プロローグ
秋の名残も消え始め、ただ冷たい風だけが街中を吹き抜ける季節。
しかし一部の熱狂的な『彼ら』の心の中は、真夏の太陽より熱く燃えていた。
――なぜか? そう。
あの知る人ぞ知る新人アイドル、『ティアーナ』のライブが決定したのだ!!
今か今かと待ち構えていた『彼ら』にとってこのライブは絶対見逃せないもになるだろう。
チケットはトップアイドル顔負けの速さで完売し、収容人数一万人の座席を数時間で埋めた。
会場は芸能旅団であるミルティアイの特設ステージ。
新人にしては大きすぎる規模でライブが開催されるのは、彼女の人気が沸騰してきている証拠である。
そしてライブ当日。
数日も前から長い列を作る熱狂的なファンから、友達に誘われて付き添いに来た人まで様々。
開場前の物販も長蛇の列が出来ており、ボルテージは最高潮というところだ。
しかしその中にいる数名が、周りの空気とは対照的な暗い顔をしていた。
話を数時間前に戻そう。
その数名は『アストラル』という犯罪組織についての情報収集をしている最中だった。
ここ数か月で起きた、ショッピングモールや多数の教会を狙ったテロ事件は組織の名を上げるのにうってつけだったらしく、今や民間人にもその名前が知れ渡ろうとしている状況。
次のテロはいつになるかと騒ぐもの好きまで出てくる始末である。
しかし今回の事件は違った。
今まで突発的だったテロ事件は、ついに犯罪予告をしてくるまでになってしまったのだ。
内容は近々行われる『ティアーナ』のライブ会場に爆弾を仕掛けたというもの。
開場時間と共に時限装置が作動してライブ終了と共に爆発するという制限時間付き、なんとも悪趣味な話だ。
その犯罪予告が届いた瞬間、その場に居合わせた探究者数名は覚悟を決める。
目の前にはアストラル対策の責任者である『ピート・ノワール』がいるのだから。
「――君たち、至急準備を整えて事の解決に尽力してくれ。」
やはりそうきたか、と思うのも束の間。
もちろんライブを中止にすればアストラルがどんな対応に出るかわからない。
ライブ会場全体が警備対象で、なおかつ一万人の観客が人質なのだ。
悠長に過ごしている時間はない、探究者達は至急作戦会議に取り掛かるのであった。
解説
オペレーション・ティアーナ
今回の目的は会場に設置された爆弾の解除とそこの配置されているであろう戦闘員の排除です。
●ライブ会場 詳細
・収容人数 一万人
・ドーム型の会場で、中心にあるステージでティアーナが歌っています。
観客はその周りを取り囲むような形でライブに熱狂していることでしょう。
・通信機器は使えますが会場内に入ってしまうと肉声は聞こえにくい状況になるでしょう。
・ドームの屋根は閉まっており、そこを爆破されれば無数の鉄骨が降り注ぎます。
・中心のステージの下は空洞になっており、そこを爆破されれば周りの観客は甚大な被害を受けます。
・ドームを支える主要な柱は6本、いくつかが爆破されればドームは崩れ落ちるでしょう。
●敵の情報
・これまでの傾向を考えて、敵の武器は重火器を基本とした装備でしょう。
・観客の中に戦闘員が紛れ込んでいる可能性もあります。
・見分けるには首元にあるバーコードの刺青を見つけましょう。
・下手に接触すると観客を人質に取られかねません、戦闘は慎重に行ってください。
●その他
・ライブの時間は2時間です、その中で行動できる最善のプランを組み立ててください。
・探究者の皆様は使用する武器種を明記してください。
・爆弾の位置まで行くルートについては自由に考えて頂いて構いません。
観客の中を突っ切るもよし、隠しルートを探すもよしです。
ゲームマスターより
お久しぶりです、じょーしゃです。
予定とは大幅に遅れましたがオペレーションシリーズの第3弾を執筆させていただくことになりました。
今回は自由度の高い動きが可能になります。
観客の中に紛れ込んだ戦闘員を排除しながら確実に爆弾を解除してください。
個人的には狙撃役がいれば楽になるのかなぁとか思ったり。
初見さんやリピーターさんも含め、たくさんの参加をお持ちしています!
