ、ハッチを開ける。その過程でアニマから大型船の地図を教えてもらいながら操舵室に向かう。その際に教団のメンバーと出会ったら痩せ細った男を含めて交渉を行い、交渉が失敗し、武力行使を始めた人間に対しての措置を他の人に任せる。交渉の際は痩せ細った男を警戒し目を合わさないように、近づかないようにする。交渉中にアニマに操舵室のアクセスを行わせ、操舵権を奪うがここでは相手に気づかれないようにする。(教団のアニマがおり、邪魔をしてきた場合は速攻で離脱)その後、交渉が成功した人員を救助しつつ、エスバイロにて逃走する。その後、アニマにブロントヴァイレスの逆鱗付近へ大型船を最大出力で動かすように指示し、早めにアニマを逃走させて合流する。 「あ、後そこの貴方。このままいくと貴方死にますよ?」(万歳君へ直接指差して)
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鉄海 石
( フィアル )
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ヒューマン | マーセナリー | 15 歳 | 男性
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取り敢えず捨て駒二匹を船の外部までおびき出して船から叩き落す、ガンガン挑発して攻撃をさせて回避して体勢崩したところを船から叩き落すことを試みます 時間に少し余裕がある状態でエスバイロで脱出します
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白藤はフェネックの耳と尻尾を動かし、大型船の様子を伺う 教団員の事は鉄海さんへ任せ 大型船を奪取する事に専念する 「すまないが任せた。無理はしないようにな」 最悪爆発物等の罠があるといけない為、船内を注意深く確認する 「時津風は外を!あいつらが何をするつもりなのか分からない以上、油断するなよ!」 船底及び船の外部をアニマの時津風と手分けして確認 問題がなければ、他のメンバーと合流する
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あんなにいい船を捨てるなど教団は何を考えているんでしょうかね? 僕は中型飛空艇なら普段から操縦していますから奪取してしまいましょうか… 僕も一応軍事経験はあるので戦闘は出来ますので軍刀で応戦は出来ますが… 大型空挺なので僕のアニマ【プロテスター】に操縦は任せて僕は副操縦を担当しますよ… 「こう見えても僕は大人ですよ?」
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ALTE
( ティア )
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ヒューマン | アサルト | 25 歳 | 男性
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参加者一覧
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イワン
( アーニャ )
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ドワーフ | スナイパー | 38 歳 | 男性
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サヤ
( キリエ )
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エルフ | スナイパー | 18 歳 | 女性
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鉄海 石
( フィアル )
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ヒューマン | マーセナリー | 15 歳 | 男性
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ALTE
( ティア )
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ヒューマン | アサルト | 25 歳 | 男性
