プロローグ
●時の狭間に忘れた者、時の狭間で持ち続けた者
「きっと来ると思ってたわ。【陸觝(くがて)】」
「ほう……久しいな。【時雨(しぐれ)】」
クガテと呼ばれた男は、眼前に立ちふさがる1人を真っ直ぐに見つめる。
その人物は辺境の浮島で共に生まれ、共に空に憧れ、旅に出た存在であった事を忘れたわけではない。
三日月の昇る夜。空を見上げる度に、彼女の顔に刻まれた傷が彼の心をざわつかせていた。
「不思議なものよね。最初は貴方が示す夢がとってもキラキラしてて、毎日が未知の連続だった。でも……今は違うわ。貴方のしようとしている事は、全然キラキラしてないもの」
「空の世界はキラキラしたものではなかった。それだけの事だ」
男の返答に、先程シグレと呼ばれたその人は肩をすくめてみせる。
「ソライズナ思想を抱いた貴方からそんなセリフが出るなんてね。フラグメントに変わる資源を見つけ出して、この空で生きていくんじゃなかったの?」
「ふっ……。見つけたさ。この力を」
クガテは纏っていた黒いローブを脱ぎ去ると、握りしめていたフラグメント鉱石に魔力を込める。
「くっ! はぁぁぁ…………!」
濃い山吹色の輝きは、彼の力に同調するかの如く漆黒へと染まっていく。
そして黒く染まったそれからは、闇の雫が零れ落ちる。
「アビス……」
「そうだ。フラグメント鉱石には絶望を取り込んでアビスを発生させる力がある……。勿論この闇に飲まれてしまえばそれまでだが、この力を飼いならしてさえしまえば後は簡単だ」
アビスに浸食されてしまったとしても、稀に自我を保ったまま闇の力を取り込み強くなる者達がいた。それは未来の見えぬ空に選ばれるのではなく、底知れぬ深淵に選ばれ信奉する者。人々は彼等をアビスメシアと呼んでいる。
「どうだシグレ? もう一度、昔みたいに一緒に行かないか?」
「愚問ね」
「そう、か……。残念だよ」
彼は伸ばした右手をだらりと下げると、次の瞬間シグレに短剣を投げつける!
「しっ!」
だがそれを読んでいた彼女もまた、ナイフで巧みにはたき落とす。
人を貫くことは無かった短剣は金属の床に当たって鈍い音を立てた。
「相変わらずの反応の良さだな。それとも、ちょっと俺が見てない間に腕に磨きをかけたか? 『怪盗クレゼ』」
「あら、知ってたのね」
「そりゃあな。ここは飛空挺カンナカムイの船体内部……。入れるものは限られている。真っ当な入り方じゃなければ特に。そんな中、ここだけでなく各飛空艇の内部に頻繁に出入りしてるコソ泥がいるって話じゃないか」
「コソ泥なんて下品な言い方止めてもらえる? これでも貴方よりは信念を持ってこんな馬鹿なことしてるのよ?」
「馬鹿? 俺は選ばれるチャンスを与えてやろうとしてるんだ。船がアビスの深淵に落ちれば、人々の中には俺達のように力を得るものが現れるだろう。そして俺達は創り上げるんだ。アビス渦巻く地上に選ばれし者だけの世界を!」
「ホント……大馬鹿よ、あんた……」
俯き小さく発せられた少女の心の声は、かつて抱いた夢を逆転させた少年の耳には届かない。
なぜなら彼は既に馬鹿みたいな理想を語り、馬鹿みたいに真っ直ぐだったあの少年ではないのだから。
「さぁシグレ、選べ。ここで今お前の持っている『セメンテリオの鍵』を俺達に渡すか。それとも無駄に抗って死体となってそいつを渡すかだ」
二者択一。だが結末はどちらも同じ事。であれば、後はその結末をどう迎えるかという違いだけであろう。
彼女は笑みを浮かべると、かつての憧れに敵意を持って答えた。
「そういうのは私を殺してから言ってみなさいよ!」
シグレはそう言うと勢いよく飛び出すも、首元を狙うナイフの一閃は彼の身に着けている篭手で弾かれた。
薄暗い船体内部で飛び散る火花は、彼女にかつて夢を語り合った夜の花火を思い出させる……。
~~~
「俺達は空で生きていくんだ! アビスなんか怖くない、いつだって希望は未来にあるっ!」
「ふふふっ。馬鹿みたいな夢ねー。でも、皆が楽しく笑って暮らせるなら、馬鹿でもいいかもねっ」
●闇の蠢き
「何だ今のは!?」
宗教旅団カンナカムイに、突如爆発音が響き渡る。
先日の【ヘブンリー・ロック・フェスティバル】の一件があって以来、この飛空艇では規制線が張られ、ここに当初から住んでいる者以外の一般人は排除されていた。
今この場所にいるのはそんな神にゆかりの深い少数の人々と、警備の為に選ばれた軍人や傭兵……そして探究者達だけである。
「【美鈴(みすず)】、今の爆発、どのあたりから起きたか分析してくれ!」
そこには、今や立派な探究者となりつつある少年【平 凡(たいら ぼん)】の姿もあった。彼は自身のアニマに命じて調査を行わせる。
(御主人様! 爆発は船の中からみたいだよ!)
「船の中って船体内部かっ!? もしかして故障なのか!?」
「い~や。極めて高い確率で人為的な爆発だ」
慌てふためく彼に、肩に白い人形を乗せた男が声をかけた。
「あ、あなたは……?」
「おやおや、これは失礼。俺は【エルマー】、ほら、あんたと同じ立場の人間だ」
彼はここの警備として招かれた証である小型端末を手首に巻いていた。
この端末にはカンナカムイの各種地理情報等がマップとして表示されており、監視カメラの映像によりリアルタイムで各地の状況が分かる他、端末同士での通信も可能となっていた。
「あ、エルマーさん。何か光ってますよ?」
すると平は、ある異変に気づく。
この端末は自身の位置を青い光、仲間の位置を赤い光で示すものなのだが、何故かエルマーの端末だけ特定の地点を示すように黄色い光が点滅していた。
それはアルファベットの「H」のような形をしたこの飛空艇中心部にある球状の構築物、通称『セメンテリオ』のすぐ近くだ。
「来い、って事か……?」
「何かあったのか知れません、とにかく行ってみましょう!」
数分後、2人は端末が示したポイントへ到着する。
そこには同様に端末の表示に導かれた者達が集っていた。
「あら、エルマーさん……だったかしら?」
「お、【ミファレラ】か。あの時は世話になったな」
ミファレラと呼ばれたフェアリアの女性は小さく頷くと、状況を確認する。
「どうやら私達以外にも何人かの人間が集められているようね。……ん?」
話している最中、端末に突然セメンテリオ周辺の詳細図が表示された。
「これは、船体上部だけじゃない。この辺りの船体内部の地図もあるぞ……なるほど。セメンテリオの内部構造だけは分からないが、取り敢えずセメンテリオは船体内部の2本の大きな支柱によって、この飛空艇に繋がれてるって訳だな」
「見て。双方に私達のように集められた人がいるみたいよ」
エルマーとミファレラの端末画面をのぞき込んでいる平が、端末上の別な信号に気づいた。
「あ! 何か動いてますよ?!」
画面上では一際大きいオレンジ色の点が1つと、それを追うように動く黒い点が幾つもあった。
「これはどういう……」
「あれを見てみな。答えがすぐ分かるぞ」
エルマーは自分達の側に生じた端末の黒い点を示しつつ、蠢く影を指さした。
「ヴァイレス!?」
「そういうこと」
ミファレラは背負っていた大剣を構えると戦闘態勢に入る。
「えっ!?」
「いるんだよ。ここが襲撃される事が分かってて、俺達にそれを守るように仕向けた誰かさんがな」
困惑する平をよそにエルマーも拳銃の弾を確認した。
「さ、あんたも頼むぜ」
エルマーの言葉に、その場に居合わせた貴方達は?