ふ、ふぁんれたーなるものもお持ちしておりますぞ!
オペレーション・ティアーナ エピソード情報
|
担当 |
じょーしゃ GM
|
相談期間 |
7 日
|
ジャンル |
戦闘
|
タイプ |
ショート
|
出発日 |
2017/12/29
|
難易度 |
難しい
|
報酬 |
通常
|
公開日 |
2018/01/08 |
|
|
・行動目標 爆弾の排除 ・使用する武器 爆弾解除に必要と思うので【入力端末「2000C」】 ・行動 会場では警備員の格好をして巡回する風に動く 他のメンバーとは定期的に連絡を取り合って状況を把握。連絡方法は通話のしづらさを考えてメールなどの文章系を考えてるが、タイムラグが大きいようなら通話に切り替える(作戦前に確認しておく) 会場でテロリストっぽいのを見つけたら即座に連絡。逆に連絡を受けたらヴァニラビットの現在地を聞いて、近い方が行く 向かう時は観客を突っ切って一直線に向かう テロリストを処理してもらったら爆弾を探しだす。見つけたら端末を使ってエクスと協力して解除 無事仕事が片付いたら残り時間でライブを楽しむ
|
|
|
|
事前:警備服の手配(希望者分まとめて) 観客席の番号の共有(ない場合はエリアを区切って共有) 警備員に分し、会場を警備するフリをしつつ戦闘員を探す ステージを見ていない・表情の硬い不審者を探し スピカに首の入れ墨を確認してもらう もし爆弾を発見したときは席番を皆へ伝える 戦闘員が確認できたら、高めの位置から狙撃 曲の開始直前にタイミングの、誤射のリスクを下げる(すぐに歓声にかき消され、他の観客の動きが少ない) 狙撃後はすぐ皆に報告 最悪戦闘員が武器を手にしたら、威力最小限の「パージボム」で武器を手からはじき飛ばす
|
|
|
|
◆方針と分担 爆弾の探索、処理担当。 できれば根本的な解決…アストラル本陣へと迫る情報を手に入れたい ◆装備 警備に扮し、武装は短剣を懐に隠し持つ。 (普段の武装は槍ですが、余りに目立ちすぎるので) ◆行動 過去2回の事件を元に位置を推測。探索開始前には会場の地図をもらい移動可能なルートを策定、皆と情報共有。 一番怪しいのは近づきやすい支柱と読むが…見つからなければステージ下、屋根の順に操作を拡大。 爆弾を発見したら対戦闘員のリンと情報共有。突然に起爆されないよう、相当のうえで対応。 装置の解除、通信はEST-EXに一任する。 自分が戦闘員と戦う際は『ダッシュスラッシュ』を活用。不意打ちでの一撃必殺で行動前に撃破を
|
|
参加者一覧
リザルト
〇プロローグ
もうすぐライブが開演されるのだろう。
スタッフらしき人物が長蛇の列をドームの中へと誘導し始めた。
それを遠目から見つめているのは、今回この『アストラル』対策のために招集された面々である。
一人はマーセナリーの『ブレイ・ユウガ』、それとハッカーの『羽奈瀬 リン』。
彼らはアストラルが絡む現場に招集されるのは初めてで、表情からは明らかな緊張が読んで取れた。
「大丈夫よ、作戦通りやれば手ごわい相手じゃないから」
そう声をかけたのは前に一度アストラルと対峙したことのある『ヴァニラビット・レプス』だ。
そこに今回の作戦総指揮を執る『ピート・ノワール』が口をはさんでくる。
「今回爆弾が仕掛けてありそうな場所は、先に伝えている通り三か所に絞ってある」
そう言って会場の見取り図をヴァニラに手渡す。
「それと皆さん、これを持っていってください。きっと役に立つはずです」
リンがそう言ってこの会場の警備員が着ているものと同じ型の洋服を二人に手渡した。
ありがとう、とそれを受け取った二人は早速警備員に扮する。
これなら会場内をフリーに動けるだろう。
そうこうしているうちに観客が会場に収まり切ったようだ。