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リザルト
暗雲立ち込める大空に悠々と浮かんでいるレーヴァテイン。そこから今、飛び立った七つの影があった。
目的地は教団の軍勢からはぐれた一艦の大型艦であろうか。
七つ全てのエスバイロが脇目もふらず一直線に進む先には、ブロントヴァイレスに突っ込んでいく船が見えていた。
「……よし、それじゃ頼むぞ、『フィアル』。合図したら繋げてくれ」
「えっと、マスター。もう、通信しちゃってますが」
「冗談だろ?」
「マスターが発案された直後には既に、全アニマへ発信済みですっ!」
「……あー、その、聞こえるか? アニマを通して話してるんだが」
『鉄海 石』。このアビスメシア教団討伐へ真っ先に立候補した男。
彼のアニマ、フィアルから他探求者のアニマへ通信することで声を届けようとしたらしい。
「和鷹、フィアルから通信だ。そのまま俺に話せば伝わる」
「あぁ、そういえば時間もないし何も話さないまま飛び出したからな。作戦会議ってやつか。ありがとう、『時津風』。こちら、『白藤 和鷹』。問題なく聞こえているぞ。仲が良いのはいいことだな」
腰に注射器を携えたこの男は白藤和鷹。
大型船に近付きながらも、頭にあるフェネックの耳を動かし様子を探り続けている。
「こちらも、通信は良好のようです。石さん、でしたね。確かに作戦会議は必要でした。ありがとうございます」
自分のアニマ、『Code:siri』通称ミティスから聞こえてきた声に返答する女性探求者『黒月 メイ』。
その声はカリスマに満ち溢れており、耳を傾けない者はいないであろう。
「僕の方も聞こえていますし、恐らく全員大丈夫でしょう。さて、どこから乗り込みましょうか?」
小柄な少年『ギリュベール・デストラル』。しかし、その見た目とは裏腹に傭兵部隊【忌兵隊】のリーダーを担っている。
寡黙なアニマ『プロテスター』の意を汲み取るのは恐らく、ギリュベールにしかできないことだろう。
「どこから、か。無難なのはやはり甲板だろうな」
「いえ、和鷹さん。それでは教団員に見付かる可能性が高いです。あの船の型は操舵室から甲板が見渡せたはず」
「ほー、詳しいな貴方。戦艦マニアか?」
「さあ、どうでしょうね。あと、こう見えても僕は大人ですよ?」
「……マジっすか」
「あの、ハッチを開ける、というのはどうでしょうか?」
男同士の会話の中に凛と響くメイの声。
その内容は大型船の後ろへ近付きハッチを開けるというもの。
なるほど、それならば敵に目視される心配はなくなるだろう。
だが、しかし。
「できるのか?」
「ミティス」
「……可能か不可能かで言えば、可能です。ですが、メイ。私はそこまで器用では」
「できなければ見付かるだけ。可能であるならばやりましょう」
「えぇ……、可能なんですか?」
「ま、俺は船の外側でやりたいことあるし、その辺は貴方達に任せる」
「私も、ハッチから入れるのならそれに越したことはないな」
「そう、ですね。できてしまうのなら僕も賛成です。簡単に言ってますが、結構恐ろしいことですからね?」
「決まりですね。では、船の後方へ向かいましょう」
●船後方、ハッチ前
「これで……。はい、少し時間はかかりましたが開きましたよ、メイ」
「ご苦労様です、ミティス。さあ、行きましょうか、皆さん」
船へミティスがアクセスして数分、ものの見事に教団の大型艦はハッチが大開きとなっていた。
「うわぁ……、ほんとにやっちゃいましたよ、彼女。大型艦のハッチを開けてしまうなんて、敵に回したくはないですね」
「よし、では私は船内を探索しながら船底を目指そうと思う」
「分かりました。石さんは既に船の周りを飛び回っていますね。私は操舵室へ行こうと思いますが」
「僕もそのつもりです。ってことは、メイさんと行動することになりそうですね」
「よろしくお願いします、ギリュベールさん。それで、御三方はどうされますか?」
メイの向いた方向には、三人の探求者がいる。
『サヤ』、『イワン』、『ALTE』はエスバイロを降りると皆、一様に困った表情を浮かべる。
「実は私、これからどうするか、あまり決 まっていないのです」
「ワタシも同じようなものですね。さて、どうしましょうか」
「ま、何とかなるだろ。って、思ってたけど、ちょっとマズかったか、俺?」
「三人とも、未定。ということか」
和鷹が締めくくった通り、三人は今後の行動を決めかねていた。
ならば、とギリュベールは提案する。