解説
●目標
探究者としてすべきことを為す事。
真実を追い求める事も、敵の殲滅にこだわるも自由です。
但し数は少ないですが比較的宗教的地位の高い市民もいるため、発見した際にそれを見捨てるような行動はNGです。
●舞台
宗教旅団カンナカムイ、セメンテリオ周辺。
セメンテリオは直径約8km程度の白い球体のような部分です。
これは飛空艇から伸びる2本の大きな支柱(先端は掌のような形)によって繋がれています。
またセメンテリオはこの支柱しか飛空艇との接触部分を持たず、その入り口は船体上部(いわゆる地上部分)にないため、ごく一部の人間しかそこへの侵入方法を知りませんでした。
しかし、今回端末に表示された地図によると、船体内部から何やら道があるようで……?
●状況
時間帯は夜。
謎の爆発音を皮切りにヴァイレスが多数出現。
カンナカムイのテンプル騎士団達は、多発する爆音の調査とヴァイレスの対処に追われています。
皆様は、警備の為に呼ばれており、事前配布された小型端末を左手首に装着しています。
但し平やテンプル騎士団の物とは少々仕様が異なっているようです。
端末の機能はOP内の通り。
端末での位置表示は自分=青、仲間(端末所持者)=赤、一際大きな動く何か=オレンジ、ヴァイレスなど=黒で表示されています。
色の状態を見て行動を決めると考えやすいかも知れません。
※赤が黒に追われている⇒助けに行こう!
黒が沢山ある所があるぞ⇒ヴァイレス達を殲滅しよう! 等 ※
●登場人物
・クガテ&シグレ(クレゼ)
その他今回は多数のNPCが居合わせていますので、必要であれば力を借りることが出来ます。
平、エルマー、ミファレラ:東側の支柱付近にてヴァイレスを殲滅
桜礼、空色ジュエリー:北側の協会にて避難民の保護、防衛
カーター、マディス:西側の支柱付近にてヴァイレスを殲滅
シトー:オレンジ色の光を調査
初対面でも協力に問題なく、またNPCの力が無くともクリア可能です。
ゲームマスターより
こちらではキーエピソード②を担当させて頂きます。
テーマは「フラグメントに宿るもの」です。
今回のエピソードは、最後ですからPLの皆様のやりたい事をやってもらいたい!という趣旨で作成いたしました。戦いたい、人助けをしたい、等やりたい事を自由にご記載頂ければと思います。
(そういった行動が発生するトラブルが起きます)
また、フラグメントやアニマに関して思う事などあれば、心情としてご記載頂きたいと思います。
※NPCを使う場合、詳細情報が必要な方は各エピソードをご参照ください。
余談ですが、そそらにはこれまで全122本のエピソードがあり、その内17本を担当させて頂きました。
かなり精力的に活動させて頂き個人的にそそらは思い入れの深い作品です。
皆様はこの世界に生まれた命に思い入れはありますでしょうか?
きっと全くない方は居ないと思います。もしそうであるならば!
7つの旅団と空の世界の物語、最後まで見届けて頂ければ幸いです!
並び立つのは 友か使命か エピソード情報
|
担当 |
pnkjynp GM
|
相談期間 |
4 日
|
ジャンル |
イベント
|
タイプ |
EX
|
出発日 |
2018/5/5 0
|
難易度 |
とても難しい
|
報酬 |
なし
|
公開日 |
2018/05/20 |
|
|
◆備考 シナリオ『羇愁の涯ての無何有(UTOPIA)結果より たぶん指名手配 (表:空賊を率い『英雄』リン・ワーズワース殺害 裏:無何有郷計画の全貌を知る) ◆目的 事件とカンナカムイの真相追求。 クガテの話を聞けたら吟味してみたい。 ◆行動 端末の意図は気になるが、主戦場を避けセメンテリオ中枢へ。 道中戦闘はヴァイレスのみ。誤解を与えぬよう対人戦は逃げの一手。 指導者に合えたら情報を話し、カンナカムイが敵かを見極め。 退路は常に確保、敵と証拠がつかめたら、他の人PCに流すなどで拡散。味方を増やしたい。 アビスメシアの話は慎重に検証。 アビスが絶望で制御できるなら、鉱石に希望や意志をぶつけてアビスを押し返せるのでは?…と
|
|
|
|
まず黒点に追われてるオレンジの光点を追う しかしオレンジ色といえばフラグメント結晶のイメージがあるが、もしかしてこれは高純度のフラグメントの反応? つまりフラグメントが追われてるっていう奇妙な状況になるが……ともあれ現場に急ごう 道中の敵とはなるべく戦わず光点へ急ぐのを優先するが、救助はもっと優先 シトーも同じ目的らしいので協力。敵と遭遇したらシトーに救助者の避難誘導をしてもらい、俺は戦闘を担当 戦闘時は【ダッシュスラッシュ】で接近後【ウェポンマスターⅡ】の技量を使って【スタンダード】で攻撃 オレンジの光点に到着したらエクス達と協力して正体を探る 分かった事は通信機で仲間に連絡後、騒動を収めるため行動再開
|
|
|
|
目的:逃げ遅れた避難民および仲間の救助 エスパイロで移動 赤と黒の距離が近い、または赤が黒に追われている状態を優先 警備以外(端末未所持)の人もいるはずので、目視でも確認 戦闘時: 建物の曲り角や柱などで敵を躱しつつ攻撃 複数いる場合もあるので倒しても注意する 怪我人は応急手当後、北の教会へ誘導する ……僕は二年前アビスの感染1で死にかけた 両親はすでに亡く、感染の危険をおして僕を助けてくれたのは執事やメイド達だったんだ 僕の立つ場所は羽奈瀬の家を共に守ってくれる皆の所だ。 どんな思想であれ、皆を見捨てて自分のみ助かるのならこちらからお断りだよ 僕の考えにスピカを巻きこんでしまうのかもしれないけど…
|
|
|
|
・フィール セメンテリオに向かう。 アル、何でセメンテリオに?なんで?え?行けばわかるって? み~らくるくる☆マジカルの幸運力とひっさ~つ☆ファイナルダウンのコンボで敵を粉砕しながらセメンテリオを目指すよ。 うーん、道中何があるかとかは時の運かなぁ?神様でもいる? ・アルフォリス あー、なんか事件がおこっとるようじゃの。これは好都合。『セメンテリオ』に向かうのじゃ! どーせ、あの件のあとじゃ。また黒幕が何かをねらっとるのは間違いない!きっと狙ってるのはセメンテリオの中にある何かじゃ!