時計を見ると時刻は昼の十二時ちょうどに秒針が重なろうとしているところだった。
数秒して、ステージから巨大な花火が打ちあがる。
炸裂音と心臓に響くような振動を浴びて、三人は作戦を開始するのであった。
〇SIDE:ブレイ・ユウガ
ブレイ・ユウガは悩んでいた。
爆弾が仕掛けられているとは言ったもののどこに仕掛けられているか見当もつかない。
「これだからテロリストってのは気に入らねえ。人の都合をまるで考えねえんだから」
軽く愚痴を吐きながらも爆弾の捜索に移る。
「ライブ会場の爆破なんてテロリストの典型ねぇ~。過激派もいいところだわ」
相方であるアニマの『エクス・グラム』もまた然り。
ヴァニラが会場周辺にある柱を捜索しているのでユウガ達は屋根の鉄骨を捜索することにした。
屋根に行くためには警備員のいる通路を通らなければいけないが変装しているためまず怪しまれることはないだろう。
周辺を巡回している警備員に軽く会釈をしながら、足早に屋根裏を目指す。
目的の場所に到着し、軽くあたりを見渡すが爆弾らしき物の気配はない。
ここにはないのか……? と思っているとエクスが声を上げた。
「ねぇこれ、言ってた爆弾ってこれじゃない?」
エクスは一本の鉄骨を見つめている。
その視線の先には手のひらに収まるのではないかというぐらいの小さな物体が設置されていた。
「まさか……」
嫌な予感がしたユウガはあたりの鉄骨をくまなく調べてみる。
「やっぱり……でもこれをどうやって……」
調べた鉄骨一つ一つに、小さな爆弾がそれぞれ張り付けられていたのであった。
一人で解除するには個数が多すぎると思ったが、時間もないので解除に専念することにした。
「見てろベイビー。ちょろっと甘いガードを弾いてがら空きのアホ面にパーンチ……ってハッカーの人ならそう言いながら解
除するんだろうなぁ……」
エクスが細い目でこちらを見ているのは気にしないでおく。
「こんな感じで……入力していけば解除できるんだよな……?」
なれない作業だが入力端末の指示に従いながら解除を進めていく。
一つ一つの爆弾を解除するのにそんなに時間はかからないようだ。
「エクス、お前も解除を手伝ってくれ。この個数じゃ埒が明かない」
もうやってるわよ、と怒られてしまうがエクスも解除に集中しているようで、いつものように刺さる言葉が飛んでくる気配
はない。
「何かを成そうっていう心意気はご立派。でも手段を考えるべきだったわね~」
作業を急がねば、と考えていると背後から何かが近づいてくる気配に気づいた。
「やぁやぁ、迷い込んだ子犬くん。調子はどうだね?」
声をかけてきた男の首筋にはバーコードの刺青、アストラルの一員だ。
さすがに屋根裏まではリンの狙撃も届かないだろう、この相手は自分たちで排除するしかない。
しかし武器という武器を持たず入力端末を持ってきてしまった分、対抗できる術も少ないことに気付く。
「あなたってほんとダメ人間よねぇ、敵と遭遇した時の準備もしなきゃいけないでしょ?」
そう言ってエクスはプライベートモードを解除するようユウガに諭す。
「さぁ、私が相手になるわ!」
そう言って身長ほどもある巨大な剣を相手に向かって振りかざす。
相手も相当の手練れのようで、確実に攻撃をかわす。
しかし反撃が出来るほどの余裕があるわけでもないらしい。
そこをエクスは見逃さずに追撃する。
「エクス! そっちは任せた。俺は爆弾の解除を続ける!」
ユウガもエクスの奮闘を無駄にしないよう、作業の手を早める。
数個目の作業となると、さすがに解除の段取りもわかってくるころだ。
液晶に通知が届くが今は見ている暇もなく、ただ解除作業を淡々と進める。
一方のエクスは相手の反撃を許さない程の鬼のような追従を見せていた。
「逃げ回ってばかりじゃ、いつまでたっても私たちを倒せませんよ?」
