プロローグ
明らかに白衣の袖は長すぎ、髪だってやけに長くて、その上ネクタイもべろーんと垂れ下がっている。今どき漫画でもお目にかかれないようなグルグル眼鏡だし、妙にカールのかかった白髭が、ネクタイと同じ程度にまで伸びていた。
そんな、『そうです、アタシがマッドサイエンティストです』とでも言いたげな風体の老科学者が、
「……えー、あー」
などとモグモグ、はっきりしないことを呟きながら作戦室に入ってきたのであった。彼は名はリーウァイというらしい。様々な分野に業績を残す万能の天才……らしい(風采の上がらぬこの様子を見るに少々疑わしいが)。
作戦室というのは、空挺連合都市国家連合『メデナ』主催の特別任務が行われる際、ミーティングに使われる部屋のことだ。このときこの小さな部屋には、旅団(国家)の枠組みを超え、各地から呼び集められた探究者たちが顔を揃えている。
探究者たちは不安げな面持ちだった。互いに面識がある者が少ないこともある。けれども最大の理由は、この作戦の内容がまだ説明されていないということにあった。よほどの重要作戦なのか、それとも……。
ただよう緊張感を破ったのは、やはり老科学者リーウァイだった。博士は言ったのである。
「えーと、それで、その猿がですねえ」
猿?
あまりに出し抜けすぎる言葉に、思わず探究者の一人が挙手して述べた。
「猿とはなんの話です」
「だから、変異の猿でして」
「あの……最初から説明していただいてよろしいでしょうか?」
「ほりょ? 事前説明、なかったですかいの?」
「ありません」
するとまたリーウァイ博士は、「……えーあー」と白髭をしごきつつ呟いたのちに、
「こりゃ、失礼」
と話の概要を、行きつ戻りつしながら語り始めたのだった。
だんだんわかってきた。よほどの重要作戦、というわけではなさそうだ。
要は、段取りが悪いだけだろう。
この世界において最も重要なエネルギー、それが【フラグメント】だ。
フラグメントは飛空艇の動力源である。エスバイロや旗艦などはもちろん、旅団を構成する超大型飛空艇とて例外ではない。万が一これが完全に尽きるようなことがあれば、すべての旅団はたちまち、アビスに向かって墜落してしまうことだろう。
フラグメントは通常、鉱物資源として岩山に埋まっている。これを精製し液状化したものを燃料として使うのだ。各旅団は常に、独自に、あるいは協力し合ってこの動力源の採掘を続けていた。
フラグメントは天然資源のため、掘り続けていれば尽きてしまうのは必定と言える。ゆえに新たな浮島を探し、フラグメントを求める活動も続けられている。
「小さな浮島ですがの……比較的良好な、中純度のフラグメント鉱山とおぼしきものが見つかりましてな」
なるほどつまり、その小島を探索してこいということだろうか。
「それで、その猿がですねえ」
だからなんで、猿? 【その猿】ってどの猿?
「いやまた話が飛んでます」
誰かが突っ込んだ。
何度か聞き直してようやく話が見えてきた。どうやら小島全体をねぐらにしている猿がいるということらしい。一匹や二匹ではない。それこそ、猿の軍団と呼ぶにふさわしい大集団なのだそうだ。
「猿ゆうてもただの猿やおましまへんのや。空に適応した変異猿ですねん」
「あの……リーウァイ博士、どうして急に雅な訛りに?」
「……えーあー」
「もういいです。先、進めて下さい」
この世界では、アビスの影響か突然変異か、独特の進化を遂げた生物が多数見られる。この猿たちもそのひとつのようで、なぜか背中にコウモリのような翼が生えているらしい。
飛ぶんですか、と探究者の一人が聞いた。
「せや。飛んで飛んで、口から超音波を吐かっしゃる」
だからどこの訛りなんだ博士? それはともかく、
「おまけに凶暴で、先日も探索班を追い散らしてしもうたとです」
博士の訛りが変化したぞ!? それはともかく、ここでようやく、探究者たちの出番と判明したわけだ。
「そういうことやき、この猿どもを撃退しつつ、フラグメントを含有する岩のサンプルを持っていきとおせ」
『ことやき』って……その訛り本当に合ってるのか!?