|
|
参加者一覧
リザルト
●feel catastrophe
「あれー? この辺りだと思ったんだけどなぁ~」
宗教旅団カンナカムイのあちこちから聞こえてくる謎の爆発音。
その1つを聞きつけ、旅団に滞在していた【フィール・ジュノ】は音のする方へとやってきた。
しかし、彼女が辿り着いた場所では周囲に何かが爆発したような痕跡はなく、人の気配もしない妙な静けさに包まれていた。
「なんだろう、胸騒ぎがする……」
フィール・ジュノにはおよそ一年前にこのカンナカムイの路地裏で目を覚ますまでの記憶がない。
実際はどうであるか定かではないが、それから今まで、探究者として活躍してきた彼女はこの旅団に身を寄せてきた。
お金の無さに遊具の中で寝泊まりした事のある近場の公園も、地下アイドルのような活動を行った小さなバーも、この旅団の至る所に溢れる思い出は、ここが彼女にとって既に故郷とも言える場所に変わっていた事を意味していた。
そんな大切な場所に今、とても似つかわしくない雰囲気が漂っていることが、彼女には不快でたまらない。
(ふむ……周囲の様子から察するに、どうやら爆発は船体内部で起きた様じゃのう)
彼女のアニマ【アルフォリス】もまた、この異様な事態に普段あまり見せないような真剣な表情を覗かせる。
「そうなの?! じゃあ船の中に向かわないと! ……って、船の中ってどうやって入るの?」
(このオレンジ……セメンテリオに近づいておるか……ならば)
「ちょっとアル? 聞いてる? お~い?」
「ゆくぞフィール! 目的地はあそこじゃ!」
アルフォリスは突然オープンモードに切り替わると、その身をもって道を示す。
「わぁあ!? もう、急に出てきたらびっくりするじゃない……って、そっちは確かセメンテリオの方向? アル、何でそっちに?」
「よいかフィール? この爆発……どーせあの事件のあとじゃ、また黒幕が何かを狙っとるのは間違いないじゃろう! この船で狙うとすれば、中心部であるあそこしかあるまいて!」
「あの事件……」
フィールの脳内で、ふとある人物の姿が過る。
先日の【ヘブンリー・ロック・フェルティバル】事件。
漆黒の闇へと堕ちていく、英雄と呼ばれた女性。
彼女の表情に見えた絶望は、共にチョコをほおばった時の明るさなど微塵もなかった。
もう、あんな表情は見たくない。
「……分かった。行こう!」
アルフォリスの指示に従い走り出すフィールの端末には、黒い点に囲まれた赤い点が複数確認出来た。
~~~
カンナカムイの中心部にある謎の球状構築物、通称【セメンテリオ】。
その謎の球は、船体内部から伸びる、人が両手で支えるかのように創られた2つの支柱によって支えられている。
平時ならばその内部どころか支柱の付近にも近寄る事は叶わないのだが、今回ばかりは違っていた。
「一体何が起こっているのでしょうか!?」
「分からん。だが今は目の前の悪魔を消すことに集中すべきだ」
2つの内、西側に当たる支柱の上部では、普段ファブニルに雇われている【カーター】率いる傭兵団と、彼が連れてきたアカディミアの学生、【マディス】が群がるヴァイレスと戦闘を繰り広げていた。
「三班、10時方向の敵に対処しろ。七班、支柱半径20m、外縁部調査はどうか?」
「こちら三班、了解」
カータ―は今回、身元不明の依頼主に雇われこのカンナカムイを訪れていた。
現在は突如出現したヴァイレスを掃討する指揮をしながら、周囲の様子を仲間に探らせていた。
それは入船規制のために自分達傭兵団に渡された端末が、マディスのような一般の入船者と違う反応を示す理由を探る為でもあった。
「こちら七班! 端末の黒点部分にてヴァイレスとアビスメシア教団員を発見! これより交戦を開始します!」
「そうか……。では全員に告ぐ。これより端末に表示される情報を正とし行動に当たる。全班、周辺に表示される黒点を優先的に排除せよ。支柱近辺の敵対象は私と一班が排除する」
『了解!』
カーターの指示の下、柔軟に事態へ対処していく傭兵団。
その姿にマディスはただただ圧倒されていた。
「これが……戦い……」
彼は、握りしめた銃を握りしめる。
「怖いか? 少年」
「怖くないとは、言えません……」
そう言って俯くマディス。
彼はアカディミアの学院で、フラグメント鉱石を利用した魔法の研究を行っていた。
ある時とある事件に巻き込まれ、その際に恩義のある教授を失い友人は深手を負った。
探究者の活躍により事件の被害は最小限に抑えられたものの、彼にとってはある種トラウマともいえる結果。
それ以来、彼は教授の遺品である銃を肌身離さず持ち歩いていた。
だが、事件以降何故かその銃からは黒い魔力が漏れ出し、使うことが出来なくなっていた。
「……そうか。戦場において恐怖という感情は大切にすべきだ。だが1つだけ忠告しよう。その心に打ち勝てぬ限り、戦いの先に勝利はない」
彼はそれだけを言い残すと、接近してきたヴァイレスを迎撃する為にマディスから離れる。
「そう、ですよね……」
ここ最近、メデナ議長【ルビー・トロメイア】の緊急放送により空の世界全体に非常事態宣言が発令され、七大旅団全体の治安は酷く不安定となっていた。
七大旅団以外の小さな旅団群でも緊張は高まっている。いくつかの噂によれば、疑心暗鬼から旅団同士の戦争へと発展、同士討ちのようにしてアビスへ沈んでいったケースもあるらしい。
といっても、噂の真偽を確かめる術は、彼のような一般人になど有りはしない。
トロメイアの言う裏切り者が誰なのかも、アビスを消す手段も、この先の未来がどうなるのかも……。
それらが示されない中で、どうして恐怖を打ち消せるといるのであろうか。
不安という闇は個々人の脳内でその存在を肥大化させていく。
心なしか、銃の黒ずみは増したようにも思えた。
「少年! 後ろだ!!!」
「……なっ!?」
「ギャァァァ!!!」
遠くから聞こえるカーターの声に、マディスは我に還る。
彼が考え事に夢中で一瞬気が抜けた隙をつくかのように、建物の影から突然ヴァイレスが飛び出してきた。
「ちっ!」
他のヴァイレスの対処に距離を取っていたカーターでは間に合わない。
(やられる……!)