そうやって言葉で煽っても、相手はただ不敵な笑みを浮かべながら逃げ続けるだけだ。
「そろそろ……だな、ありがとうよ子犬たち! 楽しかったぜ!」
そう言うと相手は何かを取り出し地面に投げつける。
その何かはすぐに破裂してあたりに煙幕を張った、スモークグレネードというやつだ。
そして直後、屋根裏には鼓膜を破ろうかかというほどのブザー音が鳴り響いた。
状況を飲み込めずにいる二人を置いて相手はどこかへ消えてしまう。
ブザー音が消えると同時、なんとドームの屋根が開き始めた、きっとライブの演出か何かなのだろう。
観客席に落ちないように必死に鉄骨につかまる。
目下には煙幕の海、きっと会場にも焚かれたのだろう。
鉄骨の上で残りの爆弾の解除作業を終え、二人は会場の煙幕が晴れるのを待つのであった。
〇SIDE:羽奈瀬 リン
羽奈瀬 リンはあくまで冷静だった。
ライブが始まった直後ではあるものの敵の気配をしっかりと察知している。
それはアニマである『スピカ』の偵察のおかげでもあるのだが、それを的確に把握できる力はリンの潜在能力なのかもしれ
ない。
視界に確認できるだけで三人、まだ観客の中に紛れ込んでいる可能性はあるが今のところ何か行動を起こす気配はないらし
い。
『スピカはそのまま索敵を続けて、僕はここで監視を続けるから』
アニマとその主の間で行われる音声通信はこのライブで騒ぐ観客の熱狂ぶりのなかでも確かに機能していた。
『せっかく楽しいステージなのに何考えてるのかしらねっ……と文句言ってる場合じゃ無いわね』
プライベートモードをいいことにぶつぶつ文句を言っているスピカの背中を目で追いながらも、首筋にバーコードの刺青を
した男たちを一人たりとも見逃さない。
普通に見てる限りではただライブに熱狂しているお客さんなのだ。
……ファンなのだろうか。
アストラルのメンバーだってこの超絶人気アイドルティアーナのファンがいたっておかしくない。
ならそのファンは会場爆破に賛成したのだろうか、と疑問にも思った。
そう考えているとき、爆弾捜索をしているはずのヴァニラから連絡が入った。
会場内は騒がしく、普通の音声通信が聞こえるような状況ではないためメールでのやりとりだ。
『リン、ちゃんと届いてるかしら。柱が四つ見えると思うんだけど、その近くに敵の気配はある?』
スピカから得た情報ではその周辺に敵はいなかったはずだ。
『ちゃんと届いてますよ、その周辺には敵影はないようです。そこに爆弾が?』
少し時間がたって返信が来る。
『ええ、柱一つ一つに爆弾が仕掛けられているわ。個数が多いから手間取ってるけど……解除できないほどじゃないから大丈
夫』
ヴァニラの話を聞いてリンは考えた、爆弾を仕掛けている柱になぜ見張りを置かないのだろうか。
どう考えてもおかしいことぐらい実践経験のないアカディミアの生徒でもわかるだろう。
爆弾は解除させる前提で仕掛けた……? そうなればなぜ解除できるかわからない個数を設置したのか。
様々な仮定が頭の中をめぐる中、背後に誰か人の気配を感じた。
「やぁやぁ、聞いていた子犬とやらはお前のことか。警備員に化けてるとは、そりゃあ気付かねぇな」
首筋にあるバーコードの刺繍、アストラルのメンバーであることは間違いない。
とっさに相手の手が届く範囲から離れる。
「貴方たちの目的は何なんですか、見張りの配置といい、しっくりくる点がありません」
相手はにやり、と尖った歯をむき出しにして笑う。
「お前にもすぐわかるさ。もうすぐ最高のショーが始まるからよ、それまでせいぜい楽しませてくれや」
ティアーナが歌う曲と、その歓声に合わせて相手は構えていた自動小銃から銃弾を放つ。
その規則的なリズムはまるでドラムのように曲と重なる。
リンは身をかわすが数発の弾丸をを受けてしまう。