「教団員が何人で、どこにいるのか僕達には分かりません。ですので、ぜひ操舵室と船底以外の船内を調査して頂きたいところです」
「そうですね。今はただでさえ人手が足りません。私達が探索できない箇所の確認をして頂けると助かります」
「なるほど。了解です。では、私達は手分けして船内の探索を行いますね」
この大型艦は広い。
そして、教団員がどこに潜んでいるのかも分からない。
打てる手は余さず打っておかなければならない。
少数での殴り込み。
この作戦は吉と出るのか凶と出るのか。
「私も船底に向かうとしようか」
「では、私達は操舵室へ」
「はい。和鷹さんもお気を付けて」
「おい、邪教徒共! そこにいるのは分かってんだ! こっちにこい! 俺が相手だぁ!」
残った三人も自分の目的地へと動こうとしたその時、乾いた空気に響くこの場にいない者の声。
アニマからの通信ではない。声の主が己の力のみで響き渡らせているのだ。
「この声は、石さん?」
「挑発しているのか。敵が彼の方へ向かってくれるのならありがたい。今の内に探索を進めよう」
「大丈夫でしょうか」
「心配せずとも、無謀なことはしないだろう。怪我をしたなら、それこそ私の本領発揮だ」
そう言って、手に持つ救急キットを少し持ち上げて見せる和鷹。
「頼りにしています。その時はよろしくお願いしますね」
「おい、どうした! 怖気付いたか? 来てみろよ!」
「急ぎましょう。石さんが挑発していられる時間、私達も有効に使うべきです」
「ああ。では、操舵室は頼んだぞ」
「船底に教団員がいる可能性もあります。また、全員無事で会いましょう」
船の中央、操舵室へ向かう二人。
アニマと船内を注意深く確認しながら船底を目指す一人。
そして。
冷たい風を切りながら、教団員相手に奮闘する男もまた、一人。
●船外
「おうおう、やっとお出ましか。そろそろ喉が痛くなってきたとこだ」
「敵さんはエスバイロを取りに行っていたのでしょうね、マスター。一人、空中で叫び続けていたマスターを見ていると、もしや無視されたのかと不安に駆られました」
「それは、悲しすぎるな。ま、出てきてくれたのなら問題はない。フィアル!」
「お任せくださいませ!」
大型艦船外。
そこでは、一つのエスバイロが浮いていた。
乗り手は鉄海石。アビスメシア教団討伐へ志願した探求者の一人だ。
彼は操舵室と思われる部屋に教団員を見付けると同時に声を張り上げた。
奥は影になってよく見えなかったが、とにかく倒すべき邪教徒は一人でも多く屠らなければ。
その思いは恐らく、今回志願した探求者の中で最も強いものだろう。
大型艦から出てきた教団員は二人。
そう。二人のみである。
ここまで大きな船ならば、もっと人がいてもおかしくない。
二人いれば十分だと思われたのだろうか?
「だとしたら、お門違いも甚だしいってもんだな」
「虫虫むしぃ……なっ、ひぃ!?」
空中での鍔迫り合い。
石がフィアルへと声をかけた瞬間、目にも止まらぬ速さで教団員へと近付いたのだ。
石のエスバイロは【ブリスコラ】。スピードは他のどの機体よりも速いだろう。
「虫退治、虫払い、虫潰しぃ……あの方から直々の指令なのだ。完遂、完遂しなければぁ!」
「っと、残念だったな。落ちろ!」
「ぐっ、う、あああぁぁぁ……」
相手が力任せに押し返してきたところで力を緩め、フィアルの操るエスバイロが後退する。
その結果、体勢を崩してしまった教団員。その背中へと無慈悲な一撃を食らわせエスバイロから叩き落とす。
もちろん、主人を追いかけようとしたエスバイロもしっかり牽制したままだ。
眼下へと落ちていった教団員の男はもう見えない。
アビスの闇に飲まれてしまえば、もう助かる道はないだろう。
「次はお前だ」
「あぁ、あぁあ。アビス様に飲まれた。なんて羨ましい。しかし、完遂しなければ。虫を、虫を潰せとあの方はおっしゃったのだから!」
「えー、私達は虫ですか。なんか、嫌ですね、マスター」
「邪教徒の言葉に意味なんてない、言わせておけ。さあ、フィアル、もう一回だ。飛ばせ!」
「はいっ!」
孤軍奮闘する男とそのパートナー。
彼らはもう一人の邪教徒も闇へ沈めんと、またしてもエスバイロと共に風になった。
●船底
大型艦ハッチ部から下へ下へと降り続ける影が一つ。
大きな耳と尻尾が特徴的なその影は白藤和鷹。
間もなく、船底と思われる場所へ辿り着くだろう。
今まで歩いてきた階段や通路には何人もの人が通った跡があった。
しかし、その教団員とは一人も出会っていない。
耳を動かし辺りの気配を探ってはいるが、誰一人として遭遇することがないのだ。