そう感じ思わず目を閉じるマディス。
……しかし、彼の身体に痛みが走ることはなかった。
「ふぅ……そこの人ー! 大丈夫ですかー!?」
カーターとは反対方向から聞こえてきたその声に、マディスは視線を向ける。
その先には青少年にとって眩しすぎるぼん、きゅっ、ぼ……見目麗しい魔法少女、フィールが佇んでいた。
「んなっ!??」
「ああ鼻血が! やっぱりどこか怪我を?」
フィールは構えていた杖を降ろすとマディスを心配し駆け寄るが、彼女の予算ギリギリで制作された短すぎるスカートは状況を悪化させるばかりである。
「お前は確か……あの時の破廉恥女か。救援感謝する」
カーターは自身が相手取ったヴィアレスを始末し戻ってくると、赤面するマディスを尻目に抑揚のない声で礼を述べた。
「あー! カーターさん、お久しぶりです……って! 破廉恥女じゃないですからぁ!!」
今更ながらスカートの裾を抑えるフィール。その様子をアルフォリスはニヤニヤしながら見つめていた。
(ふうむ。やはり天然物は破壊力が違うのう!)
こうして彼等と合流したフィールは、カーターからここで起きた事態の説明を受ける。
彼女はカーターとは以前武器の品評会で出会った際色々あって食事を恵んでもらい、顔見知りの仲であった。
「なるほどのう……となるとフィールの持つこの端末も、お主同様特別な仕掛けが施されている可能性が高いじゃろうな」
「ああ。私の見解から言えば、何者かがセメンテリオの死守を目的として我々を呼び寄せたと推察できる」
そういうと、カーターは持っていた大きな袋から二本の武器を取り出した。
「これって……!?」
「本当はそこの少年に使ってもらおうと思っていたが……お前の方が適任だろう」
驚くフィールの目の前には、彼女がかつて品評会で試作品を使用し散々な目に遭った『マジ狩るチェーンソーロッド』と『まじかるバスターライフルロッド』という2つの武器が差し出される。
「おおっ! あの時のか! またフィールのR-17が加速する匂いがするのう!!」
「ちょっとアル!? こんな時に何言ってんの?!」
「漫才はこの事態が回避されてからやってくれ」
呆れすらも感じさせる事の無いカーター。彼は淡々と説明を進めていく。
「我々に端末を支給した者の狙いは不明。だがヴァイレスを黒点で表示し、的確にセメンテリオを守るように配置している。ならば現状はそいつの狙いに乗ってやってもいいだろう。では奴の狙いは何か?」
「セメンテリオ内部にある何か、じゃろうな」
アルフォリスの答えにカーターは小さく頷いた。
「そうだ。この端末が示す地図情報から考えて、セメンテリオ内部への侵入は、恐らく支柱を経由するしかないだろう。そして件の支柱の1つはこの下だ」
カーターは地面をつま先でコツンコツンと二回叩く。
「入り口は俺達が死守する。お前達は……ぶち抜け」
「了解ですっ!」
カーターから説明を受けたフィールは、ライフル型の杖を起動する。
彼女が込めた魔力は、先端の発射口へと集中していく。
この杖から放たれる魔力の大きさは身をもって体感したフィールには良く分かっているが、あの時の試作品よりも、格段に魔力を高め、安定して射出出来るよう調整がなされていた。
「じゃあ……行ってきます!」
「気をつけて下さいお姉さん。それと……助けてくれてありがとうございます」
マディスの声かけにウィンクで返事をすると、フィールは支柱を傷つけぬ様狙いを定め、バスターライフルロットで地面を打ち抜く!
小さく口を開けた暗い穴へと飛び降りる彼女の黒髪が、爆発の光に艶めいた。
こんな風に、誰かを守れる人になりたい……マディスは自身の握りしめる銃へ一層の力を籠める。
何故だろう。今ならこの銃も使える……漆黒の中に薄っすらと覗かせる山吹色に、彼はそう確信めいたものを感じていた。
●ヤミノナカミ
フィールが地面を打ち砕き、新たな爆発が生じる。
「くっ! また爆発か!」
しかし北側でヴァイレスの対処に当たっていた【羽奈瀬(はなせ) リン】には、それがヴァイレスによるものかハチャメチャ魔法少女によるものかを聞き分けることは出来ない。
どちらにせよ、この旅団での戦闘が過激化していることに間違いはないだろう。
(リン! 向こうでヴァイレスに追われている人がいるわ!)
「分かった!」
彼はアニマ【スピカ】のサポートを受けながら、人命救助のために走り出す。
(このヴァイレスの数……幾ら何でも突然すぎる。これもユートピア計画の一端なのか?)
ユートピア計画。それは先日の事件で明かされた秘密の脱出計画。
選ばれし者だけが救われるというこの計画は、裏を返せば選ばれぬ者が見捨てられる事を意味する。
その計画の一端を知ったリンは、より詳細な情報を得るために各旅団を回っている最中、今回の事件に遭遇したのであった。
(例えこの事態を引き起こした人達がどんな思いを持っていたとしても……僕には、絶対に守らなければならない人達がいる!)
彼の脳裏には、両親亡き後も、年若き自分へこれまでずっと尽くし続けてくれた執事やメイド達の顔が浮かぶ。
自分にとってかけがえのない大切な人々がいるように。
今ここで騒動に巻き込まれている人々もまた、誰かにとってかけがえのない人であるのであろう。
もしそうであるならば。
「ああ、神よ……! お助け下さいっ……!」
リンには目の前で危機に瀕している命を見捨てるという選択肢などありはしなかった。
「いくよ、スピカ」
(いつでも!)
『クラッキング!』
駆けつけたリンとスピカの目の前には、ヴァイレスに襲われている1人の女性。
2人がスキルを発動すると、リンの持つ小型端末に浮かび上がった魔法陣は小さな魔力弾を放った。
それを受けたヴァイレスは一度リン達の方を振り向くも、何事もなかったかのように目の前の獲物に向き直る。
しかし次の瞬間、体中にまるで電子機器のラグのようなが発生し、悪魔は内部から弾け飛ぶように霧散した。
「なんとか片付いたかな……お怪我はありませんか?」
「は、はい……大丈夫です。助けて頂き、ありがとうございます……!」
ヴァイレスを撃退したリンは、ヴァイレスに追いつめられ腰を抜かしてしまった女性に手を差し伸べる。
服装からしてワールズ教のシスターであろう彼女からは恐怖の感情が伺い知れた。
「それはなによりです。安全な所まで僕がお送りしますから、安心して下さいね」
リンはシスターを立たせてやると、言葉と共に優しい微笑みを浮かべる。
(……もう、リンってば)
そう内心で呟くスピカ。
資産家の家に生まれた彼は、これまで受けてきた教育から12歳とは思えないほどの紳士的な部分がある。
遠慮のない関係になりたいという彼の意思があるため、こうした丁寧な口調が自身に向けられる事はほぼありえない。
だからだろうか。彼のその大人びた姿が他の女性に向けられることに、スピカはちょっとだけ悔しく感じていた。
「さ、北側の教会に向かおう。スピカ、案内宜しくね」
(……え? ええ! 任せて!)