『スピカ、緊急事態。もどってきてくれるかな……』
スピカに連絡をとり、すぐ帰ってくるように促す。
「僕もやられてばかりは嫌ですから……これぐらいは許してくださいね?」
威力を最小限にとどめたパージボムを相手の手のあたりに放ち、その爆発は構えていた銃を弾き飛ばす。
そして相手がひるんでいる瞬間を見逃さずにリンは相手の足をすくうように蹴りを放った。
相手は地面を転がったあと、おもむろに立ち上がり何かを取り出す。
そしてそれを勢いよく地面に投げつけた。
地面を少し転がった後で炸裂し、あたり一面に煙幕を張る。
「ちょっと早かったが問題はねぇだろ、ショーを楽しんでくれよな!」
その声と煙幕にまぎれ、先ほどまで重傷を負っていたその人物はどこかに消えてしまった。
ライブに熱狂している観客はこの煙幕さえも何かの演出だと思っているのだろう。
ただ騒ぎ立てるだけで特にライブの進行に支障はない。
スピカも帰ってきてくれたが、監視していたはずのアストラルのメンバーも見失ってしまった以上、こちらも迂闊には動けない。
とにかくこの事態を伝えねばとヴァニラとユウガに連絡を入れる。
『緊急事態です。相手は僕たちの存在に気付いています、そして爆弾の位置と見張りの数……何かがおかしいのではないでし
ょうか』
現状と、自分が思った疑問を投げかけて返信を待つ。
煙幕の中で過ごす時間は数秒にも数時間にも感じられ、ただティアーナの歌う声だけが鮮明に聞こえてくる。
それにしてもなかなか煙幕が晴れない。
そう思っているとヴァニラから連絡が帰ってきた。
『私もなにかおかしいとは思っていたわ、でもすべての爆弾を解除した瞬間会場にいた人たちが何かを投げたの。そしたら煙
幕があたりを包んで……多分会場全体がこの状況だと思うわよ? 観客は演出か何かと思ってるんじゃないかしら』
メールを読み終わる頃、派手なブザー音が会場に響き渡る。
その瞬間煙幕が晴れだすのがわかった。
天井に吸い込まれるようにして晴れていることから、ドームの屋根が開いているのだろうと推測する。
煙幕が晴れた瞬間、リンの目に飛び込んできたのはステージに上がったバーコードの刺青をした男たちと、巨大な爆弾。
そして不敵に笑うティアーナの姿だった。
〇SIDE:ヴァニラビット・レプス
ヴァニラビット・レプスは考える。
爆弾はどこに設置されているのか……と。
まずは誰もが近づきやすい場所から調べるのが得策だろうと思い、ドームを支える大きな柱から調べることにした。
予想は見事的中したようで、柱の装飾の中に埋め込まれている小さな爆弾をすぐに発見する。
解除を始める前に他の柱にも仕掛けられていないかを確認しようと、警備員の巡回を装って柱を順番に回る。
たくさんある柱の中でも、中心部に近い四つの柱にそれぞれ小型の爆弾が仕掛けられているのを確認できた。
解除作業自体に戸惑うことはないだろうが……敵影を確認しておくことに損はない。
すぐにリンに索敵をお願いするためのメールを入れた。
『リン、ちゃんと届いてるかしら。柱が四つ見えると思うんだけど、その近くに敵の気配はある?』
こちらもアニマである『EST-EX』、――『イースター』と呼んでいる相方に索敵をお願いした。
イースターが帰ってくる前にリンから返信が届く。
『ちゃんと届いてますよ、その周辺には敵影はないようです。そこに爆弾が?』
爆弾の位置を知らせておくことに損はないだろう、とリンにも状況を伝えておく。
『ええ、柱一つ一つに爆弾が仕掛けられているわ。個数が多いから手間取ってるけど……解除できないほどじゃないから大丈
夫』
やり取りが終わる頃に、イースターが索敵から戻ってきた。
「この近くに敵はいないようです、確認できた人たちもライブに熱狂しているただのお客さんにしか見えませんでした」
