メルフリート・グラストシェイドの俺の嫁と! 最後の日常を!桂木京介 GM) 




リザルトノベル


「負けたよ」
 と【ガウラス・ガウリール】特佐は立ったまま言った。
 爬虫類を思わせる遮光ゴーグルの下で、ガウリールの目はどんな表情を浮かべているのかわからない。
 世界を滅亡の淵に追い込んだ大異変【暗流(Dark Flow)】から十年、ふたたびこの場所、メデナ議長執政室でガウリールは対決のときを迎えた。
 結果はかつてと同じだ。ガウリールの敗北。
 勝者はルビー・トロメイア議長ではない。彼女はもう歴史上の人物にすぎない。
 このたびガウリールに土を付けたのは、かつて彼が弟子とみなし、後継者とすらみなしていた男、【メルフリート・グラストシェイド】だった。
 メルフリートは少年期を脱していた。あれから背も伸び、服装もスーツに変わった。しかし理知的な、そしてどこか詩的な輝きを帯びた双眸は同じだ。
 メルフリートは席を立たず、特佐を見上げた。
 そして思う。かつてガウリールは逞しかった。巨像のように感じたものだ。刺すような冷気を漂わせてもいた。
 されど現在のガウリールは弱々しい。朽ちゆく梁のようでもある。冷気などまるでない。
「ここまで長かったな、ガウリール」
「そうだな、長かった」
「あなたには苦労させられたよ。僕の作った法の裏をかかれたたことが何度あったか」
「権謀術数というやつだメルフリート。いずれも人の命と意思を次代に繋ぐため、正しく残すためと思ってやったこと……いや」
 ガウリールは首を振った。
「敗れてなお強がるなど見苦しい。結果としては貴公が正しかった」
 そうして彼は、階級章を外してメルフリートの執務机に置いたのである。腰から銃も外す。使い慣れたフルオートマチックの拳銃だ。
「ところでメルフリート」
 ガウリールは、銃を握ったまま言った。
「貴公は私が、この銃を大人しく返却すると思うか」
 メルフリートの隣に突如、【クー・コール・ロビン】が出現した。と同時にクーは実体化しガウリールに飛びかかるような構えを見せる。
 メルフリートは身じろぎひとつしなかった。
「その必要はない、クー」冷ややかに告げただけだ。「彼は、そんな人物ではない」
「撃つのが、私自身のこめかみだと言ったら?」
「なおさらあり得ないと言わせてもらう」
 メルフリートは掌を上にして右手を差し出した。
「敗れたとはいえ、まだあなたを必要としている仕事がある。あなたを必要とする人もいる。それは、ほかならぬあなた自身が知っていることだろう」
「……さすがだな」
 ガウリールは、銃をメルフリートの手に置いた。
「最後に訊く。議長をなぜ退くのか。今の貴公なら、メデナ終身議長に収まることもできるであろうに」
「興味がないからだ。後は選挙で適任者が決まるさ。さようなら、ガウリール」
 老人は黙って部屋を出て行く。その足元に、彼のアニマ【X2(エックス・ツー)】が付き従っていた。
 特佐の姿が消え十数秒が経過してから、
「ふー」
 と、クーは額を拭った。
「終わったのね」
「終わった」
 疲れた、と言ってメルフリートは背もたれに身を預けた。議長のものだというのにこの椅子は、硬い背をした安物だ。三代前のルビー・トロメイア以来、この席はどこでも売っているオフィスチェアを使うことになっているという。
 しかしその堅さすら、いまは快かった。
「まったく、あれから何度この空が脅威に襲われたことか」
 苦笑いしながらネクタイを緩める。
 暗流収束後の平和はいつまでも続かなかった。アビスメシア教団のテロリズム、空賊連合による商業旅団ファヴニルの占領、ブロントヴァイレス亜種の出現等々……目に見える危機だけでも指折り数えられるほど発生したのだ。
「しかし、そんな困難もいつだって乗り越えてきた……人間というものは実にたくましい」
 回想するようにしみじみと言うと、メルフリートは一言付け加えた。
「まあ、僕の力も小さくはなかっただろうがね」
「ふふ、自信満々なのはいつもの事だけれど、ずいぶんと大きく出たものね」
 クーは執務机に腰を下ろし、長い脚を組んだ。
「ふん、これくらいは言ってもいいだろう」
 実際、どの事件にもメルフリートは深く関わっており、かつての盟友と組み渦中に飛び込んだこともある。命の危険にさらされたことも一度や二度ではなかった。
 あははと笑ってクーは身を弓なりに反らせる。長い髪が、メルフリートの頬をくすぐった。
「でもとりわけここ一年、ガウリール特佐との対決は強烈だったわね。あやうくメデナは、独裁者による恐怖政治を迎える寸前だったんだから」
「といっても、世にある人間の99%は知らないままだろうがな」
 それは表向き静かな、すべてが水面下で行われた政治闘争であった。
 暗流を乗り切るとメデナからの腐敗勢力一掃に動き出したガウリールであったが、事件が頻発したこともあってその道は険しかった。やがて彼は人々への絶望から、独裁者への道を歩み出したのだ。その到達点には、この千年来なかった規模の大量粛清があるはずだった。