その後も七色に変化するリーウァイの妙な訛りを聞き流し、作戦概要をまとめるとこうなった。
1.サンプルの採取
探索対象の浮島はほぼ半球型だ。体積にして120万立方メートル程度だという。この浮島は小さいながら変化に富んだ地形をしているところまではわかっている。そのうち岩場、沼沢、草原の3箇所を探索しフラグメントを含有する岩があればこれをサンプルとして持ち帰ること。
2.猿からサンプルを守る
途中、十数匹から数十匹の翼をもつ猿が襲ってくる。倒しても倒してもきりがないくらい湧いて出るらしい。猿はなぜかサンプル採取を妨害しようとし、採取したサンプルは奪おうとする。必要ならばこれを撃破してサンプル確保後は速やかに脱出せよ。
「猿は島んモノば持ち帰ろうっちしゅるこつば許しゃなかちゃうだ。サンプル保持者には特に強烈な攻撃ば加えてくる。土で汚れた服やったらひっぺのして奪おうっちしゅらしゅるっちゆう」
「ごめんなさい、訛り抜きで言い直して下さい」
「……えーあー」
「そこをなんとか!」
「猿は島のモノを持ち帰ろうとすることを許さないようだ。サンプル保持者には特に強烈な攻撃を加えてくる。土で汚れた服だったらひっぺがして奪おうとすらするという」
「普通にしゃべれるじゃないか!!!」
なおこの猿をリーウァイ博士は、「猿バット」と呼ぶことにしたそうだ。「モンキーバット」でも「猿コウモリ」でもなくて猿バット……しかしこのネーミングセンスにいちいち突っ込む勇気は、もう誰にもなかった。
解説
空飛ぶモンキー軍団(ニホンザルより少々大きい程度)を撃退しつつ、フラグメントを含む岩を持ち帰るという冒険エピソードです。
■島の大きさについて
東京ドーム程度のサイズがある半級が空に浮いているところを想像して下さい。
ドームの頂上付近が岩場で、その周囲を草原が囲んでいます。半休の底面が沼地だと思って下さい。
エスバイロで飛び回るのであれば、沼に足を取られるおそれはないでしょう。
■猿バットについて
飛び回ることをのぞけばさしたる脅威ではありませんが、数が多く、ひとつの群れを倒してもまた新たなものが出てきたりして手こずりそうです。弱いといっても、囲まれると大怪我をしかねないでしょう。
島をある程度離れると、もう猿は追ってきません。
■サンプル集めについて
全員で一箇所ずつ回ってもかまいませんし、3チームにわけて各地を一斉捜索してもいいと思います。
これをどう攻略するかは皆さん次第です!
ゲームマスターより
読んでいただきありがとうございます!
桂木京介です。
お猿をパンチしたりお猿に追い回されたりするドタバタ展開中心の軽いお話にしたいと思っています。
自分は平気だけどアニマが猿を怖がるとか、逆にアニマが異様なまでに猿に敵愾心を抱いているとか、いろいろなシチュエーションが考えられると思います。
参加メンバーと相談しつつ、楽しんでアクションプランを書いて頂ければ幸いです。
それでは次はリザルトノベルで会いましょう。桂木京介でした。
猫に小判! 猿にフラグメント! エピソード情報
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担当 |
桂木京介 GM
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相談期間 |
5 日
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ジャンル |
冒険
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タイプ |
ショート
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出発日 |
2017/10/15
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難易度 |
普通
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報酬 |
通常
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公開日 |
2017/10/23 |
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猫に小判!猫と言えばそう!この超絶鬼可愛い猫アイドルなボク!サザーキアの事さ!! そしてボクと言えばそうライブ!!おバカなお猿さんたちもボクの鬼可愛い歌声で鬼メロメロにしてあげるのさ!! …えっそういうのじゃない?ふらぐめんと?何なのさそれ? まあいいのさ!ボクが鬼メロメロにさせてる間に回収すればいいのさ! あ、探索者の皆もボクの鬼上手い歌声に鬼惚れてもいいのさ!! さあ!ライブ開始なのさ!!