羽奈瀬家は代々、からくり細工の箱を作る家業の傍ら、ハッカーとして様々な活動を行ってきた一族である。
その経験と才能は確かにリンにも受け継がれており、救助作業の中で端末が表示する意味に気づいた彼は、多くの赤点が集まっている場所に目を付けていた。
そこであれば、自身と同じこの事態に対処している仲間がいると考えたからだ。
とはいえ現状戦力と言えるのは自身1人のみ。
彼はスピカに機能が生きている防犯カメラなどの映像を確認させながら、ヴァイレスを示している黒点を避けながら細心の注意を払って教会へ向かうのであった。
~~~
カンナカムイの中でも一際大きな教会は、北側の開けた土地に設置されている。
多くの祈りに応えられるように、広く用意されている敷地は人を集めるには絶好のポイントであった。
そのためカンナカムイが唯一持ち得る武力、テンプル騎士団の多くも、ここを防衛拠点とし逃げ遅れた人々や負傷兵を運び入れ実質的な避難所として活用していた。
だが当然、それはヴァイレスやアビスメシア教団の標的ともなるという事だ。
何とかここまで戦火を避けて辿り着いたリンとシスターであったが、教会付近では敵味方入り混じった激しい戦いが繰り広げられており、これ以上接近するにはその戦火を潜り抜ける必要があった。
「これ以上は厳しいか……」
「はぁ、はぁ……」
様子を伺うリンの隣では、肩を貸しているシスターが既に息を切らしている。
単純な体力の問題というよりは、恐怖による過呼吸のような症状だろうと彼には思えた。
「まだ歩けますか?」
目的地はすぐそこであるが、敢えて急かしはしない。
目の前の成果に焦れば、最後の最後に落とし穴が待ち受けている事を彼は知っているからだ。
(どうするのリン? ここも安全とは言えないわよ……)
スピカはシスターに余計な不安を与えないよう、プライベートモードのまま問いかけてくる。
確かにリン達が隠れている建物のすぐ側でも、魔法や銃弾の流れ弾が何度も何度も飛んできていた。
そう、焦りたくはないが焦らざるを得ない状況なのだ。
決断を迫られるリン。
「皆様! 早くこちらへ!」
そんな彼の耳に、芯の通った女性の声が聞こえてきた。
そちらへ視線を向けると、そこではカンナカムイのシスターである【桜礼(おうれい)】が、マッドドクターとしての知識を生かし治療作業と避難誘導に当たっていた。
「すみません! 僕達も入れて下さい!」
今しかない! そう感じたリンは声を上げると、シスターを支えつつ桜礼の元へと走り出す。
「はっ!? 騎士団の皆様、結界の解除を!」
彼の声に気づいた桜礼が指示を出す。
現在教会は魔力による結界により覆われていて、空中からのヴァイレスの侵入も防いでいた。
それはテンプル騎士団の内、シャーマンと呼ばれる特殊な人々が用いる『まじない』によるもので、外部からの影響を一切遮断する強力な魔法の一種だ。
それらの部分解除は彼等によって任意に行うことが出来るため、桜礼の指示で結界に人が通れる程度の小さな穴が開けられた。
「さぁ、お早く!!」
桜礼が手を伸ばす。
「アアァァァァ!!!」
だが、リン達の飛び出しに気づいた小型のワームのようなヴァイレスもまた、彼らを狙い牙をむく。
どちらが早いか、リンには結果が見えていた。
「この方を……頼みます!!」
小さな体に渾身の力を込め、リンは桜礼目掛けてシスターの背中を押してやる。
突き飛ばされるような形で飛び込んでくる同胞を受け止めた桜礼。
彼女の瞳には、左首を噛みつかれ、白いワイシャツを赤黒く染める少年の姿が映った。
~~~
イヤダ……イヤダイヤダ……
クライヨ……コワイヨ……ママ……! パパ……!!
チクショウチクショウチクショウチクショウ!
頭の中に声が響く。
自分のものではない声。
でもたった1人の誰かでもない声。
1つだけ同じと言えるのは。
皆が泣いて。皆が苦しんでいる。
ボクハ、コレヲシッテイル……
~~~
「リンは! リンはどうなるんですか!?」
スピカは桜礼に問いかける。
彼女はその声かけに意図的に返事を返さなかった。
それは決して無視をしているわけではなく、自分にはどう返答出来るのが分からなかったためだ。
「ねぇリン! しっかりしてよっ……!」
教会の中にはスピカの掠れる声が虚しく響いた。
あの後リンに取り付いたヴァイレスはテンプル騎士団によって討伐され、リンもすぐに教会の中で治療を受ける形となった。
しかしアビス領域の急激な上昇により、ここ最近のヴァイレスはその脅威度を増していた。
しかも当たり所が悪い、というのだろうか。
肉体的にも大きなダメージを受けたリンはアビスに感染してしまったのだ。
息が途絶え途絶えとなるリンの身体には、感染による痣が浮き始めている。
だがこんな戦乱の中でも感染レベル2寸前の状態を保っていられるのは、たまたまこの場所が現状最も医療設備が整っているからであろう。
苦しむリンを前にして、自分には何が出来るのであろう?
彼のアニマとして……スピカは、『かつてのスピカ』がぶつかった壁と同じ壁を目の当たりするのであった。
●『やりたいことはなんですか?』
カンナカムイ船体内部。
どこの飛空艇でも言える事だが、船体内部は遥か昔に失われた技術の結晶ともいえる部分だ。
エスバイロ等を扱う専門の技師や、立派な学者様でさえも、それら全ての機能の内一体何パーセントを理解しているのであろう?
その答えは定かではないが、定かである答えもある。
それは船体内部という未知に興味を持つ者であれば、頑張ればある程度船体上部との出入り口となる部分が予測できる、というものだ。
「おっと!?」
「大丈夫か? 暗いんだから足元気を付けろよ?」
目の前で転びかけた男の腕を【ブレイ・ユウガ】が掴み支える。
「いやいやこれは失敬。助かったすよ」
そう言って頭をかく男。縒れたスーツを着たその人物は名前を【シトー】と言った。
彼は民間の情報流通業の会社に勤めていて、以前飛空艇の内部について密着取材を行っていたのだという。
「へー、またカンナカムイの時みたいに爆破が計画されてるかも知れないからって、わざわざミルティアイのヒンメル起動リングを調査しに?」
「そんなとこっすね」
彼はそうした目的から、船体内部への入り口を探し発見したところ、たまたま同じところに目を付けていたブレイと遭遇し、ここまで行動を共にしているのであった。
「物好きだな。お前」
「そりゃあお互い様なんじゃないっすか?」
その言葉にブレイは笑みをこぼす。
確かに、自身も物好きな人間なのであろう。
アカディミアで真面目に勉学に励んでいた頃に培った船体内部の知識を生かし、こんなところに入り込んだのだ。
少し前の自分なら決して面倒を理由にしようともしない事。世界を守る為の、未来を探し続けるための行動。
「ブレイさんはどうしてここに?」
「あ~……ほら、さっき話しただろ? この端末に示されているオレンジの光に何か意味があるんじゃないかと思ってな。このまま黙って崩壊に巻き込まれるのはごめんだろ?」
(あら、本当はもっと純粋な理由があるんじゃないの? 守りたい女(ひと)がいるんだ~とか)
ブレイは耳元でささやくアニマの【エクス・グラム】の言葉に一瞬身体を震わせるも、そのまま話を続ける。
「この光、お前はどう思う?」
「そうっすね~……あっしらと動きが大して変わりやせんから、人間……ですかねぇ? この黒点から逃げるのに必死って感じはしやすけど」
「同感だ。なぁシトー、すまないがこの正体を確かめたい。協力してくれないか」
「……若いっすねぇ~」
「ん? なんだって?」
「いや、何でもないっすよ。了解っす」
2人は改めて、ブレイの端末に表示されたオレンジ色の光に向かって進んでいく。
~~~
「はぁ、はぁ! こ、ここまで! きたというのに!」
(博士! まだいけるて! 諦めたらあかんよ!?)