「和鷹」
「ああ、妙だな。時津風、あいつらが何をするつもりなのか分からない以上、油断するなよ」
「了解だ」
程なくして、階段を降りきり横手に一つの扉が見えた。
下りてきた高さを考えると、恐らくここが船底なのだろう。
扉へ近付き耳をすます。
何も、異常は感じられない。
いや、それでは語弊がある。耳以外での異常は感じ取っている。
「時津風、トラップの可能性は」
「扉自体のトラップはないだろう。それよりも、空気中に含まれている成分がおかしいぞ」
「ああ、イヌ科のケモモである俺にはちょっとキツいもんがあるな、これは。鼻がバカになりそうだ」
「火薬、か」
「間違いないな」
扉や、壁の隙間から漂ってくる臭いは嫌でも爆発物の危険性を示すもの。
顔をしかめ、鼻をつまみながらもゆっくりと扉を開けた和鷹の目の前に広がっていたのは広々とした船底と、至るところに山と積まれた爆弾だった。
「って感じの状況なんだが、どうするべきだろうか」
「連絡、ありがとうございます。すぐに爆発する危険性はないんですね?」
「どうした邪教徒さんよぉ! 守るだけで手一杯か!?」
「ああ。多分、ここにあるのは投下用の爆弾だ。衝撃が加わればマズいだろうが、今すぐに爆発四散ってことは無いだろう」
「処理するとすれば、アビスの闇へ全て落とすことになるんでしょうけど……」
「私、一人でできる量じゃないな」
「ですよね」
「そんなにアビスが好きなら叩き落としてやるよ!」
「……フィアルさん、石さんの声をミュートしてもらえますか?」
「分かりましたっ!」
「おい、ちょ、俺も参加させ」
「……」
きっと、現在一番体を張っているであろう男、鉄海石。
しかし、彼の大音量挑発を聞いていれば会話が進まない。
現実は非情なのだ。
「えーっと、それで、この爆弾の山、何かいい案無いか?」
「処理するのが難しいのなら、私は放置する他ないかと思いますが。石さんの援護や、他の場所の探索、和鷹さんは治療ができますからやれることは多いかと」
「そう、だな。せっかく来てみたがどうしようもないなら……」
「いえ、少し待ってください。僕に一つ、考えがあります」
通信が切れた後、船底では頭の耳を揺らしながら爆弾を運び続ける男がいた。
間違っても爆弾はさせないように、けれどもできるだけ迅速に。
「こりゃ、どう見ても医者の仕事じゃないよな」
「そう言うな、時津風。これは、今、私にしかできない仕事なんだ」
「……楽しそうだな」
「大きなことを成し遂げる、その一歩を私が作り上げているんだ。これが成功すれば凄いことになるぞ」
「ふぅん、俺にはよく分かんねぇ感覚だ」
注射器や救急キットを腰にぶら下げた人間がやることじゃない。
そんな感想を持った時津風だったが、和鷹の表情を見て自分も動き出す。
「……何してるんだ、時津風?」
「そこにあった機械と同調して爆発物を運ぶ。こういうのは俺の素体と相性が悪いから動きは遅いが」
「そうか、助かる」
「……どんなことでも、サポートするのが俺の仕事だからな」
頭脳労働向けに作られたアニマがすることじゃない。
そう思うと同時に少し誇らしい気持ちにもなる。
似た者同士の主人とアニマは黙々と、しかしどこか楽しげに作業を進めていくのだった。
●大型艦通路
「ギリュベールさん、さっきの作戦は」
「はい。僕らが操縦権を奪取することが前提です」
「軽く言いますね。ですが確かに、私達が操縦権を奪えなければそもそも来た意味がありません。ならば、絶対条件を前提にすることは間違っていない、ということですか」
「……メイさん、少し理屈っぽいって言われませんか?」
「申し訳ありません、ギリュベール様」
「どうしてミティスが謝っているんですか」
「メイはもう少し親しみやすい性格になるべきだと、私は考えるのですが」
「……操縦権を奪えず、ブロントヴァイレスに突撃。挙句の果てに大爆発して木端微塵。なんてことにならないよう、頑張りましょう」
「そのジョークは笑えません」
「あはは……、僕も木端微塵は勘弁して欲しいので頑張りましょうね」
今のはジョークだったのか、と内心で吹き出る冷や汗を拭うギリュベール。
ギリュベールさんは笑っていたじゃないですか。
今のは愛想笑いというものです。
そんな会話を聞いていては、今から死地へ飛び込もうとしていることを忘れてしまいそうになる。
もうすぐそこにこの船の操舵室がある。
ここまでの道のりで教団員と出会うことはなかった。
全員、石さんの方へ向かったとは考えにくい。とすると、何故?