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なるほど、蝙蝠の超音波も使うとなれば…その感覚を狂わせてやるのがよかろう。 別に奴らを討伐する必要はない。サンプルの採取の邪魔さえさせなければいいのだ。 とはいえ、広範囲に有効な手段は…ううむ、エネルギーチャフが生物の感覚器に聞くだろうか。 まあ試すだけは試してもいいだろう。 効かないようであれば猿バット…変な名だが、奴らの進路上に石でも投げてやればいい。 感覚を狂わせるだけならばそれでも十分だろう。まあ、視覚も使ってくるならばそれだけで十分とは言えんだろうがね。 ともあれ、チームの後方より警戒し、追撃をできる限り回避する。僕の役目はそれだ。 この人数で回るならば油断さえしなければ大きな危険はないだろう。
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エスバイロ「Cr33プリスコラ」に乗り仲間と共に浮島へ行きます。 私は仲間より先行し猿バットに見つからないようにしつつ 現地の偵察をします。沼地、草原、岩場の順に行き、猿バットの位置を確認して 仲間に伝えます。エルザにもマッピングや分かる範囲で島の分析もして貰いましょう。 出来ればフラグメントの大雑把な位置も確認したい。追い掛けられたら、 上昇下降の機動はせず水平に動きプリスコラのスピードを生かして逃げましょう。 偵察が終えて仲間と合流したら基本的に護衛に回ります。 危険ならオーバーチューンを使用します。 フラグメントのサンプルを回収した人を優先的に守ります。 回収が終えたらみんなで撤収しましょう。
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耳栓を用意し猿バットに遭遇次第装着 アニマに猿バットの超音波の周波数を分析させ逆位相の声を出させ無効化 手頃なサンプルを手にして「きゃるーん☆テンペスト」で猿バットを引付け採取から離れ 洞窟や岩場近くなら「まじかーる☆プロージョン」で爆音や岩盤崩壊に巻き込み 沼付近なら水面ギリギリ飛行し「ぴかりん☆サンダー」で複数麻痺を試みる
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サルも多いみたいだし、みんなで一緒に回りましょうか。 具体的な配置とか防衛プランとかは対サルの人たちに任せ、私の立ち位置もその人たちのやりやすいように。 順路も他の人に任せるわ。 サンプルは3か所とも持って帰るんだから、一つ目で持ちすぎないようにしないとね。 フラグメントの含有量が多いのを見繕って持っていきましょう。 誰かがサンプルを落としちゃってもいいように、出来れば3か所とも何人かで回収したいところだけど… ま、私がちゃんと持って帰れば問題ないでしょ。 メルはサンプルになりそうなフラグメントの入ってる岩を探す手伝いよろしくね。 さぁ、それじゃ偵察してくれた情報を頼りにどんどんいきましょうか!
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フラグメントの確保は最重要任務の一つ、必ず成功させます。 皆で固まって行動します。 イーリスさんが斥候をしてくれるので、その情報を元に皆で動いていきましょう。 サンプル確保後はサンプルを持った人達へ向かおうとする猿バットの対処をします。 サンプルは必ず守ります。 囲まれるのは避けたいのでエスバイロに乗ってゲッカコウにサポートしてもらいながらエネルギーブレードで猿バットを攻撃します。 島を離れるまで纏わり付いてくるのを追い払えればいいので、エスバイロで群れに突っ込んで囲いを作ろうとしているのを崩していきましょう。 猿バットの超音波の攻撃に合わせてデュエルブラッディを撃ち、発生する轟音で超音波を相殺します。
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主に猿バット排除でグループに合わせて行動する。 猿バットは羽で飛ぶ以上空気を捉える必要があるので、主に風魔法にて対応、突風のようなものやエンチャット<風+下降流>で上から下に吹き流れるダウンバーストとか。 ハッカーなのでおそらく対応できる数、有効距離等においては他職よりも優れている(遠~中距離全体攻撃)と思われるため、大雑把に、個別に確実に落とすのではなく群れに対して全体攻撃を仕掛けてそれでもしぶとく残ったのを他の方に処理してもらう感じで、いわゆるクラウドコントロールを意識して立ち回る。 サンプル調査・採取中は強めに援護、囮の方が全速で駆け巡れるよう注意。 最後はサンプル所持者を護衛しつつ撤退。
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心情 フラグメントのサンプル採取かー普段何気なく使っているものだから、元となるものを見れるの新鮮で楽しそー! ただ、採取だけじゃ済まないみたいだから、対策はちゃんと立てないとだね 行動 全員で採取場へ! 行くときは大変じゃないから、遠いところからいきたいなー サンプルを持つと攻撃しだすんだっけ?回収役と囮役とに分けたら、猿バットも困惑してくれそー エスバイロで移動するから足場は気にしないけど…飛ぶし超音波だすし数多いし面倒だなー 迎撃組もいるから、攻撃は任せるとして…怪我とか故障はワタシに任せて!【ファストヒーリング】と【ナノ・エイド】で支援はばっちり! てか猿だからバナナに気を取られないかな?準備だけしてみよ