迫るヴァイレスの影から【ドクター・リーウァイ】が逃げている。
彼のアニマ【孫娘(ソンニャン)】がクラスフォームで必死に力を引き出しここまで来ることが出来たが、所詮逃げるべき博士の体は老体。
孫娘にも、博士が限界近い状態であることは重々分かっていた。
(あかん、このままやとホントにあかん……!!)
蝙蝠のようなヴァイレスが、博士に狙いを定めると口から小さな火球を生じさせる。
なんとか入り組んだ道を選ぶことでここまでその攻撃を喰らわずに済んでいたが、今や博士とヴァイレスの間を遮るものなど何も無かった。
「くそっ……マリア!」
「泣き言言うんじゃねぇ!」
諦めを口にする博士の横を、一迅の風が吹きすさぶ。
次の瞬間、博士を狙っていたヴァイレスはその火球ごと、真っ二つに切り裂かれていた。
「シトー! 残りも俺が食い止める! 取り敢えずどっかに避難させてくれ!」
「了解っすよ!」
博士を助けたのは、駆けつけたブレイ達であった。
先程の風は、ブレイが【ダッシュスラッシュ】で一気に敵との距離を詰めた証であったのだ。
博士はシトーに支えられながら、奥へと避難を続ける。
「エクス、敵の数は?」
(近場に4体。これくらい1分で片づけられるわよね?)
「分かった。30秒だな」
(そうこなくっちゃ!)
先ほどまでどこか遠くから見ているような、揶揄う事ばかりであったエクスが、嬉々としてブレイに戦闘に情報を伝える。
どこで彼女はこんなにバトルジャンキーな性格をプログラムされてしまったのであろう。
アニマとして購入した当初はそんな事を思ったりもしたが、今ほどその性格が頼りになる場所はない。
ブレイはエクスのそんな性格に感謝しつつ、ミドルソードと共に狭きフィールドを縦横無尽に舞い踊る!!
~~~
「どうっすか? 少しは落ち着いたっすか?」
「ああ……助かったよ」
シトーから渡された水を飲み、博士はそっと息をつく。
博士からこれまでの経緯を聞くシトー。
そして今ここに彼がいるのは【フラジャイルのマリア】がこの旅団内部に閉じ込められていると聞きつけたからだという。
「助けないと……あれは……」
「貴重な研究材料っすか……?」
「いや……世界の希望で……わしの自慢の娘じゃ」
「なら、助け出さないとな」
2人が話しているところにブレイがやって来る。
多少の怪我はあるものの、彼は無事に周辺のヴァイレスを撃破したのであった。
「研究云々もそうだが、お前あのマリアを助け出したいんだろ? 自慢の娘っていうくらいだしな」
ブレイは以前の事件にて、博士がヒンメル起動リング爆破に手を貸していた事を知っていた。
だが彼はそれを決して咎めはしない。
勿論、糾弾されるべき点はあるだろうが、自身の成し遂げたい事に対して全力で挑む点を評価しているからだ。
「ああ……そうじゃな。わしは、あの子を助け出したい」
(せやせや! もうちょっとやし頑張ろな!)
休息を経て元気を取り戻した博士の言葉に孫娘も頷く。
普段のインチキ訛りなどではない、真剣な博士の想いがそこにはあった。
「……いいじゃないっすか」
頷くのはシトーも同じだ。
「俺も、探究者にはならなかったっすけど、ずっと真実を知りたい! って思って来たんすよ。なんかそれ……思い出しちまいやした」
「君はどうなんじゃ?」
博士はブレイを見据える。
「俺は……」
(俺は?)
「俺は……綾と、一緒の未来を生きていきたい!!」
まぁ! と言わんばかりに目を見開くエクス。
狭い空間にブレイの叫びが響き渡る。
「綾? 誰っすか? 彼女?」
シトーに言われ、自身がどれだけ恥ずかしい事を口走ったのか気づくブレイ。
う、うるさい! と顔を背ける彼であったが、その顔はとても生き生きしているように思えた。
「今のは言葉のあやであってだな!」
「あ、また綾って言ったっすね」
「だー! 違うっ!」
こうして一瞬の安息の時が流れていく。
そしてこれまでの情報から一行は、リーウァイとブレイはマリアの救助のためセメンテリオへ。シトーはヒンメル起動リングの安全確保に向かう事となった。
●信じる未来(ソライズナ)の旗を掲げ
「了解! ならこっちにいらっしゃい、もうすぐ制圧完了よ!」
ブレイからの状況伝達と行動指針を告げる通信を受け、それに答えたのは【ヴァニラビット・レプス】。
彼女は東側の支柱に居た者達と共に船体内部への入り口を発見、平とエルマーを上に残し、東側の支柱の中をセメンテリオに向け登っていた。敵もここが狙いであったのであろう。支柱内部には多数のヴァイレスとアビスメシア教団の戦闘員が蠢いていた。だが、これまで幾多の戦いを乗り越えてきたヴァニラビットの敵ではない。
「皆! ヒンメル起動リングの方はどうかしら?」
「カシラぁ! こっちは制圧完了ですぜぇ!」
「こっちもよ~ん」
戦闘を片手間に、今度は彼女の通信を出す。それに彼女の部下となった【三択弄す団】の一味が答えた。
つい先日、ミルティアイでの事件を受け急遽空賊団の団長となったヴァニラビットであったが、その威勢の良い態度とカリスマで瞬く間に団長としての地位を確立させていたのだ。
「いつの間にあなた空賊へ鞍替えしたのかしら?」
「ま、色々あった、という事で……」
彼女と以前酒の席を共にしたこともあるミファレラは、目の前のヴァイレスをなぎ倒しつつそう話しかける。
確かにあの時はまだフリーの傭兵であった彼女も、今やすっかり空賊に馴染み新しい団長着まで注文してしまうほど、やる気充分だ。
「良いんじゃない。やると決めたらそれを真っ直ぐにやり遂げる……あなたらしいと思うもの」
ミファレラは戦いの中で一瞬、ヴァニラに目配せをする。
(まぁ、馴染んだ分貴女のお尋ね者としての名声も、着実に高まっている訳ですが)
そんな彼女とヴァニラビットの間を遮るように位置取ると、ヴァニラのアニマ【EST-EX(イースター)】はポツリと呟いた。
「ふふっ。そうかもね。でも……勝てば官軍! 今のこの世界が間違っているのだから、私の評価だって間違っていたって、トロメイアに分からせてやるんだから!」
彼女は自慢の槍の腕を存分に披露しながら、自身のアニマの苦言へ意気込みを返した。
(ふふっ……そうですか)
呆れたような、感心したような……。