「ありがとうイースター。これで安心して解除に専念できるわね」
これだけ偵察しても敵はいない、こちらとしては好都合だ。
しかしヴァニラはここでふと思いとどまった。
なぜ爆弾の周りに見張りを置かないのか、これでは解除してくれと言っているようなものじゃないか、と。
しかし爆弾のカウントが進んでいる以上放っておくわけにもいかない。
すぐに相方と共に処理に取り掛かるのであった。
「前の爆弾と比べて数段小さいわね、ショッピングモールにあった爆弾は一つで全体を吹き飛ばせそうな大きさだったわ」
イースターもその光景を思い出すように語る。
「ええ、あの爆弾は見ているだけで恐怖を覚えるようなものでした。今回は柱も太くないのでこの程度でいいのでしょうが…
…」
「私には爆弾の性能とか全然わからないけど、やっぱり威力は落ちるんでしょうね」
「アストラルも技術を進化させている可能性はあります、ただ小型化しただけかもしれない。気を抜かないようにしましょ
う」
そうやって会話をしながら一つ目の爆弾を解除し終える。
そこから二つ目、三つ目と着実に解除を重ねて最後の一つの柱に向かおうとしているときだった。
近くにいた男から突然声をかけられる。
「こんにちは、ヴァニラビット・レプスさん。今回もご足労ありがとうございます」
言葉遣いこそ丁寧だが、首元にバーコードの刺青を見つけた、アストラルの一員だろう。
「なぜ私の名前を……?」
「あなただけではありません、我々の作戦を邪魔してきた探究者の方々は我々の中で有名人ですよ」
ショッピングモールの件だろうか、作戦に参加した探究者の名前は敵に把握されているということだ。
「しかし今回はあなたに危害を加えるつもりもありません、我々のショーにご招待されたのですから」
「ショー……? 何を言ってるの?」
「すぐにわかりますよ、最後の一つ。ちゃーんと解除してくださいね?」
そう言って相手は何かを地面に投げつける。
それはすぐにスモークグレネードだとわかるが、相手もどこかに消えてしまったので今は爆弾を解除するのが優先だろう。
イースターと協力しながら最後の一つを解除する。
それとほぼ同時に、リンから着信があった。
『緊急事態です。相手は僕たちの存在に気付いています、そして爆弾の位置と見張りの数……何かがおかしいのではないでし
ょうか』
文面を読んで、すぐにあたりを見渡す。
煙幕の隙間から辛うじて会場の様子が確認できるが、観客の中に紛れていたのであろうアストラルのメンバーが次々に何か
ををあたりに投げているのが見えた。
それが煙幕だというのは簡単に想像できることだが、何が起きるかまでは自分にも到底予想がつかない。
とりあえずこちらの現状をリンに伝えることにした。
『私もなにかおかしいとは思っていたわ、でもすべての爆弾を解除した瞬間会場にいた人たちが何かを投げたの。そしたら煙
幕があたりを包んで……多分会場全体がこの状況だと思うわよ? 観客は演出か何かと思ってるんじゃないかしら』
そしてメールを送信し終わってすぐ、会場を不気味なブザー音が包んだ。
天井が開き、そこに煙幕が吸い込まれていく。
完全に晴れ渡ったときヴァニラの目に飛び込んできたのは、ステージ上で微笑むティアーナと、それを取り囲む敵の姿。
そして背後に現れた巨大な爆弾だった。
〇オペレーション・ティアーナ
ステージ上で微笑むティアーナは観客に語りかける。
「えーっと、今日は私のライブに来てくれてありがとう。次で本当に最後の曲になります」
そして言葉は続く。
「あなた達の人生、まとめてここに置いて行ってください!」
そう言った瞬間、周りにいたアストラルのメンバーが銃を構える。
いち早く危険を察知していたヴァニラはステージまで一直線に走り、敵の中に飛び込んだ。