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参加者一覧
リザルト
●アタック! ザ・モンキーアイランド
風切って天ゆくマシンは流線型、なびく『アリシア・ストウフォース』の髪は、まるで水色の帚星だ。
「フラグメントのサンプル採取かー。普段何気なく使っているものだから、元となるものを見れるの新鮮で楽しそー!」
笑顔こぼれ落ちんばかりのアリシアとは異なり、彼女のアニマ『ラビッツ』はいまいち浮かぬ顔をしている。
「でも、お猿が……」
「心配ないとは言いませんが」
ラビッツに応じたのは『online(オンライン)』だった。乗機の操縦桿から手を離さず、
「そのため一丸となって行動する方針をとり対策案も用意したんです。過度に恐れる必要はないでしょう」
と落ち着いた口調で述べる。
「猿バットの特徴は超音波みたいだからね」
アニマ『sample(さんぷる)』が言い添えた。ゆえに、試してみたい手があるという。
「イーリスさん」
と『イーリス・ザクセン』に呼びかけたのは『チュベローズ・ウォルプタス』だ。自機を彼女のエスバイロと併走させて、
「今回もよろしくお願いします。そして、お気を付けて」
チュベローズは手を伸ばした。イーリスはその手をしっかりと握って、
「任せて下さい、と言い切るほど自信家ではありませんが、できる限りはさせてもらいます」
口元を軽く緩めると、「では」と言い残しスロットルを回した。チュベローズはしばらく、その背を目で追っていた。
イーリスの機体は一度静かにうなり声を発すると仲間たちから離れ、深層に潜るイルカのごとく、吸い込まれるように浮島へと向かっていく。
イーリスはその隠密能力を活かし、先行偵察を行ったのだ。
その後、イーリスがもたらした情報を元に、一行はまず沼地に降り立った。
荒涼とした光景だった。見えるものといえばひたすら続く泥土で、木があっても大半が枯れている。申し訳程度に岩が飛び出していたが、めぼしいものといえばそれくらいだろう。
「イーリスさんの報告の通りね。猿バットの姿はないみたい」
ブーツでぬかるみを踏みながら『ロゼッタ ラクローン』はサンプル採取を始めている。先日トレジャー・アイランドを探索して間近で見た通り、フラグメント含有量の高い岩はオレンジ色に輝くという。しかし残念ながらこの沼地には、特徴的なオレンジ光は見えない。あってもごくわずかのようだ。
「猿たちがいないのも、フラグメントがないからかもしれないね」
ロゼッタの集めたものを『ガットフェレス』は眺め。得心がいったようないないような、微妙な表情を見せていた。
サンプル採取キットをしまいながら『メルフリート・グラストシェイド』は無造作にプラチナの前髪を払い、自身のアニマ『クー・コール・ロビン』に告げた。
「たしかに、例のトレジャー・アイランドで得られた成果は少なくなかった」
だが、と続けて、
「あの島のフラグメント埋蔵量がまだ不明である以上、これでもう大丈夫といった風な安心はできない。安定供給が可能かもわからないしな」
クーが言った。
「ま、それは紛れもない事実ですものね。だからこういった鉱山の調査が必須になるわけよ」
メルフリートの見解を、悲観的と見る者もあるかもしれない。けれど彼が世に絶対とか確実というものはないという考えを持つのは、その半生を知るクーからすれば当然だと思うのだ。
猿が未登場なことに『エティア・アルソリア』はいささか不服そうであった。
「もー! 名乗りができないじゃない!」
「サルに名乗りとかしないでくださいよ」
アニマの『メルファ』は迷惑顔だ。
「大丈夫よ、上陸するときにまとめてやるから!」
「サルを刺激してどうするんですか」
刺激じゃないの、というのがエティアの持論だ。
「野生動物の世界は『食うか食われるか』って言うじゃない? だからまず、相手を気迫で呑んでしまうわけよ。そうすれば戦いは有利になるはず! どうこの戦術?」
「戦術ねえ……だとすればずいぶんとワイルドな戦術ですよね」
しかしこの『戦術』が先を越されることになるとは、エティアは夢にも思わなかっただろう。
一行が移動した先は草原地帯の上空だった。
「こちらです」
イーリスの招きに応じて一同はマシンを停車させている。イーリスが説明した。
「この下方に気になる岩が見られましたが、周辺には猿バットの群れがいます。数は三十前後でしょうか。こちらの接近には気がついていない様子です。奇襲をかければ……」
「奇襲すなわち電撃作戦、電撃はしびれる!」
とつぜん声を上げたのは『サザーキア・コッペリアル』だ。
「しびれさせると言えばそう! この超絶鬼可愛い猫アイドルなボク! サザーキアの出番というわけさ!!」
叫ぶなりエンジンが爆発するような勢いでエスバイロを直滑降させたではないか。
「ふふっ、サザーキアちゃんはせっかちですわあ♪」
アニマの『クレンバラン』も止めたりせず、むしろ自身、機体にシンクロしてその速度とコントロールを高める始末だ。
猿バットの一匹が上を見上げた。たちまち立て続けに猿たちは、異変に気づき声を上げる。
空からなにかが降ってくる! しかも、
「ボクと言えばそうライブ!! おバカなお猿さんたちもボクの鬼可愛い歌声で鬼メロメロにしてあげるのさ!!」
などと叫び声を上げながら!