少しの違和感が残りながらも、その足は着実に進んでいく。
ブロントヴァイレスも近付いている。
このままでは間違いなくぶつかる。
さっきメイの言っていたことが現実になってしまう。
それだけはなんとしても阻止しなければ。
「ここ、ですか?」
「ええ。船の構造上、この扉の先が操舵室でしょう。丸窓は布で覆われて見えなくなっていますね」
「突入するしかありません」
「ですね。行きましょう!」
扉を開け、操舵室の中へと入る二人。
両手剣を構えるギリュベールと、楽器を弾こうとするメイ。
しかし、目の前の光景を見たメイの手が止まる。
舵輪の前で顔を覆っているやせ細った男。
その指の間から見詰めているのは壁にもたれて座り込んでいる少年。
そして、その周りを取り巻くのは得体の知れない黒い物体。
アメーバのようなそれは、オーピム。
アビスから産まれた、危険物質……!
「アは、こンにチハ」
「いけない! あの子を守らないと!」
「くそ、周りのオーピムは四体、か? あの男にも二体くっ付いてる。とにかく、今は子供の方を!」
襲われていた子供の精神を落ち着かせようと楽器を鳴らしながら、オーピムとの間に立ち塞がる。
素手での戦闘は有り得ない。
楽器で殴りつけるか? そんなことをすれば演奏が途切れる。
しかし、他に武器は……。
「やっ! っと、君、今は楽器の他に武器がないんでしょう。あんまり無茶はしないでくださいね」
「あ……。すみません。冷静さを失っていました」
「やっぱり、そうだったんですね。演奏も効果が出ていないようでしたから」
「え、そんな。なら、この子は!」
「わ、どうしよ、こっち向いちゃった。え、えっと、僕に何かご要件でしょうか……?」
その表情はこの状況下で浮かべるものとしては異常であると言う他なかった。
淡々とした日常。通常通りの愛想笑い。
今、まさに命の危機に瀕していた少年が浮かべていい表情ではない。
恐怖を味わっていた人間ができるものではない。
「あれ。アレあれアレ? 無視? アナタ達、ワタシをムシしてます? ソレはいけない。虫がワタシを無視するなんて、あってはいけない。やってはいけない」
「メイさん、その子はお願いします!」
「い、いえ! 何とかあの人も説得して」
「見てください! あの人に纏わり付くオーピムを! あれはもう感染しています。僕達の言葉が通じるかも怪しい!」
「お仕置き。オシオキ? どうスル。ドウしまショウ? 毟る、蒸してみる? あハぁはァー……」
少年を含む三人を取り囲んでいる残り三体オーピムが距離を開ける。
しかし、それは嵐の前の静けさと言えるもの。
次に動くタイミングで一斉に襲いかかってくるだろう。
だが、こちらの準備は整っていない。
時間を稼ごうにも言葉が通じないならどうしようもない。
「あのー、音楽隊の方ですか? どうして僕の家に?」
「貴方は今、オーピムに襲われていたんです。何か異常はありませんか? 違和感のあるところは?」
「目の前に知らない人がいること、でしょうか」
「いえ、そういうことではなくて……。すみません、ちょっと失礼します。……っ! ミティス! 今すぐ和鷹さんに連絡を!」
男とオーピムへ相対しているギリュベールの後ろでは、メイが少年の状態を確認していた。
ちぐはぐな会話だったが、少年の首元を見たメイの顔色が変わる。
そこには小さな、しかし紛うことなき黒い点が。
それはアビスに、感染した証拠。
「大丈夫。和鷹さんが処置してくれます。きっと、レーヴァテインに戻れば進行を食い止めることができますから……!」