状況を遠くから見ていたリンも、ヴァニラから遠い位置にいる敵を狙撃する体制に入る。
『二人は敵の排除に専念してくれ! 爆弾は俺が遠隔操作で解除する!』
アニマ間の音声通信でユウガが叫ぶ。
ドームの屋根にいる彼が戦闘に参加するのはほぼ不可能、なら爆弾の解除に回ったのは賢明な判断だろう。
三人の役割が明確になると行動は素早かった。
ヴァニラはダッシュスラッシュで相手との距離を一気に詰める。
一度戦ったことがある連中の動きについていけないほど彼女は弱くはない。
リンもヴァニラが攻撃する間を縫って確実に相手を仕留めていく。
観客が異常事態で騒ぎ立てているおかげでアストラル側もステージ下には逃げられない。
そして敵を排除し終えるころ、ティアーナがマイクを持って歌い始めた。
ヴァニラも、リンも、ユウガも、観客さえもその動きを止めてその歌に聴き入る。
背後にある爆弾の液晶だけがゆっくりと時を刻む。
アイドルというよりは実力派歌手と言ったような、そんな雰囲気のある歌声に会場が一気に飲み込まれる。
その歌声は強く、魂の深いところに根を張るような歌声。
ただ、底知れない悲しさを帯びていた。
「あなた……何を……?」
近くにいたヴァニラがティアーナに話しかける。
歌うことをやめたティアーナが、優しく会場に語りかける。
「ごめんね、私はテロリスト。今日のライブはここにいるお客さんを巻き込むつもりだったの」
背後にある爆弾を見つめる。
「このカウントがゼロになれば、今日のこの夢のような時間も、本当に夢になっちゃう。その前に言っておきたいことがある
の」
軽く息を吸って、吐く。
もう一度深く息を吸い込んで、ティアーナは話し始めた。
「私ね、嬉しかったんだ。組織のためとは言えこうやってたくさんの人の前で歌うことが出来て、本当に私の声がみんなに届
いてるんだって思うと……ね。でも、私は私を応援してくれる人をこれから殺しちゃうんだって考えるたびに、何回も泣きそ
うになった」
ティアーナはヴァニラのほうを見つめる。
「だから止めてくれてありがとうってちょっと思ったりしたの。もしかしたら間違ってるんじゃないかって思ったから」
爆弾のタイマーは刻一刻とその時を刻む。
屋根裏ではユウガが解除に焦りながらも奮闘しているのだろう。
残りの時間が一分を切ったところでユウガから通信が入った。
『爆弾の解除、あと少しだ。大丈夫、必ず間に合わせる』
そしてリンもステージに上がってくる。
「お客さんはステージから遠い出口を使って避難させているので、最悪の事態は回避できると思いますよ」
先ほどまで熱狂の渦にあった会場は、ただ静寂だけが支配していた。
無言の時間が続く。
でもステージ上にいる三人は決してお互いから視線を外すことはなかった。
爆弾のカウントは残り三十秒を切る。
口を開いたのはティアーナだった。
「ありがとう、最後にあなたたちと出会えて本当に良かった。勇敢な探究者さん達、本当にありがとう」
ヴァニラが答え、リンも口を開く。
「違うわ、あなたにはこの罪を償ってもらわないといけない。ここで終わらせるわけないじゃない」
「僕たちには、最高の仲間がいますから」
カウントが十秒を切って、五、四……と、ここで完全に静止する。
『任務完了。まったく、アイドルのライブなのにとんだ災難だよ』
数分してユウガがステージに降りてくる。
探究者達の戦いは、被害を出さずに幕を閉じることとなった。
〇エピローグ
アストラルのメンバーを拘束してから彼らが連れていかれるまでそんなに時間はかからなかった。
ティアーナも同じように連れていかれたわけだが、もしかしたら彼女から有力な情報が得れるかもしれない。
そして探究者達は対策本部に戻り、いつも通りの日々を過ごす。
――そこにピート・ノワールがいないことだけを除いては。
依頼結果