●モンキーパンチ!
「ライブ開始なのさ!!」
衣装こそゴシックロリータということになろうが、サザーキアの衣装にはダークで黒主体のゴス分は薄い。なぜならそのデザインは、目の醒めるような朱色が主体だったから。しかも髪はオレンジ、橙色のミディアムヘアーで、髪を宝石の埋め込まれたカチューシャで飾っている。
猫耳振り乱しサザーキアはマイクを握りしめた。
「お猿さんたちも僕の歌声に震えるといいのさ!!」
全身全霊、魂をほとばしらせながら歌い出す。エスバイロ搭載のスピーカーから、クレンバランがBMPの速い音楽をガンガンに流していた。
きいい、と耳を聾す音が足元から立った。
深い緑の草原のただなか、円形脱毛症のごとくぽつねんと存在する岩場から焦げ茶色のものが次々飛び立つ。
すべて猿、それも背にコウモリそっくりの翼を持つ猿だ。物凄い声を発している。それも一匹や二匹でなない。観光地なら余裕で団体割引が適用される大群だ。空飛ぶ霊長類『猿バット』である。
正直、猿の個体差は見分けづらい。雄雌の差もつかみかねた。なにせ全員が怒りの形相すさまじく、長い犬歯剥き出しで迫ってくるのだから!
チュベローズは右手のトリガーを奥へ倒す。機体後方のアフターバーナーがごうっと勢いよく点火した。
「ゲッカコウ、猿バットの動きを教えてください」
言いながら彼女は、左腕に体重を乗せるようにしてエスバイロの機体を旋回させた。
「囲まれないよう包囲網を崩していきます!」
「はいチュベローズ様、私にお任せください」
アニマ『ゲッカコウ』は淀みなくこたえる。
強烈なGがかかる。チュベローズの黒髪が天地逆となった。飛空艇が空中一回転したのだ。さらにマシンは墜落と見紛うほど激しく落下し、Vの字に近い急角度を描いて再上昇する。
これがアニマの力だ。ゲッカコウが宿ったエスバイロは、仮にチュベローズが目を閉じていたとしてもこの曲芸飛行を難なく成功させただろう。
猿の群れはナイフで切り分けられたザッハトルテのように左右に割れ、さらにこれが四つに割れた。チュベローズの動きに戸惑ったものらしい。断頭台を前にした群衆のようにキイキイギャアギャアわめいている。
一方エティアは、
「先を越された――!」
サザーキアがまっさきに飛び込み名乗りを上げたことに歯がみしつつ、自機を急下降させていた。
「こうなったら草原のサンプルは私がいち早く確保するんだからー!」
「まずはよく見て運転を……危ないっ!」
メルファは姿を消しエティア機にシンクロした。バランスを失いかけていた機体が、人知を越えた反応速度で立て直される。危なっかしいことこの上ないが、そんなエティアを守れるのは自分だけ、そんな矜持がメルファにはある。
イーリスの眼前、息がかかるほどの距離を猿の爪が横切った。けれどイーリスは軽く首を傾けてこれを避けるにとどめている。しかもそこから猿を一瞥すらせず、平然と加速してエティアに続いていた。猿はキイッと声を上げイーリスを追うが、追いつける見込みはまったくない。
「もういちいち驚きませんけど……」
メイド姿のアニマ『エルザ』が言う。猿はもうとっくに振り切っていた。
「でもイーリス、あなたは本当にいつも冷静ですよね。今だって、危うかったのではありませんか」
「私には優秀なナビゲーターがついているからです」
ごく当然のようにイーリスは言った。アメジスト色の目をかすかに緩めて続ける。
「エルザの分析はいつも正しい。君の判断を信頼しているから、私は落ち着いているのでしょう」
「そ……」
不意に褒められた誇らしさと気恥ずかしさで、エルザは少し、言葉に詰まってしまった。
「それは、どうも」
もじもじしながら、エルザはそれだけはなんとか言った。
皆に続けとばかりに、アリシアもエスバイロを加速する。
「頑張らせてもらうよー」
「今回は治療役に徹するんだからね、突っ走っちゃだめよ」
箱乗りのごとくひょいと機体に横掛けした状態でラビッツが言う。わかってるよ、とアリシアはVサインして、
「安全第一! 怪我とか故障はワタシに任せて、ってことで!」
飛び交う猿の合間をすいすい縫うようにして、囮役の味方機の援護に回るのだった。
一帯の空域は早くも、猿叫(えんきょう)に埋め尽くされた乱戦模様だ。
ロゼッタはいち早く耳マフラーを装着している。
「思った以上にうるさい鳴き声ね! けど」
「防音装備は完璧?」
ガットフェレスが、彼女にしては珍しく冗談めかした口調で言葉を継ぐと、