イースターが浮かべるその笑みは、常に彼女を見守り続け、彼女だけに向けられるものである事に、ヴァニラビットはまだ気づいてはいない。
「悪い、遅くなった」
2人の乙女が蹂躙した悪魔の骸を乗り越え、博士を背負ったブレイが到着する。その様子に驚くヴァニラビット。
「まさかキミ、ここまで博士をずっと!?」
「このままじゃ日が暮れちまうからな……。それとすまない」
合流が遅くなった事であろうか? そう思う彼女の視線に、ブレイは後ろを親指で示しながら続けた。
「俺達以外に団体客だ」
なんとそこには無数に迫るヴァイレスの群れと、アビスの雲があった。
「こんな所にまでアビスが!?」
「大丈夫。あれはごく小規模なアビス。空の底から這いあがってきたものじゃなくて、魔法のような力であの雲を発生させている元凶がいるはずよ……前にもあったもの」
ヴァニラビットの疑問に答えつつ、ブレイの後ろに立ったミファレラは、自身の大剣を構えなおす。
「あのアビスからヴァイレスが召喚されているから、雲の中で元凶を絶てばそれで終わりよ」
「そういう事なら、まずは私が……」
「いいえ。ヴァニラ、あなたは行きなさい」
「そんな、私も一緒に! 前だって……」
「あの雲に触れれば間違いなく感染するわ。あなたがそう簡単にアビスに飲まれるとは思わないけど……あなたのお友達が苦しむところは、見たくないでしょ?」
今度の笑みは先程とは違う、少し寂しさを感じさせる笑み。
「もう一度、私に力を貸して……ロトっ!」
彼女の力強い呼び声に、彼女のアニマ【ロト・ハーツ】が姿を現す。
だが、そのアニマは虚ろな目をしたまま、体中から黒いラグのような光を発していた。
そう、彼女のアニマはアビスに感染しているのだ。
「もうロトはいつ自身を見失ってもおかしくないわ……。でもね? 以前の戦いであなた達が教えてくれた。パートナーを信じる心を」
アニマの感染は、主人をいずれ感染させる。
逆も同様。その恐怖に怯えロトは自ら交信を絶ち、ミファレラはずっと繋がる事が出来なくなっていた。
だが、相手を必要だと思う彼女の強い想いと呼びかけが、闇の中で消えかけていたロトの意識を繋ぎ止めたのだ。
「これが終わったら、また一緒に飲みに行ってくれるかしら?」
「……勿論です。私の団長就任祝い、開いてもらいますから」
「あら、また私のおごりね」
ミファレラは未来の約束を胸に、自身の闇と共にアビスの中へと切り込んでいく。
そんな彼女の想いを受けたヴァニラビットは、ブレイと博士と共に、セメンテリオへの最後の隔壁を開くのであった。
~~~
「ぐふっ……どうやら、賭けは私の勝ち、みたいね……」
東側の隔壁が開き、探究者達の姿を視線の端に捉えた【時雨(しぐれ)】は、そう【陸觝(クガテ)】に宣言する。
「はっ。負け犬の遠吠えだな」
クガテはそれだけ言い残すと、シグレの胸に突き刺した剣を引き抜いた。
飛び散る自身の血しぶきを体中に浴びながら、床の上でシグレは命の炎を消したのであった。
「さて……お前達がシグレの招待客か?」
黒いフード、目の前の行い、瞬時に敵と判断したヴァニラビットとブレイは武器を構える。
「多分ね。少なくともあなたのお仲間ではないわよ」
「だろうな」
クガテは、再び剣と反対の手に握りしめた魔石に力を籠めると、魔石は黒く輝きだした。
「マリアは?! マリアはどこだ!」
「ドクター・リーウァイ……お前は役に立つが、お前の研究は邪魔で仕方ない」
セメンテリオの中は直径およそ8km。
だがその中心部には人が1人入る程度の乳白色の繭のような物しかなく、真っ白に塗られた内装は先程までの薄暗さも相まって妙に目に染みる。
そんな虚無が支配する空間で、およそ人が捕らえられているとすれば、一か所しかなかった。
(ヴァニラビット。俺が隙を見て救出する)
(分かったわ)
2人は小声で打ち合わせると、ゆっくりとクガテのいる中心部へと近づき始めた。
「質問があるんだけど?」
「なんだ、兎女?」
蔑む呼び方に一瞬、ヴァニラビットの耳がピクつくが、兎系のケモモである彼女にとっては事実ではある。
「あなたアビスメシアの人間よね? なら、今回の騒動も船をアビスの底まで突き落とすのが狙い?」
「そうだ」
「……ならユートピア計画についてはご存知?」
その言葉を聞いたクガテは、ニヤリと歯を見せた。
「知っていたか。なら話は早いな。混乱による同士討ちは我々の活動をより効率的に進めてくれるからな。これに乗らない手はないだろう?」
「だが計画通りに宇宙に逃げる者達はどうする?」
クガテの反応に対して今度はブレイが問いかける。
「ああ、それなら問題ない。奴らの計画はどうせ水の泡となるだろう」
彼はそういうと、シグレの胸ポケットから7つの小さな剣を取り出した。
「こいつは各旅団に埋蔵されていた古の物。通称『セメンテリオの鍵』だ」
彼はその剣それぞれが膨大な魔力を秘めていた事、フラグメント鉱石の力を引き出し魔力へと変え、その力を各飛空艇が動力としていたことをつらつらと話した。
「こいつを一か所に集めれば、単純に高度が7倍になるとでも考えたんだろ? だがな……奴らは鉱石の使い方を分かっちゃいない」
彼は握りしめた鉱石を掲げる。
「知ってるか? こいつには死んだ人間の魂が宿っている。一度死んだ者の魂は純粋だが、鉱石に触れた者を介して外部の影響を受けるんだ」
鉱石から漏れ出すアビスが、一滴、また一滴とセメンテリオの床に染み渡る。
「どうだ!? 俺達は死人を蹂躙してまで、未来の当てもない旅を続けてるんだぞ?!」
彼は興奮した口調から、深呼吸をすると平静を取り戻す。
「だがアビスに染まれば別だ。死者の絶望と調和し、空の底へ堕ち安住の地上で暮らせばいい。どうだ? お前達も?」
『お断りだ(よ)』
ヴァニラビットとブレイが声を揃えて言う。
「例えフラグメントの正体が何であっても、アビスに染まる気はないわ」
彼女の中で苦しむミファレラの姿が脳裏をよぎった。
誰かにとっては救いでも、誰かにとって咎となる行い、それを許す訳にはいかない。
「確かに絶望したくなる話だろうよ。だがな、俺らは探究者……アビスとこの世界の謎を解き明かし、人類の未来を切り開く事が使命だ。アビスの謎がフラグメントから出る人々の絶望だっつうなら……」