「えっと、僕の家はここです。出るつもりはありません」
「……貴方、このままいくと死にますよ?」
「え? でも、オジさんが」
「でもじゃないです。この船は死へと向かっています。美味しいご飯を食べて、汗水たらして働き、皆と笑い合う。でも、死んでしまっては何も生まれない。何をする事も出来ない。それで、本当に良いのですか?」
「……お姉さん」
「選択してください。貴方の道を、選んでください」
俯く少年。
齢八歳にして、人生の選択である。
しかし、時間は待ってくれない。
やせ細った男は、動き出す。
「オシャベリは終わりましたぁ? 新入りクン、騙されちゃあ、だーめデスヨー」
「オジさん……?」
「ふふ、フフふフ……」
「ギリュベールさん!」
「ダメです、また失敗して……。間に合わない!」
「……やレ」
「ちょーっと、待ったぁー! 突っ込めフィアル!」
「行きますですっ!」
オーピムへと命令を出そうとした瞬間。
操舵室へと飛び駆ってきた機体が一つ。
大きな声で空気を震わせ、超スピードで操舵室の、甲板を見渡せるほど大きな窓へと突っ込んでくる。
それは、ブロントヴァイレスに近付くことでアビスの闇に侵食されていたからか。
アビスメシア教団の管理が行き届いていなかったからなのか。
はたまた、石自身の強運が為せる技だったのだろうか。
激突。
刹那、耳をつんざく破砕音。
ガラスが割れ、破片と一緒にエスバイロが転がり込んでくる!
「おらぁ! 邪教徒の親玉! 一発貰っとけ!」
「虫は潰せと言っタ。痛っタ。逝っタだろぉォ!」
「ヤバい! フィアル、回避!」
振り向き様の殴打。
やせ細った男の弱々しいものだった。
そのはず、だった。
その音は到底人間の腕を振って出せる音ではない。
空気を力でねじ伏せ、従える。
剛腕。そんな言葉では生ぬるいほどに強力。
「あっぶねぇ……。なんだよ、今のパワーは」
「君は本当に無茶なことをするね……。救難信号を受け、エスバイロで来たんだが。私は何をすればいい?」
「和鷹さん、この子を! あ、待って動いてはダメです!」
「オジさん」
オーピムに襲われていた少年が立ち上がり、男へと近付く。
その目はいつも通りで。しかし、どこかが違っていて。
「オジさん、さよなら」
「……新入りクン? さよなら? バイバイ? 逢えない? さよならさよならさよならぁぁぁぁぁぉぉぉ」
「来た! 掌握完了。みんな、伏せてください! プロテスター!」
大型艦、急停止。
石のエスバイロや、床にしがみついた者はその場に踏みとどまることができた。
しかし、呆然としていた男は慣性に引かれる。
前方の窓は無残にも破壊されたまま。
一瞬の内にやせ細った男は彼方へと吹き飛んだ。
●船外
ブロントヴァイレスの悲鳴と爆発音が響き渡る。
船のコントロールを完全に奪ったギリュベールは、石の見付けていた弱点へ的確に船を突撃させた。
そして、着弾と同時に爆発。
和鷹とそのアニマ、時津風が船の前側へ運んだ大量の爆弾に衝撃が加わり、大爆発を起こしたのだ。
ブロントヴァイレス轟沈。
それは余りに大きな出来事であった。
「ここが、レーヴァテインですか。大きなお家ですね」
しかし、当人達は何よりも、八歳の子供を救えたことに喜びを感じていた。
少年の首にある黒点は、広がる兆しを見せなかったのだ。
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