「まあ、気休めかもだけどね」
とロゼッタはトントンと耳マフを叩き、口の端を軽く上げ笑みを見せた。
「さて、そろそろ準備OK? 圧縮術式、いくよ!」
承知、ロゼッタにそう応えるとガットフェレスは、オープンモードのまま機首に立ち両腕をひろげた。
「やってみよう」
そして己に確保されたメモリ格納領域をひとつ、完全に解放したのだ。
アニマに感覚はない。そういうことになっているのだが、このときガットフェレスは確かに、解放感に近いもの覚えていた。
これが【圧縮術式】だ。アニマ内にあらかじめ魔法術式を圧縮して格納し、必要なときに解放して使う。アニマに実体はなく、圧縮された術式もプログラムのようなものゆえ当然物理的性質はないが、現れる効果は、物理的だった。
烈風が奔(はし)った。
「あれが……」
メルフリートは目を細めた。ガットフェレスが圧縮術式を解き放ったと同時に黒い旋風が吹き荒れ、続けて風に乗り炎の塊が次々と、夏の花火のように炸裂するのが見えた。これをまともに受けた猿は墜ちてゆき、逃れた猿も恐怖の叫びを上げている。
メルフリートは知っている。あれは【リアクト】だ。魔法術式を続けることによって連鎖的な攻撃反応が起こるという現象である。
「見事ね。ロゼッタさんは使いこなしているわ」
と言ったのはクーだった。メルフリートの肩越しに背後を警戒しながらも、ちらちら振り返ってはロゼッタの戦いを見ていたらしい。
それまでオンラインは決して戦闘に加わらなかった。囮役は果たしつつも逃げに専念していた。しかも沼地で入手したサンプル入りのケースを見えるように掲げ、敵を挑発する『きゃるーん☆テンペスト』まで発動したのだから、猿が追いかけてこないはずはない。
そのためオンラインのエスバイロは多数の猿に追われ、包囲されかかったことも一度ならずあったが、それでも反撃はこらえていた。
だがそろそろ限界のようだ。
いま、オンラインの目の前にも頭上にも下方にも猿がいる。後方からもバタバタと、コウモリ風の翼をはためかせ飛んでくる。爪でひっかいてくるし歯でかみつこうとしてくる。しかも一斉に!
さすがにもう苦しい、オンラインが思ったそのとき、
「分析完了」
朗報がアニマおふらいんからもたらされたのだ。
「待っていました」
「耳栓を忘れずに」
「わかっています」
オンラインは猿から逃れつつ耳栓をしっかりと装着する。あれほどやかましかった猿の声が鼓膜に届かなくなった。
自分が味方機から離れていることを確認し、オンラインは言ったのである。
「やってください」
栗色の髪をはらいのけ、彼女は自身の両耳に手をしっかりと当てる。
次の瞬間であった。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン――ッ!
文字に起こすとこうなるだろうか。
強烈! あまりに強烈な超音波であった。さんぷるが調整し、エスバイロに設置したスピーカーから放ったものだ。
しかしそれは一瞬のことだった。音を出しながら高低を微調整した結果、ぷっつりと超音波は聞こえなくなったのである。猿の叫びも消えている。あたかも全員が耳栓をつけたように。
「成功しましたね」
まだ耳栓をしたままだが、振動が消えたことからオンラインは静寂が訪れたのを知った。
猿のほうは一気に混乱のただなかに突き落とされていた。互いがぶつからないよう、超音波を使って距離を測っていたのだろう。たちまちぶつかりあうもの、ひっくりかえってしまうもの、姿勢を崩して墜ちて行くもの、と一斉に無力化したのだった。今、猿たちは指先でつつけばたちまち落下しそうなほど弱々しい。
「あれってどういうこと!?」
クーが問う。メルフリートはうなずいて告げた。
「猿バットの超音波、この周波数を分析していたんだろう。そうして、逆位相の超音波を生み出すことに成功したというわけだ。二つの音波はがっちりとぶつかり、完全に打ち消し合って消滅したんだと思う」
なるほどとクーはうなずいた。これで大半の猿は脅威ではなくなった。だがメルフリートは警戒を緩めない。
「ともあれ援軍があるかもしれない。気をつけよう」
「どうだ。ワタシもなかなかやるものだろう。あの短時間でこれだけの分析を行ったのだから」
さんぷるはオンラインの前で胸を張るが、オンラインのほうはきょとんとしている。
「……そうか、耳栓をしているから聞こえないのか」
オンラインは口を『へ』の字型にしていた。
●さらば猿の島!