 この動きを予期していたメルフリートはガウリールから離反、暴力ではなくあくまで法と政治的駆け引きで戦い、ついに彼を無力化し、追い落とすことに成功したのである。
 しかしこの事実は、協力したメルフリートの長年の友たちなど、ごく一部の関係者を除けば、ほとんどの市民には知らされなかったのである。
「暗流の頃はあなたもまだまだ子どもみたいなものだったのに、すっかり大人になってしまったものね。ガウリールの下で色々学んで……見事に彼を超えてみせた。老獪になった、と言ったほうがいいかしら?」
「褒め言葉と受け取っておく」
 メルフリートは肩をすくめた。
「まあ、私はあの頃からまるで変わりはないのだけれど。前のマスター……おじいちゃんのことは思い出したけれど、とっくの昔に失った体よりも、今のこの姿の方に慣れてしまったし」
 とは言うもまだ少し未練があるのだろうか、クーの瞳は伏せられていた。
 しばし、会話が途絶えた。
 ややあって、メルフリートは立ち上がり口を開いた。
「ところでクー……支配者の幸福とはなんだと思う?」
 えっ? とクーは振り向く。
「支配者の……? それはやはり、民の皆が幸せであることではなくて? 違う? なら……すべてを操り思うがままにすることかしら?」
 メルフリートは笑って首を振った。
「僕はな、クー。その地位に縛られることなく、己の自由を得ることだと思う。すべてを手にした者が、そのすべてを不要とし……さらに言えば自らが不要とされる。これぞ最高の幸福だとは思わんかね?」
 話しながら彼は上着を脱いでチェアにかけた。ネクタイも取り、重そうな腕時計を外してこのふたつを、ガウリールから受け取ったものの横に並べる。
「それはつまり、その地位にあって、己のなすべきことをすべて為したということなのだから」
「自由……メルフリート、あなたまさか……!」
 クーは机から滑り降りた。メルフリートの意図がわかったのだ。
 イエスと言うかわりに、メルフリートは壁のクローゼットを両手で開け放った。
 愛用していたジャンプスーツを、今のサイズに仕立て直したものがハンガーにかかっている。
 探究者が好む万能腕時計、スカイウォッチG2がある。
 きらめくクリスタルキラーの短剣も、最新型のヘッドセット通信機もあるではないか。
 装備品を詰めこんだバックパックまで!
「前言撤回ね。あなたはあの頃と何一つ変わってはいない」
 クーは震えを止められなかった。涙が出そうなほど嬉しい。
 この瞬間を待っていたのだ、自分でもわかる。
「僕の魂はやはり、この空に、そして遥か遠き失われた大地を目指すことにあった。予定よりだいぶ遅くはなったが……旅立ちの時は今」
「そうね、長旅の準備はいつでもできているわ!」
 このときようやくクーは、執務室の窓外に一機のエスバイロ、フルチューンしたバイコーン型が浮いていることに気付いたのである。
 メルフリートは唇の端を上げると窮屈なスーツを脱ぎ捨て、手早く探究者の装備を整えた。蛹が蝶に脱皮したよう。束ねていた髪を解くとたちまち、あの頃のメルフリートが蘇る。
 スーツに革靴をまとい、メデナ最年少議長として席に着く姿も似合ってはいた。しかし今の彼こそが、本当の彼なのだとクーは確信した。
 窓枠に手をかけて越え、メルフリートはバイコーンにまたがった。
 クーも迷わず続く。
 ついてこいとも、ついてくるなとも言う必要はない。
 ――あなたが私を必要とする限り、共にあることが私の役目!
 後部座席にクーは収まる。両腕をしっかり、メルフリートの腰に回す。
「行くぞ、クーサモラエスクワックェルクラントーム」
 彼は言った。
「行きましょう、メルフリート・グラストシェイド」
 彼女は答えた。
 一陣の風のようにエスバイロは飛び去った。



 メルフリート・グラストシェイド  ( クー・コール・ロビン
 ヒューマン |  スパイ  | 14 歳 | 男性 
まったく、あれから何度この空が脅威に襲われたことか。
しかし、そんな困難もいつだって乗り越えてきた…人間というものは実にたくましい。
まあ、僕の力も小さくはなかっただろうがね。

ふん、これくらいは言ってもいいだろう。
ガウリールの奴には苦労させられた。
僕自身が作った法の裏をかいた事が何度あった事か。
人の命と意思を繋ぐため、正しくあるべきためとはいえな。

ところでクー…支配者の幸福とはなんだと思う?
僕はな、クー。その地位に縛られる事なく、己の自由を得る事だと思う。
全てを手にした者が、その全てを不要とし…さらに言えば自らが不要とされる。
最高の幸福だとは思わんかね?それはつまり、その地位にあって、己のなすべき事を全て為したという事なのだから。

僕の魂はやはり、この空に、そして遥か遠き失われた大地を目指す事にあった。
予定よりだいぶ遅くはなったが…旅立ちの時は今。
行くぞ、クーサモラエスクワックェルクラントーム。



依頼結果

大成功


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