「フラグメントから希望を取り出す事も出来るんじゃない?」
「なっ、お前!」
ブレイの言葉をよこど……引継ぎ、エクスが言った。
「私達は信じてる。この世界の未来を。生きている私達の心の光が、アビスの闇を抱きしめられるという事を!」
「一応忠告しておきますと、こうなったヴァニラには何を言っても無駄ですよ?」
「そのようだ」
イースターの軽口に、クガテは詰まらなさそうに返すと剣を向ける。
既に両者の間合いはあと一歩のところまで迫っていた。
訪れる静寂。
にらみ合い、どちらが先に動こうかというまさにその時。
「ひっさ~つ☆ファイナルダウン、verバスターライフル―!」
西側の隔壁から物凄い爆発音が響き渡る。
「やったぞフィール! 侵入成功じゃ!」
「えふっえふっ!! もうー! こんなに壊しちゃったら後で絶対弁償出来ないってばぁ~?!」
『今だ!』
土煙から顔を出したフィールを待ち受けていたのは、目にも止まらぬような早さで攻防を繰り広げるヴァニラビットとブレイ、クガテの姿であった。
「くっ、こいつ、出来る!」
マリア救出に向かおうと考えたブレイであったが、クガテの連撃の前に動きを封じられてしまっていた。
「ちょっとフィール! あの繭! 破るの手伝って!」
「え? え? ヴァニラさん?」
「これじゃこれ!」
ヴァニラビットの声に反応するもあまりの事態に状況がいまいち飲み込めないフィール。
だが、リーウァイが駆け寄り事情をかいつまんで説明した。
「ほほう! ならばこいつの出番じゃ!」
「よく分かんないけど……よ~し!!!」
彼女はチェーンソ型の杖(というより杖と呼ばれたチェーンソー)、マジ狩るチェーンソーロッドで繭を切り裂くと、中から意識を失った【フラジャイルのマリア】が現れた。
「早く外へ! ここは私達が食い止めるわ!」
「博士も行け!」
2人の言葉に従い、フィールとリーウァイはセメンテリオを脱出する。
遠くで恨めしく何かを叫ぶクガテの声は、やがて小さくなって消えていく。
●秘められたもの
騒動の被害によりカンナカムイは崩壊寸前であった。
ミルティアイのアイドルユニット【空色ジュエリー】は、自身のライブ船や親衛隊の輸送船を総動員し、北側の教会に集まった人々を別の旅団へと避難させていく。
そんな中、最後まで残っていた人物がいた。
「もう彼は手遅れです!」
「いいえ!」
「シスター!」
同胞の掴む手を振り払い、桜礼は必死の治療を続ける。
そこに崩落の影響で脱出手段を失ったフィール達がやってきた。
「やっと……ついたぁ~……」
「皆さんで最後ですか? 最後の船が出ますわ」
シスターの問いかけにフィールはぶんぶんと首を振る。
「まだヴァニラさん達が中に!」
「中!? そんなの、待ってられません!」
そういうと、桜礼の腕を引っ張っていたシスターは船の方へと歩み出す。
すると間もなくして最後の船はカンナカムイから飛びたった。
「ええっ!? 何でー!?」
「どうせあのシスターが適当な事言って運転手を騙したんじゃ。とはいえ……ちとまずいかのう……」
脱出手段を失った事に焦るアルフォリス。
その隣では、意識を取り戻したマリアが、リンの傍らに跪いていた。
「どうした、マリア?」
「博士、この人を助ける事は……出来ませんか?」
マリアの言葉に、博士はリンの顔を覗き込む。
彼は先日、自身の暴走を止めてくれた恩人でもあった。
「分かった……じゃが、それにはあの鍵が……」
「これの事だろう?」
いつの間にか博士の隣にやってきたブレイが、7つのセメンテリオの鍵をちらつかせた。
「ブレイ君! 酷い傷を……」
「アイツは終わらせてやったわ。この槍でね」
そう言ってブレイの隣に並び立つヴァニラビットもまた、ボロボロの状態だ。
「ヴァニラさん! 服が!?」
「何言ってるのよ、フィールだって人の事言えないくらいボロボロじゃないの。胸、こぼれない様にしなさいよ」
じゃあ、私仲間の船を呼んでくる。そう告げ離れるヴァニラビットを手伝おうとフィールも続く。
そしてブレイもまた脱出前に残っている人間がいないかを確認する為この場を離れた。
残された博士は7つの小さな剣をマリアの前にかざすと、剣は彼女の中に吸い込まれていく。
「これで、お主は本来の力を取り戻したはずじゃ。後は時が来れば……。マリアよ、祈るがよい」
「はい」
リーウァイの言葉にマリアは目を閉じ、リンの回復を祈る。
するとその影響であろうか。リンの身体から小さなオレンジ色の光が2つ浮き出てきた。
(あれって……私のアニマリベラ―が埋め込まれてる?)
泣きはらしながらずっとリンを呼びかけ続けたスピカがその光に気づいた。
そんなスピカの脳裏に、この場に居る誰でもない者の声が聞こえてくる。
(リンを……リンを大切に思うなら……ずっと側に居てあげて……例えそれで共に滅びる未来が来るとしても……それがリンの、あなたの……)
その声にスピカは小さく頷くと、もう一度、リンへの想いを込めて呼びかける。
「リン! 起きて! 私が、執事さんもメイドさんも! 皆がリンの事を待ってる! 私の身長、追い抜いてくれるんでしょ!?」
想いが、思い出が、声という見えない形を持ってリンの中へと溶けていく。
その時、2つのオレンジの光が輝きを増すと、一気にアビスの闇を打ち払った。
「い、一体何が起こったのでしょう……?」
こんなこと今までに一度もない。桜礼が驚きに声を漏らす中、リンが意識を取り戻した。
「う、うぅ……」
「リン?! リン!!」
「ふふっ……聞こえてるよ、スピカ……」
桜礼に支えられ身体を起こしたリンは、微笑みを浮かべた。
「声、聞こえたよ。僕は二年前もこうして死にかけた。でも今度は……ちゃんと側にいてくれた」
「当たり前よ……!」
2人は互いに大粒の涙を浮かべる。
「私は、私がいたいからリンの側にいるの。これからもずっと……」
ホログラムの身体がリンを抱きしめようとすると、互いにほんの一瞬だけ、その触感を感じられたような気がした。
こうして一行は沈みゆくカンナカムイから三択弄す団の船で脱出した。
闇に堕ちていく船からはフラグメント鉱石が零れ落ちる。
宙を舞い落ちる山吹が見せた可能性は、彼らの使命と絆をより強くしたのであった。
依頼結果