だが島の頂点部分の猿は、この程度では収まらなかった!
「さきほどの猿がライブハウス級のあつまりだとすれば、今度はアリーナクラスの集客状況ですわ……!」
さすがのクレンバランもこれには目を丸くしていた。
彼らはまたも上空で、イーリスが撮影してきた動画を見ている。
画面に映っているのは猿! 猿! 猿! ひらすらに猿であった! 猿バットが大量にひしめきあっているのである。数十匹の群れが複数あるのだろうか。猿フェスティバルでも開かれているのかと錯覚してしまう。
「ある程度はさっきの方法でいけるだろうけど、一気にサンプルを回収して戻るにしても楽じゃなさそうね」
ロゼッタが言う。
「でもここで」
とチュベローズは告げ、一同を見回した。
「戻るわけにはいきませんよね。私たち探究者は、皆が幸せに暮らせるよう、世界のあらゆる問題に立ち向かうことが使命なのですから」
チュベローズは答を求めるように、イーリスに眼を向けた。イーリスはチュベローズの期待を裏切らない。深くうなずいて言った。
「基本はさきほどの方法で可能だと思います。囮役がバットを引き寄せる。そして手早く回収役がサンプルを岩場から集める、この方針で」
このとき手を挙げる者があった。メルフリートだった。
「さきほどは使わなかったが、試してみたい手がある」
「えっ、なになに?」
アリシアが先をうながす。
「お猿のお客は鬼満員の状況なのさ!! 満員のオーディエンスが待つとなれば、ボクの出番ふたたび、なのさ!!」
とサザーキアは先陣を切ろうとしたのだが、
「お先に!」
彼女を追い抜く姿があった。風にはためく聖女服、黒い髪も力強く風に舞う。
「メルは手伝いよろしくね!」
「手伝いって……もう、どんなことになっても知らないからね」
メルファはため息をついたが、嬉しそうにしているエティアを見ていると、どうしても止める気にはなれなかった。それならそれで、力一杯やってもらうことにしよう。
暴走トラックの勢いで、エティアはエスバイロごと猿の群衆上に飛び出した。
「呼ばれてなくても大登場!」
そして彼女は叫ぶ! 拡声器も使ったその声はまるで雷鳴、天からのお告げのごとし!
「慈愛のシスターにして正義の使者! エティア・アルソリアここに推参!」
ジャーン! と銅鑼の音が轟いたのは、メルファが付け足した効果音だ。
「一番手を取られたけど超絶鬼可愛い猫アイドルなボク! サザーキアもお忘れなく、なのさ!」
さらにサザーキアが続いて一曲歌い始めたので、当然すぎるなりゆきとして猿バットの大群はそれこそ雲霞のごとく、世界を埋め尽くすほどの勢いと羽ばたきで浮き上がってきたのだ。
これを待っていたのがメルフリートだ。上空を横切り、スキルを発動させる。
「生物の感覚器に作用するかわからない。とはいえ試すだけは試してもいいだろう」
メルフリートが繰り出したのは【エネルギーチャフ】というスパイスキルだった。機械の知覚器などを狂わせる霧状の魔力を撒き散らすというものであり、もともとはレーダーや誘導弾を想定して設計されたものである。
「何か嫌う匂いとかあればいいんだけどね」
と言いながらクーは下方をにらんだ。
クーの表情は、まもなく晴れることになる。
「効いてる! 効いてるわ!」
さきにオンラインが放った逆位波ほどの強烈な効果はなかったものの、その分届く範囲は広そうだ。それで十分だった。猿はひしめく大群、多少調子を狂わせるだけで、たちまち通勤電車で異臭騒ぎが発生したような騒ぎとなったのだから。
「猿バット……彼らの感覚器にも興味が出てきたわ。フラグメントのエネルギーを感じているという可能性もあるし」
ともあれ、とクーはサンプル採取への突破口を開くべくメルフリートを誘導するのである。
「キャッホーッ!」
混乱のただなか、猿をかきわけるようにアリシアのエスバイロが突っ込んでいく。敵地に乗り込む騎兵のように。
「治療役に徹するって約束だったでしょ!?」
ラビッツが抗議するのだが、アリシアの両目には情熱が燃えさかっており、この火を消すことは無理なようだ。
「これだけの大騒ぎになったら、味方はほとんど傷つかないよッ! だから今は攻めッ! いわばずっとワタシのターンッ! 目指せ狙えサンプル回収、待っててフラグメントーッ!」
「そんな無謀な! 混乱してない猿がいたらどうするのよ!」
「大丈夫大丈夫、対策があるからァ!」
すぐその事態が起こった。混乱から脱したとおぼしき猿が、ギィッと数匹アリシアのエスバイロにたかってきたのである。
「さっそく対策発動ッ! さあお食べ猿の好物ゥ!」
えいやとアリシアは宙に黄色い塊を投じた。
これが対策だ。八百屋で買ったときようなバナナの束だ!
「そんな単純な作戦が成功……してる!?」
ラビッツは黙るほかなかった。猿たちはアリシア機から離れ、見苦しくバナナを取り合いながら消えていったのである。
巻き起こる旋風はダウンバースト、強烈な下降気流に猿たちは地面に這いつくばる。
しかも風は急上昇し、今度はその猿たちを巻き上げた。
「『圧縮術式(アーカイブ)』からの『反応(リアクト)』というのがこれだね。つかめてきたと思う」
ガットフェレスはスーツの襟を直すような仕草をしながら、効果を確かめている様子だ。
「うん。この流れ、ちゃんと覚えておこうね。それと、サンプル回収はしっかりと……」
言いかけてロゼッタは級に振り返った。
彼女の後方から、
「サンプルだけは渡さないんだからー!」
叫びながらエティアがやってくるのだ。エスバイロに乗って、左手でしっかりとオレンジ色の石を抱えている。なんと彼女の服はビリビリに破けほとんど残っていないではないか。かろうじて下着は無事だが、あとは首回りにボロボロになったシスター服の残骸が残るばかりなのだ。エスバイロの速度が落ちているのは、大量の猿にたかられているかららしい。
「だ、大丈夫!?」
「サンプルなら大丈夫! ちょっと肌寒いくらいで大した怪我もしてないよ!」
「いやでも服が……」
「また買えばいいし!」
あっぱれプロ根性、とロゼッタも舌を巻くのである。
けれどもエティアも乙女、花も恥じらう十四歳だ。その涙目ばかりは隠せなかった。
すぐに救援が訪れた。イーリスとチュベローズだ。ロゼッタとも協力し、たちまちのうちにエティアから猿を追い払ってくれた。
「遅れてすみませんでした。任務遂行に感謝します。そして、ご無事なようでなによりです」
半裸のエティアを見ても、イーリスはとりたてて驚いた様子を見せず落ち着き払っていた。イーリスは軍人、少々のことでは動揺しない。
一方でチュベローズはそこまで超然としてはいられず、
「これはいけません。風邪を引いてしまいます」
と自分の上着をためらわず脱ぐと、
「さあどうぞ」
エティアの両肩にかけてくれたのだった。エティアは頭を下げてこれを受けた。じんわりとしたぬくもりが伝わってくる。
「ありがとう……」
と言いかけたところでエティアは言葉を忘れてしまった。
――!!
上着を脱いだことであらわになったエティアの胸、その豊かさにエティアは目を奪われたのである。ブラウスで包まれているものの、そんな程度では隠しきれていなかった。とても大きくて柔らかそうだ。なのに垂れたりせず、つんと尖って上を向いている。目を移すと驚いたことに、隣のイーリスもサイズ的には負けていない。
エティアが自分を凝視しているので、チュベローズは軽く首をかしげた。
「どうかしました?」
「……いえ別に」
いつか自分もあれくらい育つだろうか――とエティアは思った。
こうしてサンプルを回収した一行は、猿の島を離れた。
離れるや一匹も追ってこなくなる。安堵の溜息をつくと、さんぷるは言った。
「まったく、オンラインには困ったものだ。猿を捕まえてワタシの眼前に突き出そうとしたり……物理的に接触はできないが不快は不快なのをわかっていてやるのだから……。なりはハイティーンの女の子でも中身は腕白坊主だな」
どうせオンラインは耳栓をしたままだとわかっているので、安心して愚痴っているのである。
さんぷるは知らない。
とっくにオンラインが耳栓を外していたということを。
依